第39話 詩音父に叱られる

二人は家に帰ってきた。

いつものように。

二人で夕食を食べた。

いつものように。

ただ、二人を取り巻く空気は変わっていた。

会話はぎこちなく、笑い声も少なく、特にゆんは詩音の視線を避けていた。

詩音を見るとまたあのドキッとする気持ちが沸き上がってくるのが怖かったのだ。


「お兄ちゃん、わたし部屋に行くね。もう休むね。おやすみ」

「おやすみ、ゆん」


作業部屋に戻ってあれこれやっていると先にゆりが、しばらく後に父、たけるが帰ってきた音が聞こえた。


「詩音、こっちに来なさい」

母ゆりの声がドアの外から聞こえた。


健は今日は仕事を持って帰ってきていないようだった。めったに見ることのない、晩酌の用意をしていた。


ソファに向かい合って座った。


「詩音、夏休みの間アメリカに行くんだってな」

「うん。向こうの音楽仲間が誘ってくれてるんだ」

「どうしてまた急に決めたんだ。受験生だろう、詩音は」

「勉強は大丈夫。向こうでもやるよ。でも音楽にも旬があって、今じゃないと出来ないことがあるんだ」

「それはわかる。しかし、大学に入ってから存分にやればいいじゃないか。この時期にしなくてもいいと父さんは思うぞ」

詩音は言おうか言うまいか迷っていた。しかし自分だけではどうにもならないということもわかっていた。

「それとね、父さん。ゆんと少し離れて過ごしてみたいとも思ったんだ」

「詩音?お前何を言い出すんだ。お前にとってゆんが一番大事なんじゃないのか?お前、前に父さんにそう言ったじゃないか。まかせてくれと」

「大事だよ、一番大事だから」

「よくわからないな」

「ゆんが…ゆんが…妹だからって…俺が話す前に…話を…させてくれなかった…」

詩音は大粒の涙をポタポタと落とし始めた。

「詩音…何を言ったんだ?」

「何も…」

「何も言ってないのだったら話を聞かないはずがないだろう?」

「映画がある…ん…だ…『僕は妹に恋をする』っていう…元々偶然タイトルをみつけただけだったんだ、それで…この言葉どう思う?って…」

バシッ!!!

健は詩音の頬を打った。

「詩音!!!それはあんまりだろう?常識で考えてゆんがいいね、などと言うはずがないだろう!お前は…ゆんを傷つけないと約束したんじゃなかったのか!」

「だから、本当のことを話したかったんだ、でも話せなかったんだ…ゆんがわたしは妹だよって言って遮るから…」

詩音はうなだれたまま泣き続ける。

「ゆんのメモを見たんだ…ゆん…が…俺に対してドキっとするっていうのを…それでやっと本当のことを話せると思ったんだ…なのに…」

「詩音、ずいぶん前にお前の気持ちを話してくれたのを覚えてるよ。自分がその時がきたらちゃんと話すと。自分の気持もちゃんと伝えると。お前がその日のために色々と苦労してきたのはわかってる。わたし達も忙しくて十分にゆんの面倒をみてやれないところを全てお前に頼んでしまっていたのだから。だけど詩音、お前がそんなことをするとは思ってもいなかったぞ」

「本当に…偶然に…こんなことに…俺…情けなくて悔しくて…恥ずかしい…」

「そうだな。ここまで聞くとしばらく距離を置くのもひとつの方法かもしれないな。特にお前は動揺が激しいだろう。ゆんのことはゆりにまかそう。女性同士、わたし達にはわからないこともゆんがゆりに話すかもしれない。ゆりもゆんに言えることがあるだろう。お前もゆんもしばらく離れてよく考えてみるのもいいかもしれないな」

「父さん…」

「かと言っていくらお前がしっかりしていてもまだ高校生だ。アメリカ行きの細かい計画や予算などをちゃんと見せなさい」

「はい」

「詩音、まだ先は長いんだ。いつかきっとゆんもわかってくれると父さんは思っているから。ゆりもそうだ。時々お前たちのことを話しているんだよ」

「父さん、ありがとう」

「もう寝なさい。アメリカに行くことをゆんに言いたくないのであればお前が言う必要はないだろう。母さんからお前が発った後に伝えてもらおう」

「はい、父さん」

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