第32話 とまどうゆん

広場からの帰り道、ゆんは詩音に聞いていた。


「お兄ちゃん、用事が出来たってなんなの?」

「別に何もないよ」

「えー?だって用事があるから帰るって言ってたじゃん」

「あぁ、高上いたからさ、あとは任せることにした」

「あ!そう言えば来てたね!なんでなの!あいつお兄ちゃんの天敵なのに、なんでお兄ちゃんが気にかけてあげるのよ。放っておけばいいのに!」

「俺のきまぐれ」

「お兄ちゃんそういうとこあるよね」

あーあ、しょうがないんだからとため息をつくゆん。

「ねーねー帰ったら何する?」

「アイス食べよう」

「それいいね!アイス残ってたっけ?」

「置いてあるよ」

「さすがお兄ちゃん!!!大好き!!!」

思わず詩音に飛びつくゆん。軽くぎゅっとされてゆんはハッと我に返った。あわてて詩音から離れた。

「ん、どうした?」

「な、なんでもない!あ、あの、アイス食べながら映画でも見よう?」

自分でも無意識の照れ隠しでゆんは家を目指して小走りになっていた。


いつものことなのに、ちょっとおかしいよ、わたし…


アイスクリームを冷凍庫の中とにらめっこしながらどれにしようかうんうんうなるゆん。

「どれでもいいだろ。おまえほんとなかなか決められないよな」

『俺これ』

『わたしこれ』

同時に手を出し同じアイスをつかもうとして手が触れた。

「あ…ご、ごめん。お兄ちゃんそれ食べていいよ」

「ゆんが食べろよ。俺やっぱこっちにした」


アイスを持って居間のソファに座る。リモコンを操作しながら、テレビでネットのストリーミングサービスのメニューを見ている二人。なかなか観る映画が決まらない。


「お兄ちゃん!そういうのダメ!ホラーとか、怖いのやだ!」

「俺だってベタな恋愛物とか絶対やだぞ」

「えー、いいじゃん!」

「ダルい」

「えーん、じゃアニメ?」

「パス」

「なんかいいのないかなぁ」

「そうだな…じゃぁ、恋愛もの好きじゃないけどこれなんかどう?『僕は妹に恋をする』。一緒に見てみる?」

「へ???なんでそのチョイス???」

「やっぱやめとくか」

「そういうのお兄ちゃんに似合わない」

「似合わないって?」

「なんか違う」

「そう?」

「そうって何なの?」

「ふぅん、ゆんはそんなふうに思ってるんだ」

詩音はソファの背もたれの上に肘をついて耳の上を支えた格好でゆんの顔をじっと覗き込む。数秒間無言の時間が流れる。ゆんにはとても長く感じられる。

「あ、あ、やっぱりちょっと目が見たい」

ゆんは指先で詩音の前髪を分ける。どんな目をして言ってるのお兄ちゃん?

詩音の目は優しく笑っていた。ゆんはわけもなくホッとした。


実はゆんはその映画を見たことがあった。だから余計に驚いたのだ。なぜ?どうして?


「なんかスカッとするの観ようよ!なんかむしゃくしゃしてきた」

「どうして?」

「別に。なんとなくだよ」

「ふぅん」

詩音はすっと右手を差し出すとゆんの頬に添えた。これもよくあることだ。しかしこの日ゆんはただひたすら恥ずかしかった。

「どうした?顔が赤いよ?風邪でも引いた?熱があるのかな」

続けておでこに手を当てようとする詩音をゆんは遮った。

「何でもないよ。風邪引いてないし。もういい。わたしちょっと部屋で休む」


部屋に駆け込んだゆんは戸惑っていた。


わたし絶対おかしい。


机に座るとなんとなくノートを開いていた。シャーペンをクルクル回しながら、今日の出来事を思い出して書き付ける。


1:お昼お兄ちゃんを起こしに行った時、頬に指が当たってドキッとした。

2:お兄ちゃんに思わず抱きついて少しぎゅっとされて慌ててしまった。

3:アイスを取るとき手が当たってドキッとした。

4:お兄ちゃんに見つめられて時間が止まったようだった。

5:お兄ちゃんに頬を触られて顔が赤くなった。

6:それと、どうして『僕は妹に恋をする』なんて一緒に観ようって言ったの?

あんな映画一緒に観たくなんかないよ。


うわ、書き出してみると、わたしヤバい人じゃない?これじゃまるでお兄ちゃんに恋してるみた…い?恋?????映画のことは?お兄ちゃんは?


そこまで考えてゆんは固まってしまった。


まさか…ね。


これは良くないことだ。絶対お兄ちゃんに気付かれちゃダメ。今ならまだきっと大丈夫。この好きはお兄ちゃんとして好きなんだよ、ゆん。いい?愛だの恋だのじゃない。違うのよ。


コンコン


「ゆん、夕ご飯食べよ」


部屋に入ると机に突っ伏してゆんは寝ていた。開いたままのノートが下敷きになっていた。

「ゆん、ゆん?」

「んん…」

すぐに起きそうにないゆんを見て、詩音はそうっとノートを手に取った。

そしてゆんのメモを読むとニッコリ笑った。









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