第30話 本当の出来事だった

日曜日。お昼近くになっても起きてこない詩音をゆんは起こしに行く。


「お兄ちゃん!もうそろそろお昼だよ!」

「んー」

二段ベッドの階段に足を掛け、ゆんは詩音の様子を覗き込む。

「お兄ちゃん、昨日も夜更かししたんでしょ」

「…時差があるからしょうがない」

「あー作業してたんだ」

「んー」

ゆんは指先で詩音の前髪を弄る。

「ふふふ。イケメンお兄ちゃんおはよう。やっぱりカッコいいなー、ゆんはコッチの方がいいなーちょっとヒゲあるのもいいなー」

ゆんは要するに詩音ヲタでもある。

前髪を分けてみたり、アップにしてみたり、ひとしきりゆんは詩音で遊ぶ。

「お兄ちゃん、今日用事があるって言ってなかった?」

「あぁ。忘れてた」

「バスケットの約束って言ってなかった?」

「ん」

「サンドイッチお母さんが置いといてくれてるから、早く起きてね」

言いながらもまだ詩音の前髪を弄り続ける。

「ゆん、そろそろ気が済んだ?」

詩音は少し体を起こして、ゆんの顔を見ながら左手の人差し指ですぅっとゆんの頬をたどる。

ドキっ!

え?わたし?…よくお兄ちゃんやるのに。

「ゆ、ゆんもバスケ着いて行くからね!」

少し動揺したゆんは慌てて階段から降りた。


「午後2時3時って暑いのによくそんな時間にバスケやろうとするよね」

7月の太陽はジリジリと肌に刺さる。アスファルトの照り返しで道は高温になり、風景が少し揺らいで見える。

「ちゃんと日焼け止め塗って来たのか?」

「もちろん!なんなら持って来てるよ。あとでお兄ちゃんにも塗ってあげる」

「おう。なるべく日陰に入ってろよ」

「はーい」


広場に着いた二人は先に集まっていた仲間に挨拶する。

「詩音来たか」

「先輩久しぶりですね」

「あいつら後で来るから」

「別にいいですよ」

「そういう訳にはいかん。来たら俺が仕切るから安心しろ」

「お任せします」

「じゃ、始めるか。チーム分けどうする?」

「くじ引きで!」

「じゃその後でチームのバランス取るか」


ゆんは直ぐ後ろのビルの陰になってる場所に陣取る。ここなら大丈夫。みんなのために飲み物やタオル、保冷剤を準備しながらノンビリとゲームを鑑賞する。


コートから離れたフェンスの向こうに人影があった。

「あー来ちまったよ。バカだな俺。気付かれなきゃいいけど」

目深にキャップを被った高上修介である。あのバスケ対決以来ここには来たことはなかったのだが、勉強に少し行き詰まりを感じて気分転換に出ると、詩音がよく来ると聞いていたのもあったのか、なんとなくここに来てしまっていたのだ。

「あいつ上手いよな、やっぱり」

遠目にゲームする連中を見ているのだが、人より背が高くて無駄のない動作の詩音はどうしても目に付く。

「ほんと何なんだよ。ちぇっ」


1時間も経ったところで、向こうから学ランを着たダルそうに歩く大柄な男達が4人やって来たのが見えた。


「詩音、来たぞ。こっち来いよ。ゆんちゃんもおいで。大丈夫だから」

詩音が先輩と呼んでいた男性が二人を呼ぶ。そして4人に向かって叫ぶ。

「お前ら何してるんだ、こっち来て並べ!」

横一列に並んだ学ランの4人。向かって仁王立ちする詩音とゆん。

「お前らな、あれだけ詩音に手を出してもムダだって言わなかったっけ?」

「せ、先輩、コイツがあの野々村詩音だなんて思いもしなかったんですよ」

「そうですよ、そこのかわい子ちゃんを誘っただけで…」

「そこからして間違ってるだろうが。ゆんちゃん、怖い思いさせてごめんな」

「ほら、お前らも謝れ」

「さーせんっした」

「あん?」

『すみませんでしたっっっ!!!!!』

先輩に睨まれ90度直角お辞儀付きで非礼を謝った。

「で、詩音相手にしてどうだったんだ?」

「こ、こいつ無駄に強えーっす」

「俺ら一発もお見舞い出来なかったっすよ」

「情けねーな。で、リベンジはしないのか?」

「先輩そりゃ無いっすよ。そんなことしたら俺たちが死んじゃいますよ」

「ですよ。割に合わないっす」

「そうか。まずは詩音にも謝れ」

『すみませんでしたっっっ!!!』

「先輩、もういいですよ」

「そうか?お前がいいんなら。一応ケジメはつけさせたからな」

「あ、あの…野々村さん?お前凄いな」

「どうやったらあんな風によけられるんだ?」

「俺ら野々村さんの配下に下ってもいいっすよ。話し合ったんですよ」

「あー、タメだから野々村でいいし、詩音でもいいし。で配下って何?そんなもんいらねーし、二度とゆんに手を出さなきゃ平和に暮らせるよ」

「わかった。本当にすまなかった。お前ら行くぞ」

4人はペコペコと詩音と先輩に頭を下げながら帰っていった。


遠目でその光景を見ていた修介はもちろん、察していた。

あの噂は本当だったんだ!!!

ニヤリと口角を上げた詩音の顔が浮かぶ。マジかよ。あの不良どもがヘコヘコしてたよな?謝ってたよな?てことは、やっぱり詩音があいつらを一人で倒したって事だよな?マジのマジかよ…


呆然と頭の中で考えていた修介は近づいて来る人影に気付いていなかった。


「バスケしに来たのか?」

いきなり話しかけられて修介はびっくりして飛び上がった。詩音だった。

「俺用事あって抜けるから代わりに入って」

「はぁ???」

「来れば?」

そう言うと詩音はコートに向かって歩き出す。一瞬考えたものの修介も後を追った。


「あ、あん時のお兄さん??よく来てくれたー!」

「参るよ、詩音帰るって言いだしてさ。人数合わなくなるんだ。代わりに入ってくれるよね?」

詩音は修介に向かって無表情で言う。

「動いて少し汗流すとスッキリする」

そう言うと詩音はゆんのところに向かい、片付けを手伝っていた。

「ね、バスケどのくらいやったことあるの?」

「時々来て続けてればめちゃは無理でも少しは上手くなるよ」

「そうそう、新しい仲間が増えるの大歓迎だからさ!」

「家どのあたり?」

わいわいと詩音のバスケ仲間に囲まれて修介は帰る機会を逃した。


ハメられたか…

でも俺がモヤモヤしてたのお見通しだった?

ひょっとして俺を入れるためにわざと抜けた…り?まさかな。しかし目ざといヤツだな。俺があそこで見てたのいつから気付いてやがったんだ?


納得行かずに憮然としていた修介だったが、人懐っこい人達としばらくゲームに参加するうちに、楽しい気分になっていた。












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