第18話 詩音の学校生活は神経戦に突入
「お兄ちゃん!早く行かなきゃバスに遅れちゃうよ!」
どこでどうスイッチが入るのかわからないんだけど、時々お兄ちゃんは家を出るのを嫌がってギリギリまで出ようとしない。
「んーじゃ行くか」
「お母さん行ってきまーす!」
「行ってきます」
外に出るとお兄ちゃんにガシッと手首を掴まれた。
「痛くはしないから。手を繋ぐより効果的なんだ」
「んーゆんはお兄ちゃんのものって見せつけたいんでしょ?ふふっ」
「お前変なとこで理解力発揮するんだな。肝心なところはあんなにトンチンカンなこと言ってるくせに」
「もういいの。学校のお兄ちゃんでもなんでもお兄ちゃんならいいの。ってことなんだなって」
「やっとわかった?」
「ゆん史上最高のイケメンはゆんが独り占めするに限る、なんだよね?」
「当然だ」
バス停に着くとヒソヒソとささやく学生たち。バスに乗り込むと一斉にスマホに向かう生徒たち。
わたし達が乗り込むのを待ち構えていた花梨が言う。
「おー!来た来た!詩音様、ゆんボディガード代理として我はお役に立てましたでしょうか」
「十分に。十二分じゃない」
「一言多い!倍返しね。期待してるわ」
「花梨ったら!」
「あーなになに手を繋ぐならぬ手首を掴むなのね。そこまでしなくても先輩居るだけで十二分に効果発揮ですよ?人間虫除けタンスにゴンゴンですよ?ねー、ゆん。昨日ったらゴンゴン居ないからえらいことに」
お兄ちゃんは笑いを噛み殺してるようだ。
「ゴンゴンってなんだよ」
「気に入りました?新しいニックネームにしようかなー」
「却下」
「はいはい。冗談ですって。ゆんも肌の調子も血色も良いし、先輩いるだけでえらい差だよね。分かりやすぅ。ま、良かったわ」
「ほんと花梨昨日はありがとうね」
ゆんと花梨がきゃいきゃい言いながら教室に向かうのを見届けて自分の教室に向かった。アイツがいるはずだ。どう出て来るのかまだ読めない。
来たか。
教室の前の方でたむろってた俺は野々村詩音が後ろからすっと入ってきてヤツの席に座るのを確認した。
報告によれば妹の手首を掴んだまま登校して来たと。けっ、気色悪いわ!なんかムカつくからちょっとけしかけてみるか…
「なぁなぁ、例えばだ、例えば。あそこの詩音みたいなやつがさ、スポーツ万能とかだったらどうする?」
「ありえねーよ」
「ありえないね、体育でも無難にはこなしてるみたいだけど、それだけだろ。以上はないね」
「今日昼休みにバスケ部の連中ワンオンワンやるって言ってなかったっけ?」
「あいつらしょっちゅうやってるだろ」
「ふぅん。誰か参加するやついる?」
「俺行くよ。バスケ部の後輩と対決だ」
「そうか。見に行くよ」
昼休み。
俺は何気なく弁当を食べ終えて何やら本を読んでいる詩音に近づく。
「詩音、バスケ部の連中遊んでるの見に行かない?」
「行かない」
「まぁまぁそう言わずに、ほんとは興味あるだろ?」
「ないよ」
「な、バラされたい?」
「脅しか?好きにすればいい」
「お前…来いよ!」
むりやり詩音の腕を引っ張って立たせる。読んでいた本が床に落ちた。ふと目に入ったそれは英語のなにやら音楽関連のものらしかった。俺にはよくわからないけど、楽譜とかパソコンのスクショとかちらっと見えたから。詩音は落ちた本を拾うとゴミをはらって机の中にしまいこんでた。
「とにかく一緒に来い」
「イヤだ」
有無を言わさず抵抗する詩音を体育館まで連れて行こうとする。気づいた俺の仲間たちが加勢する。
「おい、修介何やってんだよ」
「こいつを体育館まで連れて行く」
「なんだなんだ、本気でバスケやらすつもりかよ」
「おもしれー、連れて行こうぜ」
俺ともうひとりに腕をつかまれ、背中からもうひとりに押された詩音は動かざるをえなかった。とにかく体育館まで引っ張って行きさえすればこっちのものだ。俯いたまま無言のままの詩音、こいつほんっと何考えてんだ?
体育館まで詩音を引っ張ってきた俺は、バスケ部の友達に声を掛ける。
「おーい、誰かこいつとやってくんない?こいつ1対2でもいけるぞ」
「嘘つけ。インターハイでも上位の俺たちにかなうやつなんてそうそういるわけないぞ」
「やってみてくれ」
ぽんとコート上に詩音を押し出す。
「修介本気かよ。こいつ暗いダサい目立たないの三拍子そろったやつじゃん。バスケ出来るなんて聞いてないぞ」
「とにかく、やってみてくれ」
「しょうがないな。ってことだから、お手柔らかに。あはははは」
思い切りバカにしたように笑って、お前とお前行けと指示してる。
よしよし、ここからだ。
1対2で始まった勝負だが、どうみても詩音は昨日の詩音じゃない。右往左往してボールに触れることすら出来ずに苦戦している。時には体当たりされて床に倒れ込んでる。まじかよ、こいつ…くそ…
「野々村詩音!お前ほんき…」
「だめーーーーーーーーー!!!!!!」
野々村ゆんが飛んできた。
「誰なの、お兄ちゃんにこんなことさせたの!」
叫ぶとお兄ちゃんに小声で話しかける。
「お兄ちゃん大丈夫?」
「あぁ」
「んまぁ、わかってるけどね。わざとだもんね」
前髪に隠れた目が笑ってる。
「お兄ちゃんブレないね。隠し通すつもりだね」
「まぁな」
「お兄ちゃん立って。行こう」
お兄ちゃんを立たせるとコートから引っ張りだしてお兄ちゃんの教室に向かう。皆が遠巻きにわたし達を見てヒソヒソ言ってる。いいんだもん、もう気にしないもん。わたしのためなんだもん。
お兄ちゃんの教室に着くと入るようにうながす。
「ひどい目にあっちゃったね。ほんとにアイツくだらない」
「まぁまぁそう怒るな。想定内その3が来たって感じかな」
「お兄ちゃん予想してたの?」
「まぁな。いくつかこうくるんじゃないかってのは考えてたよ」
「そっか。ふふ、お兄ちゃんなら大丈夫だね」
「当然だ」
「じゃ、帰りに校門で待ってるね」
「あぁ」
何度も振り返ってぶんぶん手を振りながらわたしは自分の教室へ向かった。
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