第17話 仲直り
修介をコートに残して歩き始めて、広場を出たところでゆんは話しかけた。
「ねぇ、もう怒ってない?体は大丈夫なの?」
「何で?」
「だって、今朝のお兄ちゃん凄く体調悪そうだったし機嫌も悪そうだった」
「眠れなかったから。それだけだよ。学校休んだからいくらか眠れたし」
「それなら良かった。バスケやってたくらいだから大丈夫だね」
「で、お前職員室の前で俺のフルネーム叫んだんだって?」
「え!な、な、なんでそれ知ってるの!!!」
「花梨がお前になにかあったら報告してくる」
「え。花梨ってお兄ちゃんのスパイしてんの?」
「よかれと思ってだよ。だから修介が付いて来てんのも知ってた」
「あー、バスの中で必死に入力してたのお兄ちゃん宛だったんだ」
「そういうこと。でも助かったよ。お前も機転利かせて広場に回ったんだろ?」
「だって、花梨があいつは怪しい、気をつけろって。家まで付いてこられたら困るから遠回りしようと思ったの」
「さすが花梨だな、ちゃんと事前にお前にそう言ってたんだ」
「そうなの。で、あの人何者なの?」
「クラスメート。中学でも同じクラスだったことがあったようななかったような」
「その程度の記憶なの?」
「だって興味ない。ただ、あいつしょっちゅう俺にちょっかいだしてくるからずっとウザいやつだとは思ってて」
「でもあの人お兄ちゃんに興味津々な感じだよ」
「みたいなんだよな。あんまりにもウザいから今日は仕方なく対決した」
「何か隠してない?って聞かれた」
「隠すって?」
「何のことかわからない。何を指して言ってるのかわからないんだけど、そう聞かれた」
「ふぅん。でもちょっとバレちゃったな。学校ではおどおどしてるのに、今日は普通にしゃべっちゃったしな。お前にちょっかいだしてんのが許せなかったから」
それを聞いてゆんはくすぐったかった。昨日の晩あれだけ怒ってたのに、お兄ちゃんが気にしてくれてるとわかった途端に嬉しくなった。
話してるうちに家に着く。いつものように「ただいまー」と言いながら入る。
「シャワー浴びてくる」
詩音はそう言ってバスルームに向かう。ゆんは着替えに部屋に入る。
良かった。お兄ちゃんもう怒ってないみたいだ。でも留学のこととか何から話せばいいんだろう。
着替えて居間のソファでゴロゴロしてたらお兄ちゃんが入って来た。濡れた頭をがしがしタオルで拭きながら。ごめん、かっこいい…自分的にヤバい。
「今晩何食べよっか」
「なんでもいいよ」
「じゃ、久しぶりに鍋にしよっか」
「うん、いいね」
タオルを首にかけたまま、冷蔵庫にある野菜や肉、豆腐をとりだして手際よく切っていく詩音。
「ゆん、ガスコンロ用意しといて」
「はーい」
そしていくらか煮たところで土鍋をテーブルの上のガスコンロに移動する。
向かい合ってテーブルにつく。
「ふふ、美味しそう!」
「これは手抜き料理だ。放り込んだだけ」
「それでもなんでもお兄ちゃんの料理ならいいんだもん!」
「バカだな」
「ふふっ」
「ゆんも機嫌直った?」
「うん」
『あの…!』
同時に声が出た。
「ゆんから話せばいいよ」
「あ、うん、色々あるんだけど…お兄ちゃん、留学するの?」
「誰から聞いた?」
「英語の北村先生。今日ね、あのね、お兄ちゃんが言ったこととお母さんが話してくれたことをずっと考えてて、それで授業ちゃんと聞いてなくて当てられたのにどこから読んでいいのかわからなくて先生に呼び出されちゃったの」
「アホだな」
「お兄ちゃん!そしたら先生、わたしを叱るんじゃなくて、お兄ちゃんに留学そろそろ決めないと間に合わなくなるからまた相談に来なさいって伝えてって」
「俺、留学行かないよ?」
「へ???」
「少なくとも来年は行かない」
「どうして?お兄ちゃんならどこでも大丈夫って言ってたよ、先生」
「ばーか。お前の受験の面倒みるから」
「え???」
「だから少なくともお前が高校卒業するまではここにいるよ。家から通える大学に入るんだよ」
「でもお兄ちゃんやりたいことあるでしょ?」
「今のところは音楽はネット上で色々出来てるし、知り合いも増えてるし問題ないんだよ。そっち方面で考えてることはあるけど、少なくともお前が高校を卒業するまではここを離れないよ」
「ほんとに?」
「あぁ、本当だ」
「あーーーー損しちゃったな、野々村詩音!!!!!!!って叫んだのに!」
「あーそれでか」
「だって!わたし何も聞いてなかったんだよ!いきなりお兄ちゃんが留学とか聞かされて一体何なの!!!って衝動的に叫んじゃったんだよ!」
「ゆんは可愛いな」
「どういう意味?」
「可愛いからさ」
どう反応していいのかわからなくて、そそくさと鍋から糸コンを取り出してよそう。ねぇお兄ちゃん、どんな目をしてそれを言ってるの?
「そうだ、お兄ちゃんの聞きたいことって何なの?」
「あー、母さん、ゆんに何話したの?」
「聞きたい?うんとね、それでわたしも考えたのお兄ちゃんが言ってたこと」
「なんだろう」
「あのね、お兄ちゃん。お兄ちゃんが学校でダサいフリしてるのって、わたしの為なの?」
「ぶっちゃけそうだな」
「お母さんがね、お兄ちゃんが小学生のときに女の子がカッコいいお兄ちゃんに群がっちゃって、わたしの世話が出来ないって荒れちゃってそれから今みたいな風貌になっちゃったのよって。覚えてない?って」
忘れるわけないだろ?女の子に囲まれてる俺を遠巻きに悲しそうに見てたゆんを忘れるわけがない。ゆんは覚えてないんだな、きっと。俺にとってはかなりの衝撃だったんだけどな。
「それでね、お兄ちゃんがどうして昨日の夜怒ったのか少しだけ分かるような気がしてるの。それでもイケてるお兄ちゃん大好きなんだけど、それが邪魔になるって思ってるんだよね?」
「正直そうだな」
「うん、それでね、週末イベントのことも話したら、お母さんちょっと呆れてた感じだったし。そんなことしてるの?嫌がってない?って言ってた」
「いいんだ、ゆんがやりたいなら問題ないよ」
「ほんとに?」
「うん。ま、画像系のちょっとした小技も試せるし」
「やっぱりそこか」
「わかってんじゃん」
あはははと二人同時に笑うと、何か引っかかってた物事が溶けて元通りになったように感じた。もう怒ってないよね、お兄ちゃん。明日は一緒に学校に行ってくれるよね?
「そうだ、あの例の高上とかいう人のことどうするの?学校で会うでしょ?同じクラスでしょ?学校のお兄ちゃんがフェイクだって言うんじゃないかな」
「可能性は大いにあるだろうな」
「どうするの?」
「なるようになるさ。何か起こってもゆんが俺のそばにいてくれたらどうにでもなる」
「意味わかんないよ」
「その時はその時さ。ゆん、いつでも俺の味方でいて」
「うん、もちろんだよ。明日は一緒に登校してくれるよね?」
「また職員室の前で叫ばれたらたまらないしな」
「お兄ちゃん!!!!!」
「ただいま」
母、ゆりが居間に入ると詩音とゆんがソファで寄り添って寝かけていた。
「ふふ、仲直りしたのね」
微笑ましい二人の姿を見てほっとしたゆりは、部屋に行くよう二人をうながす。
「ほらほら、ここで寝てたら風邪ひいちゃうわよ!二人とも部屋に戻りなさい!」
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