第6話 お兄ちゃんの秘密の一つ

「ただいまー」

誰かがいるわけではないけどそう言って家に入る。ここからお兄ちゃんの別の人格が現われる。そう、気さくで明るいお兄ちゃんになるのだ。一体なんなんだろう。

「うーん、シチュー作れそうだな」

早速冷蔵庫を覗いていたお兄ちゃんが言う。

「やったー!」

「あ、でも7時頃からパソコンにへばりつくことになるから、煮込みは任すよ」

「はーい」

そう言うとお兄ちゃんは帰って最初の作業、メールチェックに入る。これはわたしとお兄ちゃんしか知らないもう一つのこと。


お兄ちゃんは音楽クリエーターなのだ。


パソコンにへばりつくと言うのは、DTMで曲を作るか、FaceTimeで話し合いながら海外のクリエイターと共同作業をすること。全くのシュミと言いながら趣味の範疇じゃないでしょソレという位に本格的だ。お兄ちゃんが製作に加わった曲のいくつかはSpotifyでも聴くことができる。こんなこと言っても誰も信じないだろうけど。


「今日はロスのジェレミーと作業するんだ。今ひとつ納得いかない所について聞いてみなくちゃ」

玉ねぎを切りながら言う。因みにわたしはジャガイモや人参の皮むき担当。当然何もしないでは食べさせてもらえない。その辺りは外さないお兄ちゃん。料理の邪魔になると言って、鬱陶しい前髪はアップしてヘアバンドで止めてる。

「お兄ちゃん、それだけでもめっちゃカッコいいのに、なんで前髪伸ばして目を隠してるの?」

「人と目を合わせたくないから」

「ふぅん。だから学校に友達いないんじゃん」

「居るだろ、お前が」

「友達じゃないじゃん!」

「んー、別にいいんだ。面倒に巻き込まれたくない」

「面倒って?」

「自分がやりたくないことや状況」

「あのねぇ、学校行ってる意味ないじゃん」

「どうして?ちゃんと勉強してる」

「学校行って友達作るのも大切だよ、お兄ちゃん!」

「お前が居るからいいよ」

「納得できない」

「別にいいさ、これまでずっとそうだったし」

こうしてこういった質問は全てはぐらかされる。お兄ちゃんの本意かもしれないけど、友達とわいわい騒ぐのが楽しいわたしには理解出来ない。

「皮むけたよ」

「サンキュ」

「あ、そうそうこの曲聴いてみて」

一旦料理の手を止めて、テーブルの上のMacBookを操作する。

「うーん、ここが今ひとつ気に入ってないんだ」

「アレンジの問題?それともメロディー自体が気に入らないの?」

「アレンジ。何か足りない気がして」

「それで今晩相談するんだね」

「そう。ジェレミーはプロだから、アドバイスもらえたらいいなと思って」

「ねぇ、ジェレミーってお兄ちゃんの姿観たことあるの?」

「無いよ。今晩始めてFaceTime使う」

「え!!!じゃカッコいいインスタ仕様でお話しして!!!これは命令よ!!!」

「お前に命令されるいわれはないぞ」

「だめぇぇぇ!こんなダサい奴かよって思われるより、イケメンのほうが絶対印象いい!」

「顔で音楽作るわけじゃないぞ」

「でもなんでもキノコはやめてぇぇぇ!」

「うっさい」

プイッと横を向いて再びキッチンに戻ってしまう。

「お前邪魔だからそっちで宿題でもやってろ」

あーあ、完全にむくれちゃったよ。

そんなお兄ちゃんに対してわたしもむくれる。カッコいいは正義だ。イケメン万歳だ。もちろん顔だけってことはない。でも持ってるものを隠さなくてもいいのに。どうしてなんだろう。もうこれは長年解決しない問題であり、この話になると言い合いになっちゃうから、週末イベントだけでも譲歩してくれたと思って諦めるしかないかな。

「やれやれ」

考えるのよそう。宿題しよっと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る