ジャックとアロンとハッシュ

「トムさん!朝刊持ってきたよ!」

 ジャックたちは通い慣れた工房のドアをゴンゴンとノックした。ここの工房主は朝に弱い。彼を起こすのもジャックたちの務めだ。と言っても、彼は絶対に朝には起きないので、朝刊を持ってくるのは昼頃だ。この工房へ通っている女の子がいるが、彼女が来るのは朝の授業が終わってからなので、彼を起こす人がいないのだ。

「起きないなぁ。よしアロン、二人でトムさんを起こすぞ!」

 ワン!とアロンが返事をすると、二人は、扉をドカドカ叩き始めた。近所の人は、いつもの事なので気にしていないようだった。その騒音に、さらにアロンの遠吠えが混じると、部屋の奥からガタガタと音がした。彼が起きたようだ。扉が開くと、ぼさぼさ髪の男が出てきた。

「ジャック、ご近所迷惑だって、前も言ったろう?」

「トムさんが起きないからでしょ。はい、朝刊」

「はいはい、ありがとう」

「あ、あとそれと、」

 朝刊をもらって、部屋の奥に戻ろうとしたトムを呼び止め、ジャックは鞄から一体の人形を取り出した。その人形は酷く汚れて、腕や足は取れてしまっている。

「これは?」

「配達してる時、拾ったんだ。木の根元に落ちてて、可哀想だから連れてきたんだ。トムさんなら治してくれるかなって思ってさ」

 トムはその人形をよく眺めた。アロンは人形に鼻を寄せて、クンクンと鳴いている。

「アロンも心配してるなんだ」

「わかった、任せて」

 そう言うと、ジャックもアロンも嬉しそうに飛び跳ねた。

「今コーヒー入れるね!」

 ジャックはパタパタとキッチンへ入った。だが、アロンはジャックにはついて行かず、トムに手渡された人形の方をずっと見つめている。トムはしゃがんで、アロンの頭を撫でた。

「大丈夫、すぐ治るから」

 トムが工房へ向かおうとすると、アロンがついてきた。

「ダメだよ、工房に入っちゃ。危ないよ」

 アロンは、心配そうに鳴くばかりだ。トムが困り果てていると、サラが工房にやってきた。

「ちょうど良かったよ、サラ。アロンがこの人形から離れようとしないんだ」

「そうなんですか?」

「この人形が気になっているようなんだけど、何かわかるかな」

 トムから人形を受け取ると、サラは人形を優しく撫でた。しばらくして、サラは人形に語りかけた。

「大丈夫?あなた、名前は?どこから来たの?」

 沈黙の後、ジャックがコーヒーを持ってキッチンから出てきた。人形に話しかけるサラを見て、ジャックは首をかしげた。

「トムさん、サラさんは何をしてるの?」

「会話だよ」

「人形と?まさか」

「まさか、と思うかい?君と一緒だと、僕は思うけどね」

 トムにそう言われ、ジャックは少し考えた。

 人形と会話を終えたサラはトムに向き直った。少し首を横に振る。どうやら会話ができなかったようだ。

「え?サラさん、人形と話せるんじゃないの?」

「あまりに怪我が酷いと、人形の魂は薄れてしまうの。だから、声も聞こえづらくなっちゃうの。名前は聞こえたわ。ハッシュだって」

 ジャックはハッシュを見て、アロンを見た。アロンは心配そうに、愛おしそうに鳴き続ける。アロンを優しく撫でると、アロンはジャックの耳に鼻を寄せた。

「…そうか」

「どうかした?」

「アロンは、ハッシュのことを兄弟みたいに思ってるみたいだよ」

「そうか。じゃあ、ちゃんと治さなきゃね。ほら、二人は配達があるだろ?行ってきな。戻ってくる頃には治しておくから」

「ありがとうトムさん!ほらアロン、行くよ」

 アロンはハッシュに視線を向けたまま、ジャックの後に続いた。ジャックが荷車を引いて歩き始めても、アロンは何度も工房を振り返った。

「どうしたのアロン。そんなに心配なの?」

 アロンは、フンと鼻を鳴らして返事をした。そう言えば、アロンにも弟がいた。気がする。いや、いなかっただろうか。その存在はあった気がするのに、全く思い出せない。

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