第3話 天気予報
「いいかい?それは、キミの意見だ。それをどうして活きたいか考えて欲しい。僕は、キミにはもっと違う考えが出来ると思っているよ・・」
「―—―先生、」
「ん、なんだい?」
「・・・、
—―これしか書けなかった人は、”ダメ”なんです・・か?」
木製のカウンセラー室を超えた騒がしい授業内容が僕を取り乱していく。
「―—、先生、これが、この内容が、この思いは…どうだっていいって事ですか?」
自我を優先をするか職務を優先にするかで創りたくもない眉間にシワが寄る。
「・・・―—わかりました。」
彼はそう呟いて、開かれた青いノートに涙をひとつ栞代わりに挟んで今までの話に幕を降ろした。
何気ない出来事が過去を呼び覚ましていく。
周囲はみな彼の呼び名を『たかひろ』と慕っていたから気付かなかった。彼の傍に落ちたノートは確かに彼の物ではあったが、自分における環境のために名前を改変していることを知った。それについて話をしたのが僕が初めてだったらしく、彼は青いノートを僕の目の届きそうな範囲の処で見開いて、おどおどしく読むように眼を泳がした。まるで物語のような絵本を読んでいるかのような気分に陥ってしまう。ノートに書かれている字が、まるで出来事そのものを再現させるかのように言葉が押し込まれていて、僕を溺れさせた。救助に行った仲間が死んでしまうかのようで、それを机を挟んで見詰めてくる彼の最初の笑みは残酷で憎しみが生まれるばかり。
そんな彼は、要らないものが排除出来て嬉しそうな背中で軽いはずもない扉を簡単に開けて教室へ戻っていったのを憶えている―—―。
緑地のベンチからズレた僕は、なぜか利用もしないワンセグに手を付けて明日の天気を確認をした。疲れているのか、それともやる気がないのか、天気予報士の女の子が作り笑いで「明日は晴れになるでしょう。」と囁いている。
小さく表示されたニュース臨時速報も、『首相、外交を電話連絡での意向を示す』と潰れた文字で語りかけてくる・・・。僕は12年も買い替えれない携帯でのワンセグを閉じて、また歩き出すことにした。
歩けば歩くほど、落ち込んでいるのか、それとも自分の世界に慕っているのか・・頭上を落として道を進んでいく人ばかり。頭を下げるにも色々訳があるらしいんだな。
「いやいや、先生、ありがとうございました。・・たかひろ、いや奥野くんは難しくありませんでしたか?」
「・・いえ、」
「担任である先生に任せるべきだとは思ったのですが、いくら担任でも話せないこともあるだろうと、そのまま任せちゃったんですけど疲れたでしょう?」
「・・いや、そんな、」
「臨時職員であるアナタが先に割り込んでくれて良かったです。それで、奥野くんは何と?」
「・・・いや、あの、それよ」(り、彼の身が・・)
「教頭先生っ、ちょっといいですか?」
「・・・え、あ、はい?!」
あの時の教頭先生の気持ちがよく解る。あの時呼び止めた、校長先生の吊り上がった眼の意図も今ならよく解る。そして、あの時に教頭先生から担任の先生との話し合いする一瞬の緊張感の鼓動の意味もよく分かる。
「先生、・・・ありがとうございました。」
「いいえ、そんな。」
「私こそちゃんとするべきで、貴弘≪たかひろ≫のクラス担当として話をよく聴くべきでした。」
「いや、焼山≪やきやま≫先生こそ大変じゃないですか。教科ごとにクラスが移動しますし、生徒を一日中見ているわけではないんですからっ」
「いえ、これは私の責任ですから・・。」
―—あの時の焼山先生の思いはどっちだったのだろう。
彼のいま起こっている状態のことや青いノートについて先生は必死にのめり込んで話を聴いてはいたけれど、会話が終わって職員室から出る姿や教室の扉から視る限り僕には焼山先生みたいに、マネ出来ないと感じた。むしろ胸奥からそう叫んでいた。
”業界行動だけでは厄介だと―――。”
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