第2話 朱いマフラー

 彼を知る数ヶ月前、先にこんな話題が僕の首に巻きついた。

 それは小学6年生の女の子が自殺をするに至って書かれたとされる遺書が、新聞記事によって公開された時の話。もし”隠蔽”という言葉が僕に馴染んでいたのであれば、変なはなし”事実を隠したばかりの、悲惨なる最悪な出来事”として、自分を認知させて心に呼吸をさせていただろう。

 でも当時の自分は、ただただ過熱していく報道内容と、目のあたりにしている実態環境と、頭の片隅に焼き付けてしまったモノクロ写真の遺書との温度差で、どこに呼吸をしていいのか判らなくなった。いや、無意識にしてしまう呼吸に殺意が湧いた。




 そんな時代のそんな思いの、そんな中での彼との出逢いだった――。


 ただ無邪気に”先生”という教科書になりたくて、がむしゃらに試験などを突破して、なにもかもが鶉のみ新任生活。配属された学校で異例処置が僕にはなされたらしく、担任でもない副担でもない、教科担任でもない役割を学校で果たすことになった。いま思えば不思議な内容だったが、あの頃の無鉄砲な自分にとってはそれが一番の適任だったんだろう。

 

―という訳で、僕の首に巻き付いた苦しみは解放されぬまま、マフラーという形で首元を朱く染め上げる日が続いてる時での出会いだった。

 


 「触れるなぁぁぁーーーーーっ」

 教室を越え廊下を渡り、同じ階にある職員室までその言葉は襲ってきた。

 もはや叫びということを通り越してSOSを誰かに向けて発信しているようにも感じた声。だから僕は動くままに、声のする方へ、聴こえてきた微かな足跡を頼りに心を向けた。もちろん、風を切らない生徒たちは冷ややかな目線で”廊下を走るなよ”と規則を訴えかけてくる。大の大人が、ある生徒を中心に向けられている優しさを踏みにじって両手で切り裂いていく。

 そして周囲約30センチといったところだっただろうか・・。無空間が続いた先に、ひとりの少年が立っていた。僕がほかの人たちの優しさという結界を破ってしまったばかりに、少年はにぎり拳を作り終えるまえに、砂の城が崩れるようにしゃがみ込んでしまった。


 そんな少年の足元にはたくさんの教科書とともに、一冊の青いノートだけがボロボロな姿で僕を見つめていた。わずかではあるが【鷹弘≪たかひろ≫】という名前も、埋もれた教科書の中で黒く浮き上がっていた―――。




 僕が見ているこんな雨上がりのような青色では、あの青いノートには勝てない。



 いや、目の前でこうして遊んでる子たちのほうが買っているのかもしれない。



 余白をあけすぎた時間と待っていたかのように浸み込んでいったベンチの水分は、穿き替えられないジーパンに染みついて帰り道を重たくさせる。

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