ユウキとフローラ
悪魔事件から数日後、ユウキとフローラはパーティを組んで依頼を受けていた。
最初は都市内の依頼を受けていたのだが、それには理由があった。
それは、フローラの魔獣恐怖症が関係している。
悪魔と対峙したことで極度の魔獣恐怖症となり、下級の魔獣であっても体が震えてしまう状態に陥っていた。
ユウキは無理をさせないようにと都市内の依頼を受けていたのだが、フローラ自ら魔獣狩りに向かいたいと声を掛けてきた。
「……フローラさん、本当にいいの? 今はまだ早いんじゃないかな?」
「こ、このままでは、ユウキ様にご迷惑を掛けてしまいます」
「僕は迷惑だなんて思っていないよ?」
「そういうと思っていました。でも、パーティを組む以上は、いつかは魔獣と対峙できるようにならなければなりません。それが冒険者を続けるのであればなおさらです」
フローラの治療にあたっているリューネからは、ゆっくり一歩ずつ進んでいこうと話をしている。
今はまだ早い、ユウキはそう思っているのだがフローラはそうは思っていなかった。
「……都市内の依頼をユウキ様と受けている間、色々と考えていたんです。私たち冒険者は何のために生まれたのかと」
「冒険者の生まれた理由ですか? 僕も考えたことなかったかも」
「うふふ、これは私が自分自身を納得させる為に考えた結果なんですけどね。冒険者は、魔獣と戦う術を持たない人たちを守る為に生まれたんじゃないかって思ったんです」
「それは都市内で働いている人たちのこと?」
「はい。色々な方と触れ合うことで、都市内の依頼も大事なんだって知ることができましたし、それと同時に魔獣狩りを行わなければ都市を守ることはできないと強く思いました」
「だから、今すぐにでも魔獣狩りを行いたいと?」
「……はい!」
ユウキを見つめるフローラの瞳には強い決意を見ることができた。
このような瞳をしている時の人間は何を言っても聞いてくれない。そのことをユウキは嫌というほど思い知っている。
「……分かった」
「あ、ありがとうございます!」
「ただし! 準備はしっかり行うこと。何かあってからじゃ遅いから、ポーションも準備していくからね」
「もちろんです!」
カマドでは周囲の森や鉱山の魔獣狩りの場合、下級魔獣がほとんどなのでポーションを持たない冒険者も多い。
ユウキもすでに駆け出しを卒業しており、冒険者歴でいえばユウキよりもフローラの方が長い。
普通の冒険者ならなめられていると思っても仕方がないところを、フローラはすぐに受け入れた。
「まずは森の手前に出てくる魔獣を見つけよう。最初は僕の後ろから見ているように。それと、絶対に離れないでね」
約束事を決めた二人は、カマドを後にして南の森へと向かった。
ユウキが南の森を選んだのには二つの理由がある。
一つは鉱山が近く、森の魔獣に慣れてきたら鉱山の魔獣に移れるように。
そしてもう一つの理由は――北の森から一番遠いからだった。
悪魔事件は北の森で発生している。そこからなるべく遠い場所で慣らしていこうと考えたのだ。
到着した南の森の手前から、ユウキは遠見スキルを使い魔獣を探していく。
都市に近い場所には魔獣が姿を現すことは少なく、奥に行くほど遭遇率は高くなる。
本来ならばもっと奥へ向かうべきなのだが、今回は魔獣狩りではなくフローラの魔獣恐怖症の克服が目的なので安全第一で事を進めていく。
「……いた」
「は、はい」
ユウキの言葉にフローラの鼓動が速くなる。
緊張がユウキにも伝わったのだろう、ユウキは視線を魔獣に注ぎながらフローラの肩に優しく手を置いた。
「大丈夫。フローラさんなら克服できるよ。それに、何かあっても僕が付いているからね」
「……は、はい!」
肩に置かれた温もりが、フローラの緊張を解きほぐしていく。
一度大きく深呼吸をしたフローラの視線は、魔獣がいるだろう森の中へ向けられた。
「…………来るよ」
「……はい」
杖を構えたフローラは火属性魔法の準備に入る。
そして――森の中からゴラリュが飛び出してきた。
数は一匹、ラーフに比べてサイズが大きいゴラリュには魔法を当てやすいと好都合。
「はぁ、はぁ、はぁ!」
「落ち着いてフローラさん。あれは下級魔獣で、フローラさんの敵じゃないよ」
呼吸が荒くなっていたフローラに優しい声音で語り掛けているユウキ。
フローラもユウキの声を聞くと呼吸が落ち着いていき、ゴラリュだけに注がれていた視界も広がっていく。
ゴラリュはどんどんと迫ってくるのだが、不思議なもので今では正面からゴラリュを見据えていた。
「――ファイアボール!」
放たれたのは炎の玉。
直線軌道で放たれたファイアボールはゴラリュが進行方向を変えたことで回避されてしまう。
右回りに近づこうと試みるゴラリュだったが、そこにユウキの声が飛ぶ。
「ゴラリュの斜め前にファイアボール」
「はい!」
「動きを変えたら僕が飛び出すからね」
「えっ? は、はい!」
最後の指示に一瞬だけ困惑したものの、すぐに立ち直りゴラリュの斜め前めがけてファイアボールを放つ。
今度は二人めがけて進行方向を変えたゴラリュが一気に迫ってくる。
その瞬間にはすでにユウキは駆け出していた。
無属性魔法による身体強化を発動したユウキの蹴り足は地面に足跡を残すほどに力強く、それにもかかわらずとても静かな足取りでゴラリュへと迫っていく。
ゴラリュがユウキを視界に捉えた時には、すでにユウキの間合いの中だった。
「ふっ!」
「グルヒヒヒイイイインッ!」
右の胴体からお尻にかけてショートソードが両断していき、地を撒き散らしながら地面に倒れていく。
すでに瀕死の状態なのだが、魔獣は絶命するまで何をしてくるのか分からない。これはユウキもフローラも先輩冒険者から嫌というほど聞かされている冒険者としての心得でもあった。
ユウキは緊張の糸を切らすことなくショートソードを構えると、一気にゴラリュの首を落とした。
「……ふぅ。フローラさん、お疲れ様」
「……は、はい。……あれ? 急に、震えが戻ってきました」
握っている杖がカタカタと音を立て、声もわずかに震えている。
そんなフローラに対して、ユウキは微笑みながらゆっくりと近づいていくと、目を見つめながら両肩に手を置いた。
「ユ、ユウキ様!?」
「フローラさんは一人じゃない」
「……えっ?」
「今はパーティだ。僕がフローラさんの隣りにいる。だから怖がる必要なんてないんだよ」
ユウキの力強い発言を聞いたフローラは――顔を真っ赤にしてオロオロしてしまっていた。
「……フ、フローラさん!?」
「ふえっ! あの、その! はははは、はいいいっ! 大丈夫れすううっ!」
「ぜ、全然大丈夫じゃないよね!」
ユウキに恋心を抱いているフローラにとって、まっすぐ見つめられるだけでも照れてしまう行為にもかかわらず両肩に手を置かれて顔が目の前にあるのだ、照れないわけがない。
しかし、フローラの恋心に気づいていないユウキからするとフローラが魔獣と対峙して心に傷を負ってしまったのではないかと心配になってしまった。
故に――熱がないかと額と額を重ね合わせてしまう。
「——!?!?!?!?」
「……フ、フローラさん! 凄い熱ですよ!」
「いえ、あの、その、これは!」
「急いで戻りましょう! あぁ、やっぱりまだ早かったんだ!」
勘違いが勘違いを呼び、ユウキの行動にフローラは失神寸前まで追い込まれてしまう。
「ひゃあ! ユユユユウキ様! お、降ろしてください!」
「ダメです! このままエルニカ先生のところまでお運びします!」
ユウキが取った行動は――お姫様抱っこだった。
結局、フローラはユウキにお姫様抱っこをされたままカマドまで戻り、エルニカの病院まで顔を上げることができなかった。
※※※※
当然ながらフローラに異常はなく、ホッとしているユウキとは異なりフローラは気持ちを整えようと深呼吸を繰り返していた。
その様子を見ていたエルニカは苦笑を浮かべている。
「ユウキ君はもう少し落ち着いた方がいいかもしれないね」
「す、すみません」
「まあ、私も事情は伺っているから心配する気持ちも分かるけれどね。ただ、女性への気遣いも大事だということを忘れないように」
「……はい」
落ち込んでいるユウキの肩を叩きながら、エルニカはフローラにも声を掛ける。
「問題はないと思うけど、一応リューネ君にも連絡を入れているから診てもらうようにね」
「あの、本当に大丈夫ですよ?」
「あはは、分かっているよ。ただね、やはり心の傷というのはすぐに治るようなものでもないし、荒療治なんてもってのほかだ。聞けば魔獣と対峙したというじゃないか」
「……この都市の人の為に、早く魔獣を戦えるようになりたかったんです」
俯きながら答えるフローラへ、エルニカは優しい声音で語り掛ける。
「その気持ちはとても大事で、素晴らしいと思う。だけどね、その結果としてフローラ君が倒れてしまっては元も子もないんだよ」
「……はい」
「リューネ君から許可が出るまではゆっくり療養するように。だが、二人で魔獣を討伐できたようだから問題はないと思うがね」
エルニカの言葉に顔を上げたフローラは、微笑んでいるエルニカに頭を下げる。
そのタイミングでリューネが病院へやって来た。
「エルニカ様、ご迷惑をお掛けしました!」
部屋に入ってきたリューネがすぐにエルニカへ頭を下げてきたので、ユウキとフローラは顔を見合わせて首を傾げている。
「頭を下げる必要はありませんよ。前にも言いましたが、私たちはお互いにカマドの一住民なのですから」
「そう言いますが、私としてはそうは――」
「リューネ君」
「……分かりました」
はぁ、と小さな溜息を漏らしたリューネだったが、すぐに意識を切り替えてフローラへ駆け寄っていく。
「フローラちゃん、結構な無茶をしたんだって? ユウキ君もよく受け入れたよねー」
「す、すみません、リューネ様」
「まあ、気持ちの強さが心を強くすることにもつながるからいいんだけどね。どーれ、見せてみて」
笑いながらフローラの額に右手を近づけていく。
リューネの右手からは暖かな金色の光が溢れ出しており、額からゆっくりと顔の前を通り肩、胸へと下りていく。
リューネが発動しているのは精霊魔法。対象者の弱っている部分を体内を巡る魔力を通じて探し当てる魔法である。
フローラの場合は心が弱っていたので思考する頭、そして精神的に気持ちがこもると言われている左胸に異常を感じ取っていたのだが――
「……へぇー、だいぶ良くなっているみたいね」
「ほ、本当ですか?」
「本当よ。それに……あー、なるほど、へぇー」
「ど、どうしたんですか? 何かありましたか?」
リューネの意味ありげな相づちに心配の声を上げたのはユウキだ。
ただ、リューネはフローラとユウキの顔を交互に見るだけで何も口にしない。そして、その行動に何かを察したのかフローラは慌てて立ち上がりリューネの手を引いて壁際に移動した。
「リューネさん! ……あの、その、えっと」
「うふふ、大丈夫よ。そんな野暮なことはしないから」
「……ありがとうございます」
「あの、本当にどうしたんですか? 何かありましたか?」
ここでも心配そうに二人の背中を見つめながら声を掛けてきたユウキに対して、リューネが振り返りなんでもないと笑みを浮かべる。
「フローラちゃんはもう大丈夫よ。私が保証するわ」
「そ、そうですか、よかったー。でも、どうしてあの時はあんなに熱が高かったんですかね?」
「熱? ……ユウキ君、何をしたの?」
そこでユウキがフローラを心配して行った行動の数々を告白していく。
恥ずかしそうに俯くフローラさんとは異なり、エルニカは微笑ましく二人を見つめ、リューネは爆笑を我慢した表情をしていた。
「そ、それは、そうなるわね!」
「ここまで来たら、ユウキ君にも原因があると言えますね」
「えっ! あの、どうしてですか? 僕が何かしてしまってましたか?」
「あの、ユウキ様、もういいですから! 何もなくてよかったですから!」
原因を聞きたがるユウキをフローラが止め、その様子を見てエルニカとリューネが笑みを浮かべている。
フローラが魔獣恐怖症を克服した一日なのだが、結果としてユウキの鈍感さが際立った一日となってしまった。
【書籍化記念SS】異世界転生して生産スキルのカンスト目指します 渡琉兎/DRAGON NOVELS @dragon-novels
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