屋台巡り

 僕は少し冒険をすることにした。

 いつもならこの時間、いつもの場所で、いつもの食事を摂っている。

 そう、今日は食堂ではなく外で食べ歩きをするのだ!


「……なあ、なんでそんなに楽しそうなんだ?」

「だって、外で食事だよ! それも屋台だよ! 今までは外に出ても目的地に行って帰ってくるだけだったからさー。チラチラ見えてたから気になってたんだよねー」

「ピーピキャキャー!」


 元々はジャンクフードやカップ麺を食べていた人間である、ミーシュさんの健康的で家庭的な美味しい料理も好きだけれど、たまには濃い味付けの料理を食べたいのだ。

 ガーレッドは食事だと分かったのか、それだけで嬉しそうだけど。


「私もたまに食べ歩きするんだ! 料理の勉強なんだけど、美味しいところを紹介できると思うよ!」

「おぉーっ! ルルのその言葉、心強いよ!」


 料理人見習いのルルが美味しいと思う屋台なら間違いないはずだ。

 ふふふっ、なんだか楽しみになってきたよ。


「軍資金もホームズさんから貰ったし」

「いや、依頼に行った時のあまりだろ?」

「案内人も揃ったし」

「ジンくんが必死にお願いしたからだよー」

「……と、とにかく、全てが揃ったから向かいましょー!」

「ピキャー!」


 べ、別にいいではないか! 僕はこの日を楽しみにしてたんだから!

 退院してから数日、少し行き詰まりもあったし、気分転換をしたかったんだからね!


 ※※※※


 いざ外に飛び出した僕だったが、どの屋台に向かうべきか迷いに迷い、優柔不断が顔を覗かせてしまっている。

 そんな僕を見かねたのか、ルルが苦笑を浮かべながら声を掛けてくれた。


「まずは私のオススメを食べに行こうよ」

「そ、そうだね! たくさんありすぎて、いざ選ぼうと思っても選べなかったよ」

「どれだけ食べたいんだよ。なら、ルルの後は俺のオススメな」

「もちろん!」


 というわけで、ルルのオススメに向かったのだが、これは最初のチョイスとしては間違いであった。


「……デ、デザート、ですか?」

「……これはさすがに最後じゃないか?」

「でも、女の子は甘いものばかり食べたりもするよ!」


 う、うーん、ルルの言うことも分からなくはないけど、僕は男なんだよね。

 でも、食べると言った手前、あとには引けないし……えぇい、こうなったら挑むしかあるまい!


「おばちゃん!」

「あら! ルルちゃんじゃないの、久しぶりだねぇ」

「えへへ、忙しくてなかなか来れなかったんだー」

「あら、今日はお客さんを連れてきてくれたんだね」


 屋台のおばちゃんは僕とカズチを見ながら笑顔でそう口にする。


「あー、そうなんですけど、ここってデザート屋さんですよね?」

「そうだけど……あぁ、ご飯を食べたかったのかい?」


 僕の言わんとしてることが分かったようで、おばちゃんは苦笑を浮かべている。


「ルルちゃん、食べ盛りの男の子にいきなりデザートはつらいわよ」

「えぇー、そうかなぁ?」

「まあ、デザート以外もやってるから見ていくかい?」

「そうなんですか?」


 それは驚きである。

 ぱっと見では分からないが、匂いだけでは砂糖菓子のような香りが漂っているのでデザート以外があるとは思わなかった。


「とは言っても、軽いおやつ程度のものだけどね」


 言いながらおばちゃんが取り出したのは小さな袋に入った焼き菓子、見た目はクッキーのようなものだ。


「赤い紐で閉じているのは塩味、青い紐はソース味、黄色の紐は甘いお菓子だよ」

「あっ! それならご飯を探しながら、小腹を満たせますね!」

「そうだろう? 一つずつあげるよ」

「えっ、ちゃんと買いますよ。お金も貰ってきてますから」

「いいんだよ。その代わり、ご飯の食べ歩きが終わったら、うちのデザートも食べてってよ!」


 最後に快活な笑顔を見せたおばちゃん。

 なるほど、これも商売の一つということか。

 ルルがオススメするくらいだから食べてみたい気持ちはあったのだ。

 焼き菓子を貰わなくても最後には足を運ぶつもりだったのだが、周りの目を見るとここは素直に受け取った方がいいようだ。


「ありがとうございます。それじゃあ、最後のデザートにまたおじゃましますね」

「待ってるからね!」


 僕たちは袋を受け取ると、手を振りながら屋台を後にした。

 その途中、カズチが声を掛けてきた。


「なあ、これ本当に貰ってよかったのか?」

「そうだよジンくん。お金はあるんだし、迷惑になってないかな?」


 ルルも心配そうに声を掛けてきた。


「大丈夫。ほら、見てみなよ」

「「えっ?」」


 振り返った僕たちが見たものは、最初はがらんとしていた屋台に列を作るお客さんの姿だった。

 何事だろうと顔を見合わせている二人だが、僕にはなんとなく分かってしまった。

 いわゆるになったのだ、僕たちが。

 子供がわいわい楽しそうにしている姿は微笑ましいもので、周囲の視線が集まっていた。

 そこにおばちゃんが焼き菓子の袋を手渡してまたおいでと言って笑顔で別れる。

 すると世間話もそこそこにといった感じで人が集まり、ついでにと買い物をしてくれる。

 それを見た人は何かしら? といった具合にあれよあれよと人が集まったのだ。

 そう上手くいくものでもないのだが、おばちゃんはこの辺りの客層を知っているのかもしれない。

 僕たちを上手く使ってお客さんを集めたのだ。


「……やっぱり、ちゃんとしたやつを食べておけばよかったか?」

「大丈夫だよ! 帰りにまた寄るんだもん!」

「そ、そうだな。よし、それじゃあ早く飯にしようぜ!」


 そのことに気づいていない二人は驚きつつも、おばちゃんの屋台に早く行きたいからかご飯を急ぐようになってしまった。


「それじゃあ、カズチのオススメを教えてよ」

「いいぜ。こっちだ!」


 少しテンションを上げたカズチが意気揚々と先頭を歩き出した。

 その様子に少しおかしくなりながらも、僕は何も言わずに次の屋台を目指した。


 カズチのオススメは、まさに僕が望んでいた【ザ・屋台!】を象徴するかのごとき巨大な肉の塊を串に刺して丸焼きにした料理だった。

 女の子には重すぎるかもしれないが、ここは僕が望んだ食べ歩きなので我慢してもらいたい。


「うわー! 香ばしくて美味しそうだね!」


 ……あれ、まさかルルの第一声からその発言が出るとは思わなかったよ。

 でも、確かにカリカリに焼かれているだろうことが分かる香ばしさに胃袋がくすぐられてしまう。

 さらには肉の油だろうか、それが表面からじわりと溢れ出しており光沢を放っている。

 元の世界で言うところのローストチキンが一番近いかもしれない。


「あー、よだれが止まんない! おじちゃん、それください!」

「おっ! 威勢がいい坊主だなあ! だが、こんなにでかいの食べられるのかい?」

「三人で分けるから大丈夫です!」

「そうかそうか。なら、食べやすいように切って渡してやろう」

「ありがとうございます!」


 気が利く屋台のおじちゃんは手慣れた様子で持ちやすい部分を紙で包むと僕たちに手渡してくれて、さらに残りの部分は厚手の紙で包み、袋に入れて渡してくれた。


「そいつは後でゆっくり食べな」


 袋の中には三人分の串も入っており、僕は頭を下げてその場を後にする。

 邪魔にならない壁際に移動してから、待ってましたと言わんばかりに頬張る。


「──んんんんっ! そうそう、この感じだよ! 一口目でドカンと味が広がって、すぐにもう一口食べたくなるような濃い味付け! たまにはこういうのもいいよねー!」

「ピー! ピーキャキャー!」


 おぉっ、ガーレッドがものすごく興奮しながら食べているよ。


「美味いだろ! 俺は錬成が上手くいった時とか、自分へのご褒美でここの肉を食べるんだよ!」

「これはキコのソースかな? それともカーケかも……うーん、分かんないなぁ」


 僕たちが肉を頬張っている横で、ルルは真剣に料理の分析をしている。

 さすが料理人、と言いたいところだが、今は純粋に料理を楽しんでもらいたいと僕は思ってしまう。

 だって、こんなに美味しい肉料理、元の世界でもなかなかお目に掛かれないんじゃないかな。


「ここの屋台、最近はじめたみたいなんだよ。俺が初めて買った時はあまり客もいなかったんだけど、しばらくしてまた行ったら並んでてビックリしたんだ」

「あー、それもおばちゃんの時と同じ効果じゃないかな」

「どういうこと?」


 首を傾げる二人に、僕は説明した。


「誰もいないところへ最初に行くのって、なかなか勇気がいるでしょ? でも、誰かが先にいたら続いて行くことは意外と気軽にできるんだよ」

「言われてみるとそうかもしれないな」

「おばちゃんの時は、僕たちがわいわいしてたから他の人もなんだろうって見ていたし、おばちゃんを知ってる人は僕たちがいなくなってから集まったと思う。それで、人がいれば人気なのかと思って知らなかった人も集まることがあるんだ」

「それでさっきは列を作ってたんだね!」

「カズチが言ってたのもそれだよ」

「俺が、最初の客になったってことか?」

「買う時に何か言わなかった?」


 肉を頬張りながら考え始めたカズチは、しばらくして「あっ!」と声を漏らした。


「その肉美味しそうですね、って言ったかも」

「それ、小声だった?」

「……いや、結構大きかった」

「じゃあそれだろうね。他の人の耳にも聞こえてきて、買った商品を目にして、美味しそうと思って集まってきたんじゃないかな」

「あー、だからか。二回目に行った時には小さな串をいくつか貰ったんだ」

「……それ、絶対にそうだね」


 そこまでされて気づかないのか。いや、子供なら普通は気づかないか。単純にラッキーくらいにしか思わないだろうし。


「袋のまで食べたら他のが入らなくなるから、これは夜に食べようよ」

「それがいいね!」

「よし、それじゃあ行くか」


 そして再び屋台巡りとなった。

 カマドの屋台には多くのバリエーションがあり、お祭りで例えるなら焼きそばやお好み焼きや焼き鳥に似た食べ物だったり、汁物や煮込み料理まで並んでいる。

 中には冒険者体験! と称して保存食にもなっている堅焼きパンを出している屋台まであった。

 ここは男性に人気があり、冒険者気分が味わえると興味本意で買っていく人が多いのだとか。

 食べやすいようにソースが用意されているものの、そちらが保存に向いているのかはよく分からない。屋台だから置いている、ということであれば商売だからなのだろう。


 久しぶりのジャンクフード……と言っていいのか分からないけど、それに満足した僕だったが、お口直しが待っている。

 最後に足を運んだのは、もちろんおばちゃんの屋台だ。


「ルルちゃん、待ってたよ!」

「あぁー! ……もしかして、売り切れましたか?」


 商品が並んでいた場所には何もなく、大人気で一気に完売したのかもしれない。

 ルルはとても残念そうな顔をしている。


「ふふふ、安心しなよ。三人の分はちゃんと取ってあるからさ」

「本当ですか! なんだかすいません」

「大人みたいなことを言うんだね。気にしないでいいんだよ、約束だからね」

「……はい、ありがとうございます」


 おばちゃんも、肉串屋台のおじちゃんも、他の屋台の人たちもとても優しかった。

『神の槌』だけじゃなく、カマドは暮らす人みんなが優しいんじゃないだろうか。

 そんなことを考えながら、僕たちはお金を払い受け取った。

 少しだけ底の深い器に盛られたデザートは、見た目は真っ白でふわふわ、スプーンですくうと手ごたえはほとんどなく、まるで雲と形容しても差し支えないくらいだ。

 前世の知識から似たものを探すと、わたあめが近いかもしれない。

 僕はそんなわたあめもどきを口に運ぶ。

 ……うん……甘い…………ってか、甘過ぎないかな!


「あっまああああぁぁっ!」

「うふふ、美味しいねー」

「ピキャキャー」

「ガ、ガーレッドも、好きなの?」


 どうやら男性陣の口には合わないようだ。

 僕は三分の一を食べたところでギブアップ、残りはガーレッドにあげることにした。

 カズチは頑張って食べているが、そのペースはとても遅い。

 ルルはペロリと食べてしまい、ガーレッドも一口で残りを食べてしまった。


「あっはっはっ! やっぱり男の子には焼き菓子がよかったみたいだね!」

「……すいません」

「いいんだよ。色んな料理があるって勉強になったかい?」

「……はい」


 この世界でも激甘なお菓子があることを学びました。

 ……というか砂糖菓子の匂いで気づけよ!


「本当に、色々あるんですね」

「お詫びじゃないけど、最初にあげた焼き菓子を持っていきな」

「いやいや、今回はちゃんと購入します!」

「そうかい? 律儀なんだねぇ」


 こうして、僕の屋台巡りは終わったのだった。

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