16P目
断片的な記憶を記す。
僕は佳純の遺体をこの目で見た。
左目だけが半開きで、右目の下の頰は深く凹んでいた。血が出ていないが新しい刺し傷がある事から、思いっきりナイフか何かで刺されたのだろうと思った。手にも足にもいくつも切り傷や刺し傷があって、左肩と首は切り傷を境に少しズレていた。僕は本当に冷静に佳純の死体を眺めていた。確か誰かと話したような気がするが、ほとんど覚えていない。
佳純のお母さんとは、会話した記憶がある。確か、ご愁傷様ですとか、お互い頑張りましょうとか、大丈夫ですかとか、そんな事を話した気がする。
僕と佳純のお母さんは、犯人について話された。快楽殺人者だと。
数日後だったと思う。僕は部屋にある佳純の荷物を整理していた。ワンルームの小さなアパートには、佳純との大きな思い出があった。部屋の隅っこに置いてあるボストンバッグには、化粧品とか財布とか、佳純の着替えとかいろいろ入ってた。僕の洗濯物と同じ柔軟剤の匂い。確かに佳純は僕と生活していた。佳純の着替えを畳んでいる間、僕はそんな事を考えて、すごく悲しくなって涙が出た。その時にようやくしっかり理解出来たんだと思う。佳純は僕の彼女で、僕は佳純の彼氏だって。
佳純のボストンバッグから、木製の箱が見つかった。その箱には南京錠が二つ付いていた。箱の裏にはシールが貼ってあって
『ヒント!佳純と光一くんよりも唯一幸せな二人』
と書いてあった。ヒントとはおそらく、この箱の南京錠のナンバーについての事だろうと予想がついた。しかし、僕と佳純よりも幸せな二人についてはしばらく分からなかった。寝っ転がってぼーっと箱を眺めた。答えが分かったのはほんの10分弱くらい経った時の事だった。
【807】【664】
二つの南京錠は開いて、中からまた木箱が出てきた。付いている南京錠は今度は4桁で、またも裏側にはシールが貼ってあり
『ヒント!始まりの日』
と書いてあった。僕は佳純と付き合った4月5日の番号を入れた。
【0405】
しかし南京錠は開かなくて、僕はケータイを開いて佳純と初めて連絡を取った掲示板を開いた。初めて僕と佳純が話した日、それは1月7日だった。
【0107】
南京錠は開いて木箱を開けた。またも木箱があったが、今度は二つ折りの手紙も入っていた。手紙には
『指令その1!大きい箱から順に並べよ!』
と書いてあった。
「これまだ続くのか…」
僕は少し笑って、南京錠がついた箱の裏を見た。
『ヒント!ちゅーした日!』
僕は当然覚えていた。両者同意でキスしたのは、半年記念の次に会った土曜日のデートの日。10月9日の事だ。
【1009】
南京錠が開いて箱を開けると、中には箱に収まるサイズの木の板が3枚と、ガチャガチャとかでありそうな小さなライト、そして二つ折りの手紙があった。手紙には
『指令その2!この箱を開けたら部屋を薄暗くする事!安心しなさい光一くん!この箱の中にある箱には、鍵は付いてないからすぐ開くよ!』
と書いてあった。箱は入ってないし、意味がわからなかったが、とりあえず部屋のカーテンを閉めて薄暗くした。木の板には何も書いてなくて、僕はまったくわけがわからなかった。それを見つけたのはたまたまだが、多分誰でもたどり着くだろう。ただなんとなく、僕はライトで木の箱を照らした。箱の蓋の裏、箱の底、箱の正面で文字が光った。
『た ん じょ』
『お め で』
『光 一 く』
あぁ、そうだ、僕はもうすぐ誕生日だ。そんな事を考えて、どうしようもなく泣いた。声を出して枕に顔を埋めた。多分箱はもう二つあって、僕へのメッセージが完成するのだろう。入っていた木の板は、佳純が箱を手作りで作っていた証拠だ。僕がバイトでいない間、一生懸命作っていたのだ。冷たいものが触れないから、外を出歩くのも大変だろうに、一人で買いに行ったりしたのだろう。僕の誕生日のために、いろいろと準備していたのだろう。
僕は本当に佳純に愛されていたんだと、強く強く実感した。
それから僕はバイトをばっくれて、ずっと部屋でゴロゴロと過ごしていた。外に出るのは、たまにコンビニでご飯を買う時くらいだった。とてつもない虚無感というか、何かをしようという気にならなかった。
つい先週の事だ。僕がこの本を記そうと思ったのは。先週、僕は佳純のバッグをなんとなくまた漁った。佳純のバッグの中には日記があった。見てどうにかなるものでもないが、僕は何が書いているのか気になって、日記を開いてみた。
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