8P目
2010年11月3日の午後3時ごろ、佳純は午前で終わった大学から帰って、家でゴロゴロしていたところ、突然気を失った。早急に佳純の母が病院に連絡したことで、なんとか大事は免れたが、原因は今でもわからない。しかし倒れる直前にとてつもなく腹が痛くなって、目の前がだんだん暗くなっていったと言っていた。
11月4日の昼11時、僕は佳純のお見舞いに行くことにした。予め佳純には行くことを連絡しており、佳純もそれを了承していた。向かっている途中で、お母さんも来るって!光一くんとばったり会っちゃったりするかも!と連絡が来て、行くのに少し気が引けたが、今更引き返すわけもなく、病院へ向かった。
佳純のいる病室を聞いて、僕はそこへ向かった。案の定そこには見知らぬ大人の女性が、座って佳純と話していた。
「あ!お母さん!後ろ後ろ、光一くん!さっき話した私とお付き合いしてる人!」
「あ!どうもー、佳純の母ですー」
彼女の母親に会う、という経験自体初めてで、さらに病院というシチュエーション。佳純のお母さんはどういうわけか全く動じることなく、当然のように僕に挨拶した。
そこで僕は、佳純の母から佳純について話しをしてもらった。その話しを僕は今も覚えている。なにやら感じた違和感があったからだ。今にしても十分に違和感を感じられる。それがなにに対しての違和感なのか当時はわからなかったが、取り敢えずそのまま記すことにする。正確ではなく、僕の記憶に任せてあるから曖昧さを含むことだけは、十二分に留意してほしい。
「私が家に帰った時にね、佳純はもう大学の授業が終わって帰宅してたらしいの。玄関を開けてただいまーって言っても返事がなくて、リビングに行ったら、ソファの横で佳純が倒れてたの!もうびっくりしちゃって、とにかく急いで救急車呼んだわ。お医者さんに聞いたら原因は分からないって。多分貧血かなにかだと思いますが一応詳しく調べますって言われたわ。佳純、本当に心配かけて…。早く元気になりなさいね。たくさんの人がお見舞いに来て心配してくれるんだから。みんなのこと安心させなきゃね」
それから佳純のお母さんに、佳純さん早く良くなるといいですねとか言ったと思う。佳純のお母さんはニッコリと笑ってありがとうと言った。佳純、光一さんと仲良くしなさいね、私はもう帰るから、と言って佳純のお母さんは、僕と佳純を二人っきりにした。
「もー!お母さんやっと帰った!」
僕と佳純は雑談をして、途中二人で病院の売店に行って昼ご飯を買った。佳純は僕に会えたのが嬉しいらしくて、廊下とトイレへ続く道との境で僕にキスをしてきた。
3日後、佳純は退院した。11月7日は日曜日で、僕と佳純は会うことにした。佳純の体が万全じゃないことを考慮して、佳純の地元である花小金井駅の近くにある漫画喫茶に行くことにした。僕はその時、漫画なんて読む気にならなかったけど、佳純の体調を考えると仕方のないことだと思っていた。
「光一くん、私ね、もうなにを食べても美味しくないの。なんかもう、なにも食べたいと思えないんだ。家でご飯出されてもね、全く食べる気にならない。治療のためのお薬を体に入れてるから、まぁ、仕方ないんだけどね」
二人で漫画を読んでたら、急に佳純がそんなことを言い出した。佳純はすごく悲しい顔をしていたのを覚えている。
「なんでだろうね、私、前世で大量殺戮でもしたのかな。拷問が好きな変態だったり、虐待が好きな変人だったりしたのかな。ねぇ、光一くん、私なにかしたかな」
「佳純…」
佳純は話していくうちに徐々に声が震えてきて、次第に涙が溢れていった。
「もうね…なんか全部、嫌に、全部ね、嫌になっちゃった。常に節々が痛くて、最近手袋越しでもね、手すりとか触ると、その部位が痺れたりするの。階段とか通路とか、突然私、立ち止まっちゃうんだけど、後ろ歩いてる人は、突然止まられたら当然迷惑だよね。たまに、怒鳴られたり、肩を強くぶつけて通り過ぎられたり。私、家にも帰りたくない。外に出たくない。このままここにいたい。ねぇ、光一くん、どうしたらいい?」
なにを思ったか、僕は佳純を抱きしめた。力強く抱きしめて、佳純の頭に顔を押し付けた。何もしないでいたら、僕は、佳純が本当に壊れてしまうように感じたのだ。いや、抽象的な表現はよそう。その時僕は、佳純が自ら命を絶つ可能性を考えてしまったのだ。
佳純は僕の胸に顔を当てたまましばらく泣き止まず、そのまま寝てしまった。慣れない病院での数日間が終わってすぐに会ってしまったので、きっと疲れたのだろうと思った。僕は起こさないようにそっと動いて、手に取った漫画の続きを読んだ。
12月になって、約二週間が経った頃、正確には12月13日の月曜日、佳純はまた病院に搬送された。
『またたおれたの。どうしよ。
なんかね、やばいんだ。
休みたいよ、ずっと光一くんといたい。
しぬより怖い。いま。常に怖い。
体中が痛くて、心もぼろぼろで、どうしたらいいかわからないの』
12月14日の朝に来た佳純からの連絡でそれを知ったのだが、僕はとにかくどうしたらいいのかを考えていた。なんと返信しようか、これから行う僕の行動次第で、佳純の精神状況は大きく左右されるだろう。ただでさえ不安定な状態であると、ひと月前に伝えられたばかりなのに、どうしてまた、佳純ばかりがこんな目に合うのか。僕はいくら考えても、正解となりうる答えが見つからず、状況や環境に対して当たるばかりであった。
『佳純、大丈夫?
大丈夫ではないか。
またお見舞いに行くよ。
あのさ、ずっとビビってたんだけど…
お見舞いの時に、漫画持って行くよ。
僕が描いた漫画持ってく。
よかったら読んでほしいな。
感想も聞きたい。
多分もう漫画を描くことはないけど、佳純が褒めてくれたらまた描くかも(笑
僕の専属編集者さん、楽しみにしててね』
佳純からの返信は、それ以降来なかった。
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