7P目

僕と佳純は半年記念のデートの後、10月9日の土曜日に二人で再度新宿で会うことにした。夕方、映画館で映画を見た。その時に見た映画はホラー映画で、見終わった後で佳純は「怖かったねー!光一くん!吊り橋効果さまさま、光一くんにドキドキしたと錯覚してたよ!あはは!」とかわけのわからないことを言っていた。

夜ご飯は新宿にある和食料理店で食べた。


「ところでさ、光一くん、一つ聞きたい事があるのだよ」

「ん?なに?」

「私と手を繋いで歩きたいと思わないの?」


不意打ちすぎる謎の質問。受け取り方によっては高慢な質問。きっとでも佳純は、純粋に疑問に思っただけで深い意味はないのだろうと、今僕は思う。


「えっと…思うけど、うん、思う。手を繋いで歩きたい」

「じゃあさ、今日から手を繋いで歩こう?私ね、なんだろうかこの感情は。外でも光一くんとラブラブだって見せびらかしたい、のかな」


その日から僕と佳純は、二人で歩いてる時ずっと手を繋いで歩くようになった。その日の夜、二人で手を繋ぎながらホテルに入った。歌舞伎町にある安いホテル。休日に一泊6000円くらいで泊まれる。そんなに綺麗ではなくユニットバスだが、ワイファイがあるしシャンプーは佳純が好きなやつだ。


「ねーねー、光一くん」

「んー?」

「光一くんはなにか、思う事ないの?この前私の話聞いてさ、嫌いにならなかった?好き?」

「んーと、うん、好き。いろんなこと考えたけど、佳純に、死んでほしくないと思ってる」


ホテルでベッドに入って二人で動画を見ながら話していた。佳純は多分不安なんだろう、話した事で二人の関係に起こる変化が、プラスかマイナスか、そのときはそんなことを考えていた。


「そっかぁ、そっかそっかぁ、ふふ、そっかぁ。嬉しいなぁ。光一くん、光一くんに質問があるのだ」

「んー?」

「光一くんは、私とキスしたいと思わないの?」


その日はやけに、考えてみれば朝から、ずっと佳純は僕にイチャついてきた気がする。手を繋ぎたがったり、映画館デートも佳純の発案だ。好きか確認してきたり、キスの話題とか初めてその時出た。


「えっと…僕は、うん、そうだね、したいと思ってるけど、あ!でも違うよ!あの、あれ、佳純がしたいと、言わないと、無理やりとかはしない!強制もしたくない」

「あはは、光一くん必死か!わかってるよ、優しいもんね。何回泊まっても手を出してこないし、私にとって、親の子宮より安心できるのは、光一くんの腕の中だ!」

「そっか、嬉しいよ」

「光一くん!あのさ!あのね、私がさ、今キスしたいって言ったら、どうする?」


佳純は笑顔で、すごく楽しそうに話していた。腕枕しながらだからそんなに顔が見えないけど、たしかに笑っていた。そんな笑顔を見てたら急に来たその質問は、あまりにも唐突で、即答できなかった。


「え?……あ」

「とー…光一くん、したくない…?」

「いや、あの、する!したい!ごめんね、いきなりでビックリしちゃってた」

「あはは、よかったぁ、うんうんよかったよぉ。なんやかんや言ってさ、今まで私と光一くんはなにかと考えてる事が近かったから、キスしたいタイミングに限って突然ズレてしまったら悲しいからね!」



お互いに面と向かってベッドに座った。前から何度も会ってるし、ご飯も一緒に食べてるし、今更と言えば今更なのだが、とんでもなく緊張した。

そして僕は佳純とキスをした。




佳純が入院したのは、その日から少し経った10月13日のことだ。佳純から来た連絡の内容は、今でもメッセージとして残っている。


『光一くんー、なんと私入院してしまった!(顔文字)

なんか病院の先生が言うには、驚かないでほしいんだけどね、ガンだってさ!ガーン…

でも本当に初期らしくて、すぐに退院出来るんだって。

入院するときは倒れて搬送されたんだけど、詳しい原因はよくわからんというね!

これからお薬とかいろいろ投与されたり口にしたりするんだけど、なんかね、全身知覚過敏みたいな!そんな感じになるんだって!

冷たいものに触れるとしびれちゃうの(顔文字)

今度の土日には退院してるから私の事あっためてね!

どうせすぐだし、結構遠い病院だから、お見舞いは平気やよ〜

それでは!』


どうしてだろうか、佳純は本当にどうして、不遇な目にあうのだろうと、僕はその時思った。


次の土曜日、10月16日に佳純はすごくやつれた顔で僕の前に現れた。聞けばあんまりものが喉を通らないらしく、痩せてしまったとのことだった。


「私はね、光一くんよ、嬉しいのだ、今が。私ね、絶望しなかったよ。なんでかなって考えたら、というか考えるまでもなく、それは絶対に光一くんのおかげなんだ。私のキャンパスはもういっぱいで、全く余白のないボロボロなんだけど、光一くんが私に余白をくれた。わざわざ時間を割いて、私のためになってくれた。本当に嬉しいんだ。それに気付けて、よかった」


国分寺にあるファミレスで、僕は佳純からそんなことを言われた。嬉しいとかそんなことを言ったと思う。


「あれ、佳純、首元になんか針の痕みたいなのあるよ」

「うーん、ね…そうなの。病院でトイレにいる時に鏡見て気づいたんだけど、多分注射かなんかされたんだと思う。やだねー!目立つところに注射痕!これじゃ光一くんの隣歩くのが恥ずかしいね」

「いや、いやいや、全くそんなことないよ」


その日は国分寺から高円寺まで電車で行って、二人で服とか雑貨とか見た後にホテルに泊まった。気分的な問題だと思うが、腕枕をした時に、佳純がすごく小さく感じた。捨て猫みたいな、すぐに壊れてしまいそうな小動物みたいだった。

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