5P to 6P目
10月5日は火曜日で、佳純は大学の講義があったけど、彼女は僕との記念日の方が大事という事で、講義を休んでデートしてくれた。僕は就職先を探していたが、結局バイトしかしておらず未だに就職をしていなかった。
「光一くん、今日は半年記念日だ!そこでね!一つ大事な話しをしようと思うんだ!私の夢について話すよ!」
「あれ?前に夢はないって言ってなかったっけ?」
「そう、今はないの!でもね、私は昔、モデルになるのが夢だったんだ。18歳の時に雑誌にも写真が掲載されて、私は本気でテレビとかも考えてたの」
たしかに佳純は可愛くて、本当にモデルを目指していたんだろうと思った。どうしてその夢を諦めたのかは僕からは聞かなかった。彼女が話してくれそうな雰囲気だったから。
「高校三年生の夏に、写真が雑誌に掲載されて、私すごく嬉しくて友達に話したの。友達もすごいすごいって褒めてくれて、とても嬉しかったよ!私のお母さんとお父さんも応援してくれて、多分あの時が一番私が輝いてたと思う。でもね、高校三年生の…いつだっけ、10月くらいかな。記憶が曖昧で申し訳ないんだけど、たしか10月、同じ学年の男子6人くらいにレイプされたの」
その時の衝撃はすごくて、小さく「え」って声がこぼれた。僕の反応を見て少し笑って、佳純は続けた。
「具体的に話すね、私その時、同じクラスの男子と付き合ってて、帰り道二人で帰ってたの。私の当時の彼氏はすごく頭が良くて、私と一緒に特進クラスにいたの。帰り道でね、彼氏は私に今日は家に誰もいないから、うちにおいでよって言ってきて、あぁ、とうとう初体験をする時が来たのかーとか思ってた。彼氏の家に行って部屋に着いたら、そこには何人も男の人がいて、たくさん殴られたり蹴られたりしたの。私の元カレ、すごくイかれてて、女の子が集団に暴行されてるのとか好きだったみたい。私のことも生欲を満たすための何かとしか思ってなかったのかも」
佳純はだんだんと声が震えてきていた。喋り方もいつもみたいな不自然な、僕にとっては至極自然な、あの喋り方じゃなくなってきていた。
「今思うと、付き合って一週間でヤろうとしてる時点でそーゆーのに気づくべきだったのかもね。…たくさん殴られて蹴られた後、私は人生で初めて自分が吐血しているのに気付いて、いろんな人に犯されている間、ずーっと自分の体のどこが傷付いたのかを考えてた。肋骨が折れたのかなとか、吐血するってことは肺か胃が傷付いたのかなとか、動かされると肩とか痛いからその辺も折れてるのかなとか。まぁ…多分無理やり喉の奥の方まで挿れられたりしたから、それが原因だと思うんだけど…。犯されてる間中ずーっと動画を撮られてた。気付いたら両手両足を縛られてた。次の日になって、私はトイレに行きたいと言ったんだけど、どうしたっけ、覚えてないや。なにか…なにかして…私は合計4日くらい、その元カレの家にいた。思い出せないや。傷が原因だと思うけど高熱を出して、彼は死なれたら困るからとか言って私を病院に連れて行った。山で遭難したと言え、じゃないと動画をばらまいて、お前の人生潰すぞ、って脅されて、私は逆らう気になれなくて病院でそう言った。でも結局、病院で事件性があることがすぐに分かって、私は被害届を出すように説得された。怖くて、出せなかった。肋骨の骨折と食道の裂傷とか、その辺はすぐに治るらしかったけど、鎖骨の骨折はボルトをはめ続ければならないって言われた。あと、左手首の螺旋骨折も、しばらくボルトを入れて生活してた。それだけじゃなくて、光一くん、気付いてなかったと思うけど、私ずっとオムツをして生活してるんだ。尿道と膣が繋がっちゃって…瘻孔とか尿道膣瘻とかってやつらしい」
聞いてる僕が辛くなって、涙を流していた。ホテルで泊まるまでの時間、新宿にある個室の漫画喫茶にいて、そこで話しを聞いていてよかった。誰にもこの話しを聞いて欲しくないし、僕の泣き顔も見られたくなかったから。
佳純は僕と初めて泊まるとき、とても不安だっただろう、私エッチ苦手なんだって言ってたあの言葉も、トラウマのためだ。オムツで生活してるところも見られないように、僕よりも早く起きて交換していたのだろう。僕の前ではしっかり笑っていられるように、僕に心配をかけないように、必死で自分の辛い部分を隠していたのだろう。そんなことを考えると、今も涙が出る。
「私は結局被害届は出さなかった。親にも誰にやられたのかとか聞かれたけど、誰にも話したくなかった。私はたしか12月くらいに自殺を試みたの。初めての自殺。やり方がわからなくて、とにかく手首に思いっきりナイフを刺した。力一杯刺したけど、ガッてなって貫通しなくて、血が止まらないようにお風呂に手首を浸けた。手首をお湯につけた瞬間くらいに胃液を嘔吐して、だんだん目の前が暗く輪郭が浮き出てきて、そのままお風呂場で倒れた。親が私を病院に連れて行っちゃって私は助かっちゃって、それからしばらく精神病院に通院することになったの。私に余白が無いのはね、私自身のキャンパスがビリビリに破けちゃったから。燃えてしまったからなの。もうなにかを目指すとかしたくないし、目立ちたくない。私は物体としてそこに存在しているだけで、もう嫌なの。生きていること自体、私は全く望んでない。一年浪人して大学に入って、ダラダラと過ごしていて、私は光一くんに出会った。はっきり言うと、私は多分、生きる理由が欲しかっただけなのかもしれないね。誰でもよくて、たまたま光一くんだったのかも。でも今は本当に好き。自分の欲より私の願望を優先する優しい光一くんが好き。私の喋り方はね、光一くんと通話した日から突然初めてみたの。自分じゃない自分になれる気がして。でも光一くんと話してたら、その喋り方がいつのまにかくせになっちゃって、今じゃもう普通に変な喋り方が定着しちゃった」
僕は嗚咽するくらい泣いていた。時折出てくる咳の音。涙が目から鼻に回って、何度か鼻をかんだ。
「光一くん、泣かないで。…私ね、光一くん、もっと辛くなるかもだけど、もう一つ話さなきゃいけなくて、実は私もうね、手術してからじゃないと妊娠できないんだ。生理も来ないの。子宮壁の癒着?とかなんとか。アッシャーマン症候群っていうやつらしい。私、レイプされた時に妊娠してて、堕胎したのは自殺未遂の後だった。本当に全部が全部死にたいくらい嫌になったよ。私、ずっとずっと、死にたいんだ。ずっとずっと。今は惰性で呼吸してるだけなの。光一くん。…光一くんが、私の光なの」
その日、僕と佳純はホテルに泊まって、いつも通り腕枕をして動画を見ながら寝た。佳純の寝顔はいつもと同じで可愛くて、僕は泣きながら抱きしめた。僕の手に添えてある佳純の左手には、大きな刺し傷の跡があって、今までどうして気付かなかったのか、その傷跡を撫でながらさらに泣いてしまった。
そして、僕は泣きながら佳純の寝顔にキスをした。両者同意の元じゃない、一方的な好意の押し付け。考えてみると、これはレイプした奴らとなんら変わらない行為だ。一人の人間の人生を狂わせる狂気の刃だ。僕も本質的には、人を殺す素質があるのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます