第4話

「好きな野菜はなんですか?」

「んー……ナス。特に天ぷらの。花楽は?」

「わたくしはトマトです。もっと大雑把に言うなら、トマト味のものが大好きです」

 文樹坂学園を出て、とりあえず最寄り駅へ向かう俺たち。

 道すがら、お互いのことをよく知るために些細なことを質問しあった。

 好きな食べ物、家族構成、得意な科目、最近ハマっているものなど。

 さすがは相性度97%と言うべきか、花楽は存外話しやすい奴で、初めは緊張気味だった俺もだんだん舌が回るようになってきた。「先輩って、けっこうおしゃべりなんですね。さっきは緊張していたんですか?」と言われて、少し気恥ずかしくなったりもしたり。

 花楽のステータスも教えてもらった。

 その数値はなんと――バイタリティ100。他が0。

 凛珠が攻撃力全振り幼なじみなら、花楽はバイタリティ全振り中学生というわけだ。

「全振り現象同士でお揃いなんて、超レアですよねっ」

 と、本人は俺の幸運全振りなステータスを知ってまた運命を感じているようだった。

 エルステのバイタリティといえば、恋愛への興味関心を示すステータス。

 それが100ともなれば、初対面の異性にいきなりハグというのも頷ける。

 だがバイタリティ高めの女の子っていうのは、エルステに頼らずとも恋人がいるケースが多い。それだけ恋愛に積極的ってことだから。

 けれどあのときの花楽は、こうつぶやいていた――「ようやく見つけました」と。

「なんで高等部の校舎にいたんだ?」

 俺が質問する順番になったので、訊いてみた。

「先輩を――運命の人を探していたんです」

 返ってきたのは、予想していたとおりの答え。

 中学生である花楽は、運命の人を求めて高等部の校舎まで足を運んでいたのだ。

「よくやるなあ。相性度95%以上の相手なんて足で探して見つかるものでもないだろ」

「だからずっと、ずっと探していたんです。エルステを使い始めてから三年間、恋をするなら運命の出会いベルが鳴ったその人にしよう――って」

「え? じゃあそれまで誰にも恋をしなかったっていうのか?」

「ええ、もちろんですとも」

 誇らしげに言いながら、俺の腕に頬ずりしてくる花楽。

 たぶん俺と出会うまでにもそれなりに相性度の高い相手はいたのだろう。だけど運命の出会いベルが鳴るほどじゃなかった。三年間ベターではなくベストを追い求めたからこそ、「ようやく見つけました」なのか。

 さすがバイタリティ全振り。恋愛に対する熱意が人並み外れている。

「わたくし、エルステが流行る前は恋のキューピッドなんて呼ばれていたんですよ」

「恋のキューピッド?」

「はいっ。どんな恋のお悩みも、わたくしに相談していただければ最良最速で解決。仲のいいクラスメイトから他校の生徒まで、成就させた恋の数はちょっとしたものです」

「でもエルステが流行る前って、花楽は小学生とかだろ?」

「あ、いま子供の恋愛と甘く見ましたね? 確かに大人の恋愛と性質は違いますが、子供は子供で真剣なんですよ? そしてそれなりに難しいものなのです」

 語る花楽の様子は得意気だった。

 きっと小学生の頃から恋バナとかが大好きな女の子だったのだろう。

「ですが、エルステが流行ったことでわたくしもお役御免となりました」

「あー、そうか。エルステがあれば相性のいい相手も診断してくれるし、恋愛アドバイスとかの機能もあるからな」

 意中の男の子との相性が悪く、しかし諦められない女の子がいたとしよう。

 努力で相性度を上げることはできる。多くはステータスをもとに診断されるため、そちらのほうを改善すればいいわけだ。

 たとえば防御力の高い相手は異性に対する警戒心が強かったりするので、恋愛に対してガツガツした姿勢を見せすぎると引かれてしまう。よってバイタリティが高すぎると相性度が低く、そういった場合には意識してバイタリティを下げる必要がある。

 具体的にどうすればいいのかといえば、ダイエットのようなものだ。

 バイタリティが高すぎるのならば、恋愛方面への興味関心を抑える。それ関係の会話を避けたり、関連するアプリの使用頻度を抑えたりとか。

 逆にバイタリティを高くしたいなら、もっと恋愛への興味関心を高めればいい。ステータスを下げるのがダイエットなら、こちらはトレーニングと言える。

「そういえばこんな話知ってるか? 『俺は相性度95%以上の女性とじゃなきゃ結婚しない!』っていう男性に、努力でステータスを調整して、相性度も上げて、結婚を認めさせたっていう女性の話」

「あ、それネットニュースで見ました。玉の輿だったんですよね」

 ステータスがそうであるように、相性度も絶対不変というわけではない。

 エルステはそういった相性度改善のためのアドバイスもしてくれる。

 ……まあ、1%なんていう最底辺な数値だとさすがに匙を投げられるが。

「その後の結婚生活で相性度が下がって離婚したなんて話も聞かないですし、すごいですよね」

「だな。つまり恋のキューピッドである花楽も、玉の輿のアドバイスまでしてのける神アプリには勝てなかったと」

「そうなんですよ。悔しいですが、縁結びの実力はエルステのほうが遥かに上です」

「言うほど悔しそうでもないな」

「はい。実はそんなに悔しくありません。むしろリスペクトしています」

「スマホアプリをリスペクトって」

 俺が笑うと、花楽は大真面目な様子で返す。

「いえいえ。エルステ、いやエルステ先生の実力は本当にすごいですよ」

「まあ花楽の言うとおり、ステータスも相性診断も的確だけど」

「それも確かにすごいですが、一番すごいのはきっかけを与えてくれるところです」

「きっかけ?」

「恋をするきっかけです」

 言いながら、花楽はスマホを操作する。

 エルステを開き俺との相性度をチェックすると、97%の数値が表示される。さらに運命の出会いベルの音も鳴った。いままで機会がなかったので初めて知ったが、相性度が維持されていればいつでも再生することが可能らしい。

「誰も彼もが恋愛に対して積極的になれるわけではありません。でもエルステを使っていれば、それだけで恋をする――一歩を踏み出せるきっかけになるんです。あまりよくない言い方をすれば『口実』とも言えますね」

「口実……恋をする口実?」

「はい。愛とか恋とかあなたのこととか、よくわからないけど、とりあえずエルステが相性抜群と言っているから恋をしてみます――みたいな。ちょうど、わたくしたちみたいな」

 それは花楽にとっておかしなことではない。むしろ喜ばしいことなのだと。

「エルステが流行る前は、女子も男子も草食系とか、若者の恋愛離れとか、さんざん言われてたもんな」

「エルステはそういった人たちに恋の素晴らしさを教えてくれるツールです。開発者の方には頭が上がりません」

 開発者、か。

 あの事実を花楽に教えたら、どんな顔をするだろう。

 そんな悪戯心が芽生えかけた、そのときだった。


「――翔ちゃん?」


 聞き慣れた声。しかし聞き慣れない声音。

 駅周辺の繁華街まで来ていた。人通りもそれなりな、その往来で。

「翔ちゃん……え? その子、誰?」

 火澄凛珠が、茫然自失といった様子で立っていた。

 視線の先には、俺と――俺と腕を組んで歩く、花楽の姿がある。

「翔ちゃん、とは? 先輩のことですよね? お知り合いですか?」

「あー……うん。俺の幼なじみ」

「なんと」

 花楽は俺から離れることなく、幼なじみと紹介した凛珠をまじまじ眺める。

「……さすがは幸運全振り。ちゃん付けで呼んでくれる可愛い幼なじみがいるだなんて、予想外でした。ですが負けません。先輩、少し失礼します」

「え? おい、花楽?」

 花楽は俺から離れ、凛珠に歩み寄っていく。

 正面に立ち、きちんと目を合わせてからお辞儀をした。

「はじめまして。わたくし、中等部二年の大町花楽といいます」

「ちゅ、中学生……! 年下、翔ちゃんが年下と……!?」

「はい。年下で後輩で下級生です。ちなみに――」

 言いながらスマホを操作し、自分の顔の横に持ってくる。

 花楽の指が画面に触れると、運命の出会いベルの音が再生された。

「エルステの相性度は97%、いわゆる運命のお相手です」

「で、デスティニィイイイイ!?」

 凛珠は両手で頬を覆い、ムンクの絵画みたいに叫んだ。

 夕方の繁華街で叫んだ。なぜか運命を英訳して叫んだ。すごく周りの人に見られた。

「……凛珠。恥ずかしい」

「愉快な人ですね」

 俺が注意し、花楽は率直な第一印象を述べた。

 凛珠は頭をぶんぶん振ってから、大声で言い放つ。

「私! 私は火澄凛珠です! 翔ちゃんの幼なじみ!」

「凛珠先輩。いえ、先輩という呼び名はできれば翔さんだけの特別な呼称にしたいので、ここはあえて凛珠さんとお呼びしましょう。今後もよろしくお願いしますね」

「こ、今後も?」

「ええ。だって、わたくしが先輩とお付き合いすることになったら、必然的に幼なじみである凛珠さんと接する機会も増えるでしょうから」

「なっ――」

「幼なじみということは、ご自宅が近いのでしょう? ご近所付き合いは大切ですよね」

 俺は二人のやり取りをそばで見守りながら、戦慄する。

 花楽……こいつ、明らかに凛珠を挑発してやがる!

 おそらくは凛珠の俺に対する感情を察したか。初対面の先輩に対し臆すことなく立ち向かう姿勢は、勇敢な戦士のようでもある。

 ……そういえば、バイタリティが高めだと、狙っている相手に恋人がいてもガンガンくる傾向が強いんだっけ。略奪愛肯定派というか、「そんなの奪えばいいじゃん」的な。

 凛珠にとっては強敵だろう。それも初めて出現した、恋敵という名の強敵だ。

 俺が期待するのは、凛珠がこの強敵を前に屈する展開だが――。

「認めませぇ――――ん!」

 凛珠は先程の「デスティニィイイイイ!?」を上回る声量で叫んだ。買い物帰りの親子連れにぎょっとされた。

「絶対に、認めません! 認めないったら認めません! 翔ちゃん! それ見たことか、だよ!」

「え、なんの話?」

「今朝の話! 翔ちゃんってば女の子に免疫ないんだから、初対面でいきなりお付き合いとか言い出す子に騙されるかもって言ったでしょう!?」

「それはちゃんと凛珠と練習しただろ? あの練習の甲斐あって、俺は花楽の好意が本物かどうか判断することができた。本物だった。ありがとう」

「経緯はわかりませんが、わたくしからもお礼を。ありがとうございます凛珠さん」

「そんな感謝いらないよぉ! 小さな感謝が大きなお世話!」

 ふざけて返したら花楽も乗ってくれた。やはりこいつとは相性がいい。

「とにかく! 運命の人なんて私は認めません! 翔ちゃんは幸運全振りになって舞い上がってるだけなんだから!」

「でも相性度は見てのとおりですよ? 失礼ですが、凛珠さんと先輩の相性度は?」

「うっ……」

 威勢のよかった凛珠が口ごもる。

 俺は後ろから、花楽にそっと耳打ちして教えてやった。「えぇ……」と困惑された。

「それは、なんというか……ご愁傷様です」

「ううう……わ、私のことはどうでもいいの! いまは翔ちゃんとあなたのこと!」

 俺との相性度の低さを同情され、いよいよテンパってきた凛珠が花楽を指差す。

「翔ちゃんとあなたが相性いいなんて嘘! だってあなたには欠点があるもの!」

「むっ。聞き捨てなりません。わたくしのどこに至らぬ点があると?」

「おっぱい!」

 ――よく通るいい声だった。

 コンビニから出てきた大学生くらいのお兄さんがビクッと反応した。すいません。

「エルステには胸の大きさの好みとかも設定できるんだよ!? あなたのそれは明らかに翔ちゃんの設定したサイズに該当しない! はい論破!」

「ちょちょちょちょお――っ!? なんでおまえがそんなこと知ってんだよ!?」

「幼なじみ特権!」

「幼なじみのプライベートを侵害するだけの権利かよ!」

 こいつには気になっている女の子の前で胸の好みを暴露される男子高校生の気持ちがわからないのか!? というかこの話題はさすがに花楽に失礼すぎる!

 引かれたりはしていないだろうか、と花楽の表情を窺ってみたのだが。

 その口元は、なぜか不敵に笑んでいた。

「フッ――つまり、その欠点を補って余りあるほどの相性度、ということでは?」

 凛珠に比べればずいぶん慎ましい自分の胸を撫でながら、余裕の微笑。

 こいつ――胸の大きさをいじられても平気な人だ!

「むしろこれから育ったらさらに相性度が上がりそうですよね」

「なっ……なんてポジティブシンキンッ!」

「仮に凛珠さんの胸がもっと小さかったら……」

「はい、やめっ! もしもの話はやめよう! 私は平和が好きだから!」

 平和はいい。言い争いは見たいものではない。

「とにもかくにも、私は二人のお付き合いを認めません! 幼なじみとして、翔ちゃんをロリコンにするわけにはいかないのです!」

「高一男子が中二女子と交際するのはロリコンではないと思います」

「同意」

「同意しないで! じゃあテスト! テストをしよう!」

 凛珠はそんな突拍子もないことを言い出した。

「あなたが翔ちゃんに相応しいかどうか……幼なじみである私が審査します!」

「おもしろいですね。いったいどんなテストを?」

「女の子として、どちらがより翔ちゃんをドキドキさせられるかの勝負だよ! 幼なじみを超えられないようじゃ、彼女の資格はありません!」

「いいでしょう。たかが幼なじみ程度、わたくしの後輩力でねじ伏せてみせます」

 凛珠の荒唐無稽な提案に、なぜか花楽も乗り気で。

 一人の男子を取り合うような形で、二人の女子の対決が始まった。

 間違いなくモテ期は来ていると実感する瞬間だった。

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