第2話「デウス・ミス・マキナ」

 結論から言うと、徹夜でゲームをしてもそれほど楽しくなかった。

 デウスが楽しみにしていた名作ソフトの山は、そのまま積まれて消化されなくなった。わずか半日で、である。

 そして、思い出したように、受肉した肉体に眠気と疲労が襲ってくる。


「……意外だ」

「そうでしょうか? デウス」

「そうだろう、だってうん、こんなはずじゃ……ふぁ、あ、あぅ……」


 地球から人類がいなくなっても、太陽は律儀に沈んで消える。

 夜空の月も、半分くらいの質量になってしまったが浮かんでいた。

 かつて人の賑わいに満ちていたショッピングモールの一角で、デウスはゲーム機のコントローラーを放り出す。

 そう、なにもかもが意外だった。

 どうして、人間はあんなにゲームに夢中だったのだろう? 三大欲求である睡眠欲に抗い、睡眠前の性欲処理も捨ててのめり込んでいたのに。


「ねえ、きみはどう思う? それと……電源、ありがとう」


 少女はすずな目元の美人で、長い長い黒髪だ。

 そして、薄い胸の下、ヘソのあたりからケーブルを引き抜く。

 そう、彼女はだった。

 裸で現れたので、今は服を着てもらっている。でも、ちらりと見えた細い腰や白い肌、それが人間を似せて造られた機械でも、少しドキドキする。

 今のデウスには、肉体の流血をつかさど心臓Heartがあるのだ。

 しかし、まだまだハートこころのときめきという概念にうとい。


「思うに、デウス。徹夜でゲームというのは、対となるべきものが……抑圧や制限が必要なのではないでしょうか」

「なるほど、冷静な分析だ。つまり、人間は必要に迫られ徹夜でゲームをすると」

「夜しか自由がないか、一刻も早くゲームを解き明かしたいか」


 目の奥がズキズキする……デウスは目眩めまいがして顔を手で覆った。

 ずっとゲームの画面を見続けて、眼精疲労が溜まってきたのだ。

 それもあるが、もう一つ。


「意外だったよ……このゲームは、僕が予定してた『遊ぶべき名作』の中に含まれていなかった。にもかかわらず、猛烈に心を揺り動かされている」

「それはどうも、デウス」

「相手をしてくれてありがとう、とりあえず……少し後悔している。やっぱりラーメンの食べ歩きにするべきだった」


 徹夜でゲームをするというのは、なるほど確かに退屈だとわかった。睡眠不足をおしてでも、ゲームをやりたいと思える情熱、その原動力がなかったからだ。

 しかし、電力を身体から出してくれた少女のオススメで、見知らぬゲームをやった。

 これが結構、面白かった。

 最初は、面白かった。

 ゲームの相手になってくれた少女は、とても真摯しんしで真剣だったから。


「こんなにコテンパンにしなくていいだろう! ええと……」

三芝製08式ミシバせいマルハチしき、です。ごめんなさい、後期モデルでしたらもっと」

「……僕こそごめんよ。機械にそんなことを言っても酷だよね」

「もっと、デウスの非効率さや操作の不正確さ、加えて冷静さも判断力もないことを察してなにか……もっとこう、ええ。もっと、


 なんて嫌なだろう。

 こいつ、手加減や手抜きなんてものを全くしなかった。

 マニュアル片手にキャラを操作するデウスに、全力で襲ってきたのだ。連敗が悔しくて、上達したが死ぬほど疲れた。

 嗚呼ああ、人間達よ……妙なのを置いて消えてくれたなあ。


「とりあえず、ゲームはもういいよ。ありがとね、えっと」

「三芝製08式です。シリアルナンバーは――」

「名前は? もとの持ち主がつけた名前」

「以前のマスターは、後期型を買ってそちらに以前の私の名を」

「あ、そ……名無しも困るなあ。じゃあ、ん……マキナって呼ぶけど、いい?」


 彼女は静かにうなずいた。

 そして、自分のゲームにおける対応にも非があったかも知れないと、少し考え込む。

 マキナはそれっきり、ふらりといなくなってしまったのだった。

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