デウス×マキナ

ながやん

第1話「デウス・ミックス・マキナ」

 そこそこ遠い未来。

 地球上から人類は、消えた。

 そして、何十億年も働き続けていた彼に、休暇が訪れた。


 便宜上、自ら望んで『He』を名乗った。


 つまり、休暇を楽しむ上で、男性として受肉を選んだのである。

 今、雲一つない青空の下を、青年は歩いていた。

 都市は今、大自然の緑に飲み込まれつつある。


「いやあ、生き返るなあ! いや、死ぬ訳がないから、むしろ? うーん」


 両手をあげて全身で、全裸で太陽を浴びる。

 ほどなくして彼は、文明の痕跡へと分け入っていった。

 無音、音楽も声もない世界。

 廃墟の集合体となった、静寂の大都市だ。


「そうだなあ……生き返る、ってよりは? うん、これだな」


 かつてショッピングモールだった場所には、以前は価値のあったであろう品々が無数にあった。衣食住、そして娯楽と文化の痕跡がそこかしこに散らばっている。

 適当にジーンズとシャツを選び、迷ったが下着はトランクスよりボクサータイプにしてみた。

 そうして彼は、再度天を仰いで歓喜を叫んだ。


「よーし、改めて! うおおっ、生まれ変わったなあ!」


 早速彼は、今までずっとやってみたかったことを、休暇の中で一つ一つ楽しむことにした。仕事の関係上、今までは見ているしかできなかった。職業意識もあったし、なにより『全てに対して公平であること』を、傍観ぼうかんでしか体現できなかったのである。

 やりたいことは沢山あった。

 上からずっと見てて、うらやましかった。

 怠惰たいだで欲望に弱い人間達は、自分達を堕落だらくさせるすべに精通していたのだ。

 高尚な文化から下劣な背徳まで、どれもこれもが彼にとって魅力的な誘惑だったのである。


「まずはそうだな……よし! あれだ!」


 頭の中にまとめたリストには、ざっと八億通り程のアイディアがある。

 どれも、人間達が愉悦や興奮を感じていた娯楽ばかりだ。

 ラーメンの食べ歩きと迷ったが、彼が最初に選んだのは……他愛たあいもないことだった。すぐに、服を調達した建物の家具売り場に行く。上等なソファやカウチを集めて、今度は電気屋から大型テレビなどだ。

 筋力を使ったことなど、一億年ぶりだったかもしれない。


「休暇の最初は、やっぱこれだね。! さあ、ざっと六千本くらい遊びたいソフトがあるぞ。……ん?」


 ふと、ゲーム機のはこを開けながら……視線を感じた。

 そんなはずはない、この地球上から人類はいなくなってしまったのだ。だが、自然動物にはない好奇心と探究心、研ぎ澄まされた洞察力が感じられたのだ。

 それで振り返ると、一人の少女が立っている。

 彼女は、驚いた様子もなく口を開いた。


「電力が止まってますが……都合しましょうか? ええと、貴方あなたのお名前は」


 とてもんで透き通った、そういう風に造られた声だった。

 彼は「ふむ」と唸って、立ち上がる。


「そうだな……うーむ。……デウス、ってのはどうかな。デウス、うん、まあいいだろう」


 そう、彼を指し示す概念は一つしか無く、全ての言語に単語として存在する。

 そんな訳で、地球担当の神デウスは、休暇の初日に美しい乙女に出会ったのだった。

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