第22話 想像力


この物語はフィクションです。

出てくる話の中で、対応が違うとか、そういうことはしないとか、私は専門家ではないので違うのかもしれませんが、これは主人公の隠れた記憶に触れていく重要なポイントになりますので、このように書かせてもらいます。




 2学期が始まる前に、千絵ちゃんのお母様との面談が入っていた私は、久しぶりに遅くまで学校に残っていた。

子供たちが夏休み中は、それでも定時で帰れる日が多く、この日も遅くまで残っていたのは、教頭くらいなものだった。

「朝永先生、今日の面談は6時からでしたよね」

「そうなんです。千絵ちゃんのお母さん、仕事が5時で終わってからなので・・・」

「2学期前に、もう一度、キチンと確認させてもらってくださいね」

「はい、それはお願いしてみます。もうすぐ保坂先生も来てくださることになっているので・・・」

保坂先生は学年の主任先生で、同じ女性でもあるので立ち会ってくれることになっていた。

お休みを取っていたのに、わざわざこの時間に出てきてもらうのは申し訳ないが、千絵ちゃんのお母さんの都合が優先なので、仕方がない。

その辺は、保坂先生もよくあることだからと、嫌な顔一つせずで、いつもながら子供のことを第一に考える先生なので、見習うところが多い先生だ。

「その前に、ちょっとこれ、つまみませんか?」

連休明けで学校に来てみたら、西田先生が机に置いておいてくれた「白い恋人」があり、それは一番大きな箱のもので、箱の前に、「ミキさん専用」とポストイットしてあった。

随分と大きなお土産を頂いてしまったもんだと、なんだか申し訳なかったけれど、泡盛への期待が大きかったのだろうと、有り難くいただいておいた。

「西田先生のお土産ですね」

「あ、もしかしたら教頭先生もいただきました?」

「えぇ、いただきましたよ。もう妻や娘があっという間に消費してしまいましたが」

そういって笑顔をこちらに向けた教頭先生に3つほど渡すと、

「ありがとうございます。休憩しますかね」

という教頭とともに、水筒を出して一つ二つと口に運んだ。

 この学校の職員は、自分の水筒を持ってくる人が多い。

給湯室でゆっくりお茶を入れている暇などなかなかないので、教員は水筒持ちの人が多いのだ。

私も教員になって、新しく水筒を大小2つほど購入したのだった。

「すいません、教頭先生も早くお帰りになりたいでしょうに、お付き合いいただいて・・・」

「いえいえ、これが私の仕事ですよ」

教頭先生は朗らかな人で、人当たりが穏やかなので、話しやすくて相談しやすいので、こんな教頭が一緒の職場で、そういった面でも仕事がしやすいと感じることが多かった。

 そうこうしているうちに保坂先生がやってきた。

「あら~お二人で寛いじゃってますねぇ」

「保坂先生、わざわざすみません」

「いえいえ、いいわよいいわよ、あら、それ西田先生からの?」

「えぇ、保坂先生もお一つどうそ」

「どうもありがとう。でも私もたくさんいただいたのよ、だから今はいいわ」

そういえば、去年は保坂先生と西田先生は同じ学年だったななどと思い返していると、

「今日は談話室でいいんだよね。明かり付けておこうか」

「あっ、私が行ってきますから」

 談話室に明かりをつけて一度職員室に戻り、指導の資料を確認していると、千絵ちゃんのお母さんが見えたので、保坂先生と出迎え、エアコンで涼しくなった談話室で向かい合った。

「千絵ちゃん、夏休みはどう過ごしていますか?」

「私の実家に1週間ほど泊まりに行ったり、お義母さんの家に行ってたりですね。ディズニーにも泊りがけで出掛けたり、キャンプも1泊ですけどしました」

「そうですか、思い出深い夏休みになったでしょうね。では、ゆっくりもしていられないでしょうから本題に入りますが、疑うわけではないのですが、今日は一応確認のため、お母様の腕や脚、背中など、洋服で隠れているところを見せていただきたいのですが、よろしいですか?」

「はい、わかりました。見てください」

覚悟はできていたようで、そう言って、畳から立ち上がった千絵ちゃんのお母さんは、半そでシャツを肩まで上げ、履いていたズボンを上がるところまで上げ、背を向いてシャツを上げて背中を見せてくれた。

痣や傷はないし、その痕跡も全くない、綺麗な背中だった。

 やはり千絵ちゃんには、虚言の癖があるようだ。

去年からの申し送りの中にも、「虚言癖?」とはてなマーク付きで記してあった。

子供は、自分の都合が悪くなったり自分を守るためにだったりで、軽い嘘をつくことは、誰にでもあることだろうと思うけど、千絵ちゃんの場合、嘘の質が違うと感じている。

 嘘と嘘じゃない境が、とてもわかりにくいのだ。

そして、嘘が嘘でなかった場合、事が大きすぎるのだ。

 5月も終わりに近づいた頃、珍しく宿題を忘れたので、たまたま千絵ちゃんのお母さんから「昨夜、少し下痢気味だったので、給食で消化の悪そうなものは避けてほしい」旨書かれたものが来ていたので、そういうこともあって宿題ができなかったのかと思い、そう書いて渡したのだけれど、その翌日の夕方、父親の方からまるで怒鳴り込むような口調の電話が入ったのだった。

 どうやら2年生になってから、私が宿題を一日も出していないと思い込んでいたようだ。

「なぜ宿題を一度も出さないのか、出してもいない宿題をやってないとはどういうことだ」と言ったような内容で、意味の分からない私は、「宿題はほぼ毎日出していますよ。千絵さんも忘れたことは昨日だけで、体調が悪いようなら、次の日にやればいいよという話はさせてもらいましたが・・・」と、あまりに勢いにそう答えたあと、私が毎日出していない?と、そこではたとクエスチョンマークがついたのだった。

 千絵ちゃんは、家では宿題は出ていないと、毎日そう言っていたようで、けれども宿題をやってこなかったことはなく、自主的に勉強をやっているといった姿でいたようだ。

それはそれでも構わないのだけれど、「先生は宿題を出さない」と言っていたことが問題で、わざわざそこでそのような嘘をつくことに、どんな意味があるのだろう?

自主的に勉強するといった姿は、小学2年では褒めてもらえることには違いないが、そこまで意識してやるほど、教育熱心な家だという印象はなく、ごく普通の家庭だと思い込んでいたのだった。

が、この父親の、いきなり怒鳴り出すような勢いを電話で感じたことで、違う側面が少しだけ見えたような気もしていた。

その電話のあと、母親が面談の申し込みがあり話したのだけれど、やはり宿題は出ていないと言っていたようだ。

よくよく話を聞くと、私はよく手作りの宿題プリントを出すのだけれど、その宿題で出したプリントは家で目にしていないものもあるようで、けれど宿題として千絵ちゃんはちゃんとやって提出はされているので、私が返して、家まで帰る途中で消えてしまっているのだ。

消えてしまうという言い方はよくない。隠してしまっているようだ。

特に隠すような出来の悪い宿題ではない。点数がついているわけでもない。

なぜ千絵ちゃんはそういう行為をするのだろう・・・

 それから千絵ちゃんの言動を注意深く見るようにはしていた。

「かずや君が公園の水道を出しっぱなしにしてかえっちゃった」

千絵ちゃんのその言葉で、和哉くんのいる隣のクラスの保坂先生に確認をお願いしたところ、確かに公園で水は使ったけれど、水を使ったのは和哉君ではなく由紀也君で、蛇口はちゃんと閉めたという話だった。

 今までだったら、見間違いしたんじゃないのかなという話で済んでいたものだけど、そうではなく、何かの意図がそこにあったとしたら・・・

保坂先生が、休み時間に一緒に遊びながら何気なく和哉君に、千絵ちゃんと何かあったのか聞き出そうとしてくれたのだけれど、和哉君は、「?」という状態で、千絵ちゃんと同じクラスになったこともなく、話したこともないということで、じゃあ千絵ちゃんが和哉君を好きなのかもしれないですね、そういうこともあるかもしれない。保坂先生とそんな話をしたりもした。

 そして千絵ちゃんに、「和哉君は公園で水を出していないんだって。由紀也君と間違えちゃったかな?」と聞くと、千絵ちゃんは、「かずや君だよ、私ちゃんと見たもん」と言うのだった。

 今までも、こうした嘘なのか本当なのかわからなかった出来事があったんじゃないかと、千絵ちゃんに関係する出来事があったか思い出して、少し怖くもなった。

 そんなことがあったあとの、ある日のこと、帰りの会が終わって、みんな教室から出てしばらくすると、千絵ちゃんが一人で戻ってきた。

「忘れ物?」と聞く私のところへ足早に近づくと、いきなり腕を回して腰に抱き着いてきた。

「どうしたのかな~?何か嫌なことされたかな?怖いことあったかな~?」

千絵ちゃんの肩に手を置き、優しくそう聞いてみると、

「あのね、お父さんとお母さんがケンカするんだよ。それでね、お父さんが出ていけって言うから、お母さんが家にいないんだよ」

これだけ聞いたら、昨日そんなことがあって口喧嘩してたところを聞かれたのかなと思うくらいなのだけれど、千絵ちゃんが言っていることを素直に受け取れなくなってる自分がいて、そのことが私には怖かった。

「そっか。じゃあ今日は先生と一緒に帰ってみようか。それともお母さんのところに電話してみようか?」

「ううん、お祖母ちゃんの家に行くことになってるから一人でいい」

そう言って、千絵ちゃんは足早に去って行った。

 保坂先生は、

「夫婦喧嘩は家庭のことだからなぁ・・・どこまで踏み込んでいいのか。難しいところだな」

「って、だから保坂先生、千絵ちゃんが言ってきた話ですよ。本当なのかどうか、ご両親に確認してもいいでしょうかね?」

「ああ、そっか、そうだね、お母さんの方に聞いてみようか。お父さんはダメね、いきなり怒鳴り出すかもしれないから、話が違う方向へ行きそうだしね」

「そうですね、夕方お母様が家に帰る頃に電話入れてみます」

 夕方母親に聞いたところ、確かに口で言い合いのようにはなったけれど、出ていけ云々の話にはなっていないようだった。

 千絵ちゃんは、起きた出来事から妄想を膨らませて、尾ひれをつけてしまうのかもしれない。

そういう子もいるのかもしれないな。そういえば千絵ちゃんは図工が得意だ。

絵を描く時も、目に見えてるものだけを書くのではなく、そこから想像を膨らませて、目に見えていない部分を描くこともある子だ。

それが現実で起こることもあるのかもしれない。

ただ、それは傍から見たら嘘になり、それが度を超すようになると、友達関係で上手くいかなくなることが目に見えるようだなと思う。

 そうして、夏休み前、千絵ちゃんが言った言葉が過激だったのだ。

「お父さんがお母さんをたたいてけとばして、家からおい出しちゃった」というものだった。

そしてそれは、その翌日も同じことを言うのだ。

「きのうも、お父さんがお母さんをけって、何回もたたいてばかりいる」と。

追い出しちゃったと言った翌日に、またお母さんはお父さんに叩かれているらしい・・・

「千絵ちゃん、一昨日の夜、お父さんがお母さんを追い出したんだよね?」

「けとばしてげんかんあけて、お母さんを外へ出しちゃったんだよ」

「じゃあ、昨日は追い出されたお母さん、帰ってきてたんだね?」

「きのうはたたいて出しちゃったよ」

「一昨日も出しちゃって、昨日も出しちゃったの?」

「そう」

・・・そっか。

 昨日、千絵ちゃんから話があったあと、もちろん千絵の母親に連絡を入れたが、蹴飛ばされることも叩かれて追い出されることも、現実の出来事として起きてはいない。

が、千絵ちゃんは続けて母親がぶたれていることを訴えてくる。

 家庭で夫婦にDV問題があっても、学校がどうこう言うことはできないが、これが子供に向かっていることだと、放っては置けないので、千絵ちゃんには「お父さんは千絵ちゃんも叩く?」といった質問はすでにしてあり、自分は叩かれないという返事と、保健の先生の話から、身体測定の時や保健室に来た時の様子などや、体育の時の着脱の様子を見ても、千絵ちゃんの身体にそういった痕は見られないので、家庭でDVが行われているのは考えにくいというのが、校長の判断なのだけれど、母親の方に、一度だけ、ちゃんと確認させてもらったほうがいいかもしれないねと、それが夏休み中の会議で話し合われたことだった。


「どうしたものっでしょう・・・この先、千絵ちゃんの話がどこまで本当で、嘘があるのかどうなのか、私にはその見極めをする自信がありません。嘘をつく必要のないところで言ったり、普通の話の中に嘘があったり・・・」

「千絵ちゃんは、嘘をついているなんていうつもりはないのかもね。朝永先生の想像通り、出来事から妄想が膨らんんで、それが真実になってしまってるのかも」

「保坂先生もそう思いますか?」

「そうね、叩くとか蹴飛ばすはないけれど、夫婦で言い合いしてたのを聞いてたようだし、それがこうなったら困るなあという想像が膨らんでってしまうのかも。久保先生にちょっと相談してみましょうか」

 久保先生は支援級の先生で、確か特別養護の資格を持っていたはずだ。

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