第15話 今



「朝永せんせ、まだきょうしつこないのー?」

「はいはい、しょう君、今日も迎えに来てくれたの?」

「うん」

「先生、私もいるよー」

「あらあら、みやちゃんも?」

「ちょっと待ってね、荷物荷物・・・」

「ぼく、もつー」

 小さな手に私の大きなカバンを抱えて、翔太君は教室に向かって歩き出した。

美夜子ちゃんも、私だってというように、私の抱えたプリントの上の筆箱を、「おちそうだからもつー」と持ち、嬉しそに私の横にくっついていた。

今度のクラスは職員室まで私を迎えにくる子が多いが、中でもこの2人は、毎日のように顔を見せる。

 翔太君は、誕生日が遅いからか、どうも幼いところがあって甘えん坊だなと思っていたけれど、それにしては2年生にしては精神的に幼過ぎるところがある。

落ち着きもないし、じっとしていられないことも多いし、もしかしたら発達障碍があるかもしれない。

先々のことを考えると、支援を受けられるよう判定をしてもらう必要が出てくるかもしれない。

勉強はできる子なので、伸ばせるところは上手く伸ばしていけたらと思う。

ただ、とてもデリケートな問題なので、親御さんに相談するときにはかなり慎重に話をしなければならないと思う。

 こういう話をすると、強く拒否されることがあるが、将来的なことを考えると、支援は必要な時にしてもらい、大人になっても必要な支援を受けられるようしておくのが、結局は子供のためになるんだということを理解してもらえるといいなと思っている。

大人になってからの判定は、子供のときよりも難しいことがある。

そのとき困っても遅いんだという場合もある。

 美夜子ちゃんは、仲良し3人グループの1人なのだが、この3人がよく揉める。

「りんちゃんとさえちゃんが私をなかまはずれにする」

「さえちゃんとみやちゃんが2人だけでかえっちゃったー」

「みやちゃんとりんちゃんが私のわるぐちを言う」

3人が、それぞれ同じようなことを言って揉めるので、この3人はクラスを離しているのだが、結局のところ仲がいいというところに落ち着くのか、よく3人でいる。

 この3人を見ていて、私は自分の子供の頃のことをよく思い出すようになった。

ただ、私が通っていた小学校は子供数が少なく、各学年のクラスが一つしかなかったので、クラスを離されるということもなく、その日そのたび問題解決をしていたようにも思う。

 自分が教員になって思うのは、自分では選べない「環境」というものがどう人を育てるのかということで、クラス替えというものをする立場になり、それにかなり神経を使うようになった。

本来なら、何が起きてもその都度自分たちで解決して友情をさらに育んでいくものだと思うのだが、今は何かあるとすぐに親からクレームが入るので、そういう部分でも、子供たちの精神面での成長を妨げることにならないか杞憂している。

 大人が先回りしすぎるのも、自分たちで解決する力を削いでしまうことになり、それが続くと子供たちは自分で解決しなくても誰かがやってくれると思い込んでしまう。

大人になってからはそれは通用しないのだ。

子供たちの成長において大切なのは、結果ではなくその経過だと私は思っている。

思ってはいるのだが、親から何か言われたりすると、その対応に時間がかかりすぎ、子供たちとの時間に影響が出るのは避けたいと思い、できるだけクレームが入らないよう気を使ったりもしている。

経過を大事にしたいと思いつつ、平穏な日々を過ごせるよう動いてしまうという、抱えたジレンマに自分で身動き取れなくしてしまいそうになり、そんな自分に嫌気がさすこともある。

 美夜子ちゃんは、たぶん今朝は一人で登校したのだろう。

職員室に私を迎えに来るときは、そういう日だった場合が多い。

不安でたまらない状態なんだろう。美夜子ちゃんの母親はとても若く、シングルだ。

1人で美夜子を育てるのに精一杯で、そんな母親に気を使い、美夜子自身が甘えることを遠慮しているのが目に見えてわかるので、心のフォローも必要だと考えている。

 3人で昨日の帰りに揉めたのか、朝早く母親が起きられないため、今朝も2人を待たせ過ぎて先に行かれたか、その都度解決案は示しているのだが、同じことを何度となく繰り返すのだ。

けれど割と何でも顔にも口にも出してしまう美夜子ちゃんだから、わかりやすくていい。

このわかりやすさを、母親の前でも出せるようになればいいのになと思わなくもない。

 そして、むしろ問題なのは、表面に出さない子だ。昔の私のように・・・

 職員室を出て中央階段を上って2階に出たところの廊下に、紗江ちゃんと鈴ちゃんがいる。

ふと横を見ると、美夜子ちゃんは、横ではなく後ろに入ってしまっていた。

「みやちゃん、何か話した方がいいんじゃない?」

「べつに話すことなんてないもん」

「そ~お?」

「みやちゃん、くるのおそいーーー!」

 美夜子ちゃんが言うより先に、鈴ちゃんが言った。

「待たせてごめんねって、ちゃんと言った方がいいと思うな」

私が言うと、一瞬俯いて考え込む仕草でもするのかと思ったら、すぐに顔をあげ、

「またせちゃってごめんね。ねぼうしちゃって」

「おそいから先に行っちゃったのかと思っちゃったよ。先にきちゃってごめんね」

ホッとしたように表情が緩んだ鈴ちゃんが言うと、

「ごめんね、ねぼうしないように気をつけるね」と美夜子だ。

「さあさあ、そろそろ朝の時間がはじまるよーみんな自分のクラスに行ってー」

 2人がばらけたところで、美夜子に

「朝、ちゃんと自分の目覚ましをかけて、朝はそれで自分で起きられるようにしておかないとね。夜の寝る前には、学校の支度をしておいてね。そうすれば、朝2人を待たせなくて済むからね」

 朝、母親が起きられないときは、自分でパンとヨーグルトを食べてくるんだと言っていた美夜子は、精神面でもこの2人よりよほどしっかりしていると見受けられる部分もあるが、母親を気遣うように、仲のいい友達だからこそ顔色を窺うようなところも見られ、こうした子供たちの感情に触れるにつれ、愛おしい気持ちになってくる私は、自分が大人になったんだなと自覚する場面でもあるのだった。

 人は、どの目線で見るのかで、その景色は全然違ってくるのだ。

先にカバンを抱えて教室に入っていた翔太君がカバンを教卓に置いたようで、

「朝永せんせーおそ~い」と、ドアから顔だけ出した。満面の笑みだ。

こんな顔を見ていると、子供は本当に可愛いなと思い、同時に切なさも込み上げてくる。


 きぃちゃんから笑顔を取り上げた一因は、私にもあると思っている。

というか、私がその道行きを作ってしまったのかもしれないなと思っている。

 私は、とっくに「あの日」に何が起こったのかを思い出していた。

 ただ、今までそれを誰かに話したことは、ない。

ケンちゃんが引っ越して、「こわいおはなし」の本を手にしたことで、きぃちゃんが同じ本を持っていたことを思い出し、その本を田んぼで見たことを思い出し、シゲちゃんが言ってた、「タマゴ知らないか?」の「タマゴ」がなんだったのか、穴を覗く夢と共に徐々に思い出していったのだった。


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