第14話 別れ
きぃちゃんがいなくなった年の暮れ、まゆちゃんが引っ越すという話を聞いた。
お祖父ちゃんお祖母ちゃんがいる鹿児島へ帰ることになったそうだ。
その頃の私はといえば、きぃちゃんがいなくなって、外で遊ぶことがめっきり減ってしまい、家の中で純やりえちゃんや、小学生になってからあんまり遊んでくれなくなったともちゃんが遊びに来てくれるようになって、時々はまゆちゃんも遊びに来てくれるようになっていた。
ともちゃんのお祖母ちゃんは、あの日、私ときぃちゃんが田んぼで遊んでいたのかどうか、はっきり覚えていないということだった。
というのも、私たちはしょっちゅう田んぼにいたので、いつ田んぼにいて、いついなかったのかがはっきりしないようだった。
それがその当日のことでもそういった具合で、きぃちゃんがいなくなった、私たちがお祖母ちゃんを見た日もそれがわからなくて、きぃちゃんのお祖母ちゃんに、自分が気づかなくて悪かったと、何度も何度も謝ったという話を両親がしていたのを聞いた。
そんなことがあって、ともちゃんが遊びに来てくれるようになったのかなと私は思っていた。
私が寂しくないように、お祖母ちゃんがともちゃんに遊びに行くようにと言っていたのだろう。
ともちゃんは、遊びにくるときには、いつも可愛いシールや折り紙、綺麗な色のおはじきなど持ってきて、それらを私にくれたりするのだった。
嬉しかったけれど、なんだかそれは以前のともちゃんとは違う別の誰かみたいで、少しだけ寂しかった。
前のともちゃんは、自分が大切にしているものを、そう簡単にくれたりしなかったのだ。
そして、まゆちゃんの家は、学校に行く途中にあって、近所に住むみんなより、ちょっとだけ家が離れていて子供会も違うので、私の近所の年の違う子たちとはあまり親しくないので、まゆちゃんが遊びに来てくれる時は、2人だけで遊ぶことがほとんどだった。
そして、久しぶりに遊びに来てくれた日のことだった。
その頃は、紙でできた着せ替え人形で遊ぶのが私たちのお気に入りだった。
「ぬり絵」の1ページ目には、たいてい紙の着せ替えが付録でついていて、それを上手く切り離して、それと同じページか、その次のページについている洋服やバック、帽子や髪飾りなどをたくさん集めて、どの子にどの洋服を着せるのか、まゆちゃんが持ってきた同じく紙の着せ替え人形と洋服などを交換して着せ替えたりして、どの子が一番可愛くできたのか競い合うようにやっているときだった。
「私、こんど、かごしまっていうところにひっこすんだよ」
「かごしま?かごしまって、どこ?町のほう?」
「町より、もっともっととおいんだって。でんしゃにのって、しんかんせんにものるんだって」
「えっ?そんなにとおく?・・・まゆちゃんもいなくなっちゃう?」
まゆちゃんが引っ越すという話を聞いたのもそんなときで、私はまゆちゃんまでいなくなっちゃうと思うと、私はひとりぼっちになっちゃうんだなと思い、悲しくなり、着せ替え人形遊びどころではなくなった。
相変わらず自転車に乗れない私は、同じく乗れないまゆちゃんと、夏は2人でプールに行ったことを思い出していた。
きぃちゃんがいなくなってからは、私は自転車に乗れなくても、まゆちゃんも乗れないから練習をしなくなり、次の夏もまゆちゃんとプールに行こうと思っていたし、そう約束もしていた。
私の小学校では、高学年と低学年で夏休みのプールに入れる時間が決まっていて、違う学年の子とプールに行くことはほとんどなかったのだ。
まゆちゃんもいなくなってしまう。
一緒にプールに行く人がいなくなる。プールに入るのは好きなのに。そんなことを私は考えていた。
「みーこちゃん、きせかえつまんない?」
「ううん、つまんなくないよ、たのしいよ。次はどの子にきせる?」
私がぼんやりしてたから、せっかくきてくれたまゆちゃんがつまんなくなっちゃうなと思い、着せ替え遊びにまた興じていた。
そして着せ替え遊びをしたあと、外でケンケンパ遊びをした。ケンケンパ遊びというのは、世間一般では石蹴りと呼ばれているもので、地面に図を書いて、石を蹴って陣地を取っていく遊びだ。
石蹴りはきぃちゃんがとても上手で、蹴った石は、いつっもちゃんと狙った陣地を自分のものにしていってた。
そんなことを思いながら、きぃちゃんの蹴る真似をしながら、陣地取りをしていたら、私が勝ってしまった。
まゆちゃんが引っ越したら、もう石蹴りもできないから、負けようと思っていたのに・・・
そしてその日は、私の中でそのことがまだ消化しきれていないあっという間の日のできごとだったのだ。
引っ越すと聞いたのと、まゆちゃんが引っ越した日はほぼ同じといっていいほどすぐのことだった。
そして私がそれを知ったのは、鹿児島から届いた1通の手紙だった。
学校はもう冬休みに入っていた。
その頃、手紙というものが自分宛てに届くなんてことは滅多になく、しかし封筒に書かれたその文字は明らかに子供の字で、まゆちゃんの字で書かれたものだった。
「みーこちゃん、わたしはかごしまというところへひっこしました。おじいちゃんおばあちゃんのすんでいるところです。あたらしい学校で、たくさん友だちできるといいなとおもいます。みーこちゃんおげんきで。またてがみ書きます」
まゆちゃんのお母さんが、きぃちゃんがいなくなって、まゆちゃんまでいなくなることで私が落ち込むだろうと、ギリギリまで私に言わないでおいたのだろうという話だった。
確かにショックだった。身近の同級生が2人もいなくなるというのは、とても大きな出来事だったのだ。
けれど、まゆちゃんの手紙の「またてがみ書きます」という一文で、私はワクワクしていた。
遠くにいる友だちとの手紙のやり取りなんて、ものすごく特別なことのような気がしたのだ。
まるでテレビで観た、ハイジとクララのようだ。
滅多に会えない遠くの友達と手紙のやり取りをし、そうだ、夏休みはまゆちゃんが泊りでくればいいんだ!そしたらまた一緒にプールにも行ける。そんなことを考えて、それが楽しみで仕方がなくなっていることに気付いた。
「お母さん、私もまゆちゃんにおてがみ書く」
そう言って、私はすぐに返事を書いた。
「まゆちゃん、おげんきですか?私はげんきです。まゆちゃんがひっこして、とてもさみしいです。あたらしい学校でもがんばってください。またおてがみ書きます。まゆちゃんからもてがみください」
封筒に書かれていたまゆちゃんの新しい住所を書き、「お母さん、これポストに出しに行く」慌てるようにそう言うと、「そんなに急がないの!まず切手を貼らないといけないんだよ。切手を買いに行こうね」と言われ、手紙を出すには切手というものを貼らなければいけないんだということをはじめて知った。
そして、「しょうがないわね」と諦め声が聞こえ、すぐに母と切手を買いに行くことになった。
「切手を売っているのはポストがあるお家だからね」
母の言うその場所に行くには、まゆちゃんの家の前を通るのだった。
私はそこを通るとき、なんとなくまゆちゃんの家のピンポンを押してみたけれど、誰も出てはこなかった。
玄関を押しても開かなくなっていて、庭へ回っても洗濯物も干していないし、カーテン取られた窓の向こうは、テーブルも椅子もなくがらんとしていて、まゆちゃんがもういないんだと、そこでようやく実感したのだった。
切手を売っているポストのある家は、まゆちゃんの家を通り越して、すぐのところだった。
「みーこ、まゆちゃんにお手紙出す時は、ここで切手を買って、お手紙に貼って、ポストに入れるんだよ。やってみようね」
母に言われたとおり、ピンポンを押して出てきたお祖母ちゃんに、「おてがみにはるきってください」と言って、切手を買うと、「切手の後ろを舐めると、お手紙に貼れるからね」と言われ、やってみた。
切手のうしろは舐めると変な味がして、まずいなと思った。イチゴの歯磨きみたいな味にしたらこれから切手貼るときに楽しみでいいのにななどと都合のいいことを考えていた。
でも、これでまゆちゃんに手紙が出せると思うと、すぐにそんなことは忘れ、ポストの前で「早くまゆちゃんにとどきますように」と言って、ポストの口にそっと落とした。
落としてからそっとその口に手を入れてみたけれど、どんなに奥に手を入れても、もう手紙には手が届かなく、このポストには魔法がかかり、このまままゆちゃんの家に繋がっていて、もう手紙はまゆちゃんの家に届いているんじゃないかと、そんなこと思っていた。
まゆちゃんに手紙を出した帰り道、まゆちゃんの家の前を通り、ケンちゃんの家の前にきたときに、ふと、ケンちゃんはどうしてるかな?と気になった。
まゆちゃんとケンちゃんは従兄弟同士で、ケンちゃんの内職を手伝うこともあったまゆちゃんがいなくなって、ケンちゃんも寂しいだろうなと思い、そうだ!と、まゆちゃんからの手紙をケンちゃんにも見せてあげようと思い、母を急かして家に帰ると、まゆちゃんの手紙を学校に持って行く手提げに入れ、家を出た。
母と帰ってきた道を、今度は一人でケンちゃんの家に向かった。
急ぎ足で歩いたから、すぐにケンちゃんの家に着いて、開きっぱなしのお店の中へ入って行き、ケンちゃんが内職をしているところへ行くと、ケンちゃんはそこにいなかった。テーブルの上も綺麗になっている。
おじちゃんの姿も見えないので、奥の物置き小屋へ次の内職を取りに行ってるのかもしれないなと、そこへ向かった。
小屋を入ると、いつものようにたくさんの段ボールがあり、人が通れるほどの隙間が真ん中に通っていて、そこを進みながら、「ケーンちゃん」と声をかけたとき、右側の2列目と3列目の段ボールの隙間に、1冊の本が挟まれるように落ちているのに気が付いた。
何気なくその本を手に取ってみた。
「こわいおはなし」と書かれた本がそこにあった。
ぞわりとした。
どこかで聞いた本だ。
「こわいおはなし、こわいおはなし、こわいおはなし」
「みーこちゃん」
「あ、ケンちゃん」
奥から出てきたケンちゃんが、私が持つ「こわいおはなし」を見て、「こわいおはなし」と言った。
「ケンちゃんの本?」
「そう」
「見てもいい?」そう言って、段ボールを一つ抱えたケンちゃんといつもの内職の部屋に行き、私は本を開いた。
開き癖がついていたように開いたページに目が留まった私は、無意識に「おろち」という言葉が出た。
「おう、みーこちゃんこんにちは」
奥からおじちゃんが出てきた。ケンちゃんよりひと回り大きい段ボールを持っている。やっぱり小屋にいたんだ。
「おじちゃん、こんにちは」
おじちゃんの顔を見て、自分が何をしに来たのかを思い出し、
「そうだ、まゆちゃんからおてがみがきたんだよ」
と、部屋の隅に置かれた手提げから手紙を出し、ケンちゃんにそれを渡すと、ケンちゃんがそれを開き、
「本当だ。まゆからの手紙だ。お父さんも見る?」
そう言っておじちゃんに手紙を渡すと、おじちゃんは少し目をやっただけで、
「な~に、まゆにはすぐに会えるさ」
そう言って、私に手紙を返してよこした。
「まゆちゃんに会えるの?」
「ああ、今やっているケンの内職が全部終わったら、ケンもおじさんも、まゆがいるところに行くんだよ。おじさんのお父さんとお母さんがいるところだ」
ケンちゃんもいなくなっちゃうんだ・・・
「みんないなくなっちゃうね」
「なーに、みーこちゃんならすぐに新しい友達もできるさ。元気でやるさね」
おじちゃんが言うと、ケンちゃんも、
「すぐ友だちできるさぁ」と言い、「この本、あげるよ~」と言った。
おじちゃんが「あっ」と、一瞬怖い顔をしたような気がしたけど、私が見るとすぐニコリとしたので、これはケンちゃんが大事にしてた本なんじゃないかなと思ったけれど、ケンちゃんが私の手提げに「こわいおはなし」の本を入れてくれたので、私は「ありがとう」と言って、もらってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます