第13話 茂の後悔

(きぃの兄、茂語り)



「お母さん、きぃがいなくなった日のことなんだけど・・・」

「何?何か思い出したの?」

「あの日、台所にタマゴが置いてなかった?」

「タマゴ?どうだったかな?なかったと思うけど・・・夕方にタマゴを台所で見た覚えはないし。何?タマゴがどうかしたの?」

 なんて説明したらいいのか、わからなかった。

きぃが、なぜタマゴを持っていたのか、産んだタマゴを取ってきたと言っていたけれど、そもそもタマゴはいつも朝取ってくるだけなのに、しかもあの時、自転車の奥の方で何かしてたようだし、台所に置いてなかったってことは、タマゴを持って行ったってことになる。

 誰かに産みたてのタマゴをあげるつもりだったのか?

でも、みーこと遊んでたっていうし、みーこんちお母さんは、時々産みたてタマゴを買いにくるし、何かのお返しで持って行くこともあるから、今さらみーこに産みたてあげるっていうのも変だしな。

 みーこがあの日のこと思い出せば、きぃの行方ももしかしたらわかるかもしれないのに、みーこは本当に使えない奴だ・・・肝心なとき熱なんか出して・・・勉強もできないし、あいつはバカだ。

「チッ」・・・思わず舌打ちが出てしまった。

「シゲ、舌打ちなんかするんじゃないよ、みっともない!それにタマゴがなんだっていうんだい?何か知ってるんだったら言いなさい!」

「何か知ってるわけじゃないんだ。ただ、あの日、きぃはタマゴを持って出たみたいいだからさ」

「タマゴ?それは確かかい?」

「確かかって聞かれると自信はないけど、出掛ける前にタマゴを手に持っていたよ。台所に置いてくるって言ってたから。だから台所にあったのかなって思って・・・あ、おやつにゆで卵にしてやったとか?」

「いいや、あの日のおやつはドーナツだよ。みーこちゃんの分と2つ持たせたさ。だけどタマゴを持ってったのが本当なら、変だね」

「だから本当に持って行ったのかどうか僕にはわかんないよ」

 だけど、きぃは裏から通りに出たんだよな。

僕が小屋のところにいたから、僕に気付かれないように出掛けたみたいだし、きぃがなかなか出てこないなと思って家に入ってみたけど、もうきぃはいなかったし、タマゴも見当たらなかったしな・・・なんだったんだろう、あのタマゴは・・・

「きぃ、どこにいるんだろう・・・きぃ・・・」

 きぃがいなくなって、もうすぐ1ヶ月になる。

お母さんは、最初は寝ることもしないでそこらじゅう歩き回ってきぃを探していた。

探しても探しても見つからず、お巡りさんもも消防団も近所の人も、みーこのお父さんもお祖父さんも、みんなみんな何日も山狩りまでして探してくれたけど、居場所が分からず、何日かしてお母さんは倒れて、最近まで起きられなくて、ご飯も食べないし、このまま死んじゃうんじゃないかと思うと、怖くてたまらなかった。

 だけど、どういう心境の変化があったのかはわからない。

急に起き出して、「お母さんのやること」をし始めた。

ご飯を作ったり洗濯をしたり掃除をしたり、・・・タマゴを取って来たり。

ただ、時々、いや、かなりぼんやりすることも多く、魂が抜けるっていうのは、こういうことなのかもしれないと、僕は思った。

 だけど、お母さんは、何か、どこか1か所が壊れたみたいだ。

同じように見えて、どこか、なにか、違う。

お祖母ちゃんだって、声が出なくなった。ほとんど何も喋らなくなったし、お父さんはいつも通りに見えるけど、お酒を飲まなくなった。

そして僕は、学校に行く以外、ほとんど外へ出かけなくなった。

いや、家族の、僕が出かけることを嫌がっている空気を感じてしまい、心が家へと閉じ込められてしまった。

家族の目が、いつも僕を追いかけている。

お前からは決して目を離さないぞと、目で言っているようだ。

どうしてこんなことになったんだろう・・・きぃ、どこにいるんだよ・・・

みーこ、何か思い出してくれよ・・・思い出してくれたら、もう「バカ」って言わないからさ。


 みーこが学校に行くようになって、一度だけ、みーこに話そうとしたことがある。

6年生が2年生の教室に行くことなんて、ほとんどないことだし、きぃのクラスだから、きぃがいなくなってからはクラスの子たちも僕の顔を見ただけで表情が変わるのがわかって、行きにくくなった。

何か、2年生だけじゃなく、みんなが僕のことを怖がっているようにも見えたし・・・

こういうのを、「腫れ物に触るよう」ということを僕は知っていた。

 だから登校するとき、みーこをつかまえた。

「みーこ、きぃがどこに行ったか知らないか?」

通学路の途中の曲がり角でみーこを待ち伏せして、いきなりみーこの前に立ちはだかって聞いた。

「シゲちゃん・・・」

みーこは僕を見て、ポカンとした顔をしたかと思ったら、急に目を見開いて、肩が上がって震え始めて、

「しらない、わかんない、ドーナツたべたまでしかわかんない・・・わかんない・・・」

そう言って、震えが止まらなくなった。まずいと思った時だった。

そこに後ろの方を歩いていた僕と同じクラスのミキとナオが走ってきたと思ったら、ミキが、「シゲ、何してるの?小さい子イジメちゃあ・・・みーこちゃんじゃん。シゲ、先生に言われたでしょ?みーこちゃんにあれこれ聞いたりしちゃあダメなんだよ。パニックになるからダメだって言われたじゃん。みーこちゃんは覚えてないんだよ」

 そう怒ったように言ったかと思ったら、ミキはみーこの両肩に手を置いて、「大丈夫だからね」と言って、手をつないで「大丈夫大丈夫」と言いながら歩き出した。

 ナオもすぐ後ろを歩いていく。

僕はそのまた後ろにつき、みーこの後ろ姿に向かって、試しに、「タマゴどうした?」と言ってみたけれど、みーこからの反応は何もなかった。

反応したのはナオのほうだった。

後ろを振り返り、睨まれてしまった。

 少しの距離を保ちつつ、「こわいおはなしっていう本、知らないか?」と、また言ってみた。

またナオに睨まれるのは覚悟の上だったけれど、こっちだって必死なんだ。

みーこの足が一瞬止まったような気がしたが、ミキが手をつないだまま歩いているみーこの足は、すぐ動いた。

そしてやっぱり相変わらずナオは僕の方を睨む。

 僕が一体何をしたというんだ・・・妹がいなくなったんだ・・・一緒にいたみーこに話を聞きたいと思うことがそんなに悪いことなのか?

「こわいおはなし」の本は、きぃの最近のお気に入りで、毎日のように見ていた。

僕はその本がなくなっていることに昨夜の心霊特集の番組を観ていて気が付いた。

そういえばと思い、居間の本棚に目が行ったがなくて、きぃの部屋を探したけれど見つからず、ランドセルの中にもなく、だからもしかしたらみーこが知っているんじゃないかと思ったんだ。

 きぃがいなくなった日、タマゴを持っていた。

学校にいつも持って行ってた手提げもない。

あれはそう、自転車の奥から出てきたきぃが腕に持っていたような気がする。

あの手提げに本も入っていたんだと思う。

ということは、みーこと見るつもりだったんだろう。

もう少しみーこと話がしたい。


 その日以来、学校に行くときはミキとナオがみーこにつきっきりだ。

お姉ちゃんにでもなったつもりなのか、今朝もあいつらまるで僕がみーこに近づかないように見張っているみたいだ。

学校では先生にチクったようで、呼び出されて「下級生をイジメないようにと」叱られた。

あいつら、いったいどんな言い方したんだ!って腹が立つ!

 2年生は早く帰る日が多いから、僕が帰る頃にはみーこはもう学校にはいないし、たまに6年も早く終わる日は、ミキとナオがみーこにくっついてるし、いったん家に帰ると、僕はあの空気の中から抜け出せなくて、家に捕らわれるし・・・

「・・・きぃ、どこにいるんだよ」ため息とともに、声になって出てしまった。

 あの日、タマゴのことをもっとちゃんと聞いておけばよかった。おかしいと思ったのに・・・

家の中に入るとき、一緒に行けばよかった。

きぃがなかなか家から出てこないと思って行ったらきぃはもういなくて、わざわざ僕に会わないように出たのかと思ったとき、気になったんだから追いかけてみればよかった。

きぃ、どこにいるんだよ・・・

今日も相変わらず僕はミキとナオを引き連れたみーこの少し後ろを、恨めしそうな顔してくっついて歩いているだけだ。

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