第9話 嫉妬
机の引き出しの中には、タマゴが3つ入れてあった。
私が大切にしているおはじきの入った小袋や折り紙やレターセット、鉛筆やペンを並べたお花の柄の缶が入れてある一番大きな引き出しで、折り紙とレターセットを重ねて、小袋も奥に押し込んで、タマゴを置く場所を確保したのだった。
ここ数日間に、学校から帰ってきて母が台所にいない隙を見計らって、こっそり一つずつ持ってきたものだ。
家の冷蔵庫の中にはいつもタマゴがたくさん置いてあった。
朝、家族みんなタマゴかけご飯を食べたり、夕ご飯の時も、あまり好きでないおかずの時は、私や純は、時々タマゴかけご飯にして食べることもあって、冷蔵庫の中にはタマゴがたくさんあるのが当たり前だったので、一つくらいなくなっても、母は気づかないようだった。
机の中のタマゴの下には、私のハンカチが2枚、半分にたたまれて敷いてあった。
机を開けるとき、少しの振動で割れてしまいそうな気がしたので、ハンカチを敷いておいたのだった。
妹の純には、いつも机を勝手に開けないようにと釘を刺しているので、勝手に引き出しを開けることはないだろう。
引き出しを、そ~っと揺らさないように開けると、タマゴは、昨夜見たままの状態で私を迎えてくれた。割れていない。よかった。と、思わず笑みがこぼれた。
3つの横に、今持ってきたばかりのタマゴを新しく一つ加えた。
4つになったタマゴは、引き出しの中でくっついて、少し窮屈そうに見えた。
「あと一つだ」
そう呟くと、学校でのきぃちゃんとのやり取りが思い出された。
「みーこちゃん、あれ、いつにする?」
「きぃちゃん、タマゴはいくつもってる?」
「私はね、もう5つかくしてあるよ。まだいくつかとれるとおもうけどね」
きぃちゃんの家では鶏を飼っていて、いつでも生みたてのタマゴを食べらる。
朝、籠をもって鶏小屋から産んであるタマゴを集めるのだが、それはきぃちゃんがやることもあって、そんな時は、きぃちゃんはタマゴをいくつも隠せるからいいなと私は思っていた。
先日の、あのヘビの穴のことをきぃちゃんに教えた日、タマゴは一人5つずつ持ってこようということになったのだ。
「私はやっと3つつくえに入れたところだよ。今日も1つ入れるようにするよ」
「そっか、まだ3つしかないんだ」
がっかりが声に滲んでいるようで、私はなんだか面白くなかった。
『そんなこと言ったって、1日1つしか持ってこられないんだからしょうがないじゃん。家のタマゴは買ってくるものだし、1日にいくつもなくなったら、お母さんに気付かれちゃうし・・・きぃちゃんちみたいに、いくつ産んだかわからない鶏小屋から持ってくるわけじゃないんだから』
そう声に言えてしまえたらいいのに、
「ごめんね、うちのお母さん、いつもだいどころにいるんだもん、なかなかとってこられないんだよ。1日1つくらいしかとれないんだよ。お母さんにバレたらこまるし・・・」
「うん、いいよ。でもはやくヘビ見たいな~」
「うん、はやくヘビにタマゴあげたいよね」
私の頭の中に、蓋を開けた穴に、そ~っとタマゴを落とす2人の姿が思い浮かんだ。
穴には少し水があるみたいだから、そこに落ちてきたタマゴをヘビが見つけて、大きな口を開けて丸飲みするところが見えるはずだ。
ヘビの口から喉に向かって丸く膨らんで、それがだんだんお腹のほうへ移動して、タマゴが今、どの辺りを通っているのか見えるはず・・・そこまで想像して、私はぞわりとした。
なんだか身体がゾクゾクするような感覚に見舞われ、ふと、まん丸お腹のヘビをじいちゃんが皮を剥いで干そうとしたら、このお腹の膨らみはなんだろう?と切ってみたらタマゴが出てきて、じいちゃん、驚くだろうな。
クジラのお腹から出てきた、まるでピノキオみたいだ。
もしかしたらヘビのお腹の中でヒヨコになっちゃったりして・・・
そんなこと考えて、なんだか愉快になってきていた。
「みーこちゃん、きいてる?」
聞いてなかった。
きぃちゃん、今、なにか言ってたっけ?
そういえばきぃちゃん、あの時なにを言ってたんだろう?
引き出しを閉めながら、きぃちゃんの言ってたことを思い出そうとしていた。
今日は遊べないんだと帰りに言っていた。
あれ?きぃちゃん、なんで今日遊べないんだっけ?
そこまで思って、あっ・・・と思った。
そうだ、河原がなんとか言ってたかな・・・
そこまで思って、私はまた不安になっていた。
きぃちゃんは、また私だけのけ者にして、まゆちゃんと遊んでるんじゃ・・・
心がざわざわして、私の意識は河原へと向かっていた。
私の家の2階からは、河原の一部が見える。
私は部屋から椅子を持ち出して、窓の下にそれを置いて乗った。
つま先立ちで、ようやく外が見えるかどうかの位置にある窓からは、私の身長では、そうしないと窓の外はちゃんと見えないのだった。
ちょうど家の裏に立つ木が見え、その向こうに河原もその両側に見えるが、堤防から下に下りていくその辺りは、よく見えないのだった。
しばらくそうして河原を見ていたけれど、きぃちゃんの姿もまゆちゃんの姿も見えなかった。
家から見えるところにはきぃちゃんはいないのかなと思い、堤防に出てみようかなと椅子から下りようとしたとき、牛乳屋のおじちゃんが堤防を歩いてくるところが見えた。
最近、よくおじちゃんを見かけるような気がした。
椅子を片づけて、玄関から裏庭に回って、堤防に出ると、さっき見えた牛乳屋のおじちゃんが、河原へ降りる階段を下りきった辺りにいた。
おじちゃん、河原になんか用があるのかな?
と、そんなことよりきぃちゃんが河原にいないかと見渡してみる。
いた。きぃちゃんは山側の、川が深い流れの緩やかな辺りにいて、一人で石を川面に向かって投げているところだった。
なんだ、一人で石投げするなら遊べるじゃん。
あ、まだまゆちゃんがきてないだけかも・・・
そうかもしれないと思い、私はしばらく家側の木の陰に入って待った。
どれくらいの時間待ったのだろう・・・
まゆちゃんがやってくる気配はない。
そ~っと、木の陰から顔だけ出してきぃちゃんのいるほうを見てみると、そこにはきぃちゃんとおじちゃんが一緒にいて、石投げをしていた。
おじちゃんと石投げしてる?
しばらく見ていると、どうやらおじちゃんが投げ方を教えているんだと見当がついた。
なんできぃちゃんがおじちゃんに石投げ教えてもらってるんだろう?
きぃちゃんは、お兄ちゃんに教わって、石投げは上手なのに・・・
もっと上手になるためだとしても、お兄ちゃんに教わればいいのに・・・
それに、それならどうして私も誘ってくれないんだろう?
この前、上手に跳ばせるようになりたいねって話したばかりなのに。
おじちゃんがきぃちゃんだけに教えていることも、なんだか納得いかなかった。
そういえばと、この前、きぃちゃんとまゆちゃんが、いつも内職手伝ってくれるからと、お菓子を食べにおじちゃんちに行ったことを思い出した。
なんできぃちゃんばっかり・・・
そっか、きっときぃちゃんが可愛いから、おじちゃんもきぃちゃんばっか贔屓なんだ・・・
ケンちゃんも、もしかしたら私が手伝いに行くより、きぃちゃんがきてくれた方が嬉しいのかもしれないな。
きぃちゃんが行けば、ケンちゃんもいつもみたいに真面目くさった顔ばかりじゃなく、笑顔が出るのかもしれない。
そんなこと考えたら、なんだかそこにいることがバカバカしくなって、私はそそくさと家の中へ戻ったのだった。
家に入るといい匂いがしてきた。台所に行くと、母は夕飯の支度をしていた。
「あら、みーこ今日は早いんだね。今日は誰とも遊ばなかったのかい?」
「今日はどこにもいってないよ。うらにいた。のどがかわいた」
そう言うと、母が「はいはい」と麦茶をコップに一杯入れてくれ、それを受け取った私は、ゴクゴクと一気に飲み干した。
「ちょっとみーこ、そんなにいっぺんに飲んだらケホケホしちゃうよ」
「だいじょうぶだよ、のどがかわいてたんだもん」
「そうかい。夕ご飯までまだ時間あるから宿題でもしちゃいなさいね」
「うん、わかってる」
そう言って2階へ駆け上がると、私はまた机の引き出しを開けてタマゴを一つ取り出した。
それを机の上にそ~っと置いて、椅子をまた窓の下に持って行くと、机に置いたタマゴを持って、椅子に上がった。
届くはずなんかないってわかっていたけれど、私はそのタマゴを、きぃちゃんのいるほうに向かって、思いっきり投げつけた。
思いっきり投げつけたのに、それは裏の木にすら届かず、窓の下に落ちて行ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます