第8話 秘密
その日私は、きぃちゃんが遊べないということで、隣の家の一つ年下のりえちゃんと遊んでいた。
年は一つ違うが、隣だということで妹の純もりえちゃんとは仲良しで、3人で、私たちの家で折り紙したりままごとしたりして午後の時間を過ごした。
「みーこ、今日はきぃちゃんと遊ばなかったのかー?」
りえちゃんにバイバイして玄関を入ろうとしたとき、仕事から帰ってきた祖父にそう聞かれた。
「今日はりえちゃんがきたよ」
「そうか、それできぃちゃんとまゆちゃんが2人で遊んでたんだな」
えっ?と思った。
きぃちゃん、今日は遊べないって、まゆちゃんと遊ぶからだったんだ。
それを聞いて、私は2人からのけ者にされたんだと思い、身体が熱くなり、そして、どういうわけかぞわりともした。
一番の仲良しのきぃちゃんが、私をのけ者にした。
私は自分がまゆちゃんと2人だけで遊ぶことがあることなど棚に上げ、2人からのけ者にされたら、これからいつも一人ぼっちになっちゃうと、明日は絶対にきぃちゃんと遊ぶ約束をしなければと、その日の夜は、楽しみにしていたテレビアニメの内容も頭に入ってこず、2人がどんなことして遊んでいたのか、そればかり考えていた。
そして翌朝の登校のとき、同じグループのきぃちゃんに早速、「今日あそべる?」と、約束を取り付けた。
「きぃちゃん、きのうはあそべなくてなにしてたの?」
「きのうはね、ぎゅうにゅうやのおじさんが、いつもないしょくの手つだいをしてくれるから、おかしたべにおいでって、まゆちゃんが言ったから、いっしょに行ったんだよ」
内職の手伝いだったら、私だってやってるのに、なんできぃちゃんだけなんだろう?
私はなんだか牛乳屋のおじちゃんにまでのけ者にされた気がして、おじちゃんの背中で感じたぞわりを思い出し、きぃちゃんに石をぶつけられたところがうずくのを感じていた。
「ふ~ん、おじちゃんとこでおかしもらってたんだね~」
「みーこちゃんもいっしょに行けたらよかったのにね~」
・・・だったら誘ってくれたらよかったのに・・・
「きぃちゃん、ないしょくのてつだいにいつも行くの?」
「ときどきだよ、まゆちゃんとあそぶときはときどき行くよ」
「まゆちゃんと2人であそぶとき?」
きぃちゃんがまゆちゃんとであそぶ日がそんなにあるなんて、知らなかった。
それを聞いて、なんだかとても不安になった。
きぃちゃんとは私が一番の仲良しだと思っていたのに、もしかしたらそう思っていたのは私だけだったのかもしれないと思ったら、なんだかきぃちゃんのことが憎らしいような気持ちがしてきていた。
なんとかきぃちゃんを私だけの友達にしなくちゃ、きぃちゃんの気を引かないとと、そう思った瞬間、ぞわりを感じた。
そうだ、あの事をきぃちゃんに教えてあげよう。
2人だけのヒミツにすれば、きぃちゃんは私をのけ者になんかできなくなる。
だって、三角の畑は私の家の畑なんだから。
「ねえきぃちゃん、いいことおしえてあげる」
「いいこと?」
「そう、いいこと。だれにもないしょのヒミツ」
「えー、なになにー?」
「ぜったいぜったいヒミツにしないといけないことだから、
だれにも言わないって、やくそくだよ?」
「うん、ぜったいヒミツにする」
「じゃあ、りょうてゆびきりげんまん・・・」
両手指切りげんまんは私ときぃちゃんと2人だけで決めた、絶対に内緒の時のげんまんの仕方で、向かい合って、両手を胸のところでクロスして互いの小指を絡めて、指切りげんまんをして、「指切った」の声と同時にクロスも解くというげんまんの仕方で、私たちはげんまんをして指を切った。
「あのね、うちにヘビが干してあるでしょ?おくすりやさんにうるの。
あれ、山とかそこらへんでつかまえるけど、そのほかにもヘビがいるところがあるんだよ」
「ヘビがいるところ?」
「うん」
「どこどこ?」
きぃちゃんの目が光ったのがわかった。
「あのね、あそこに三角の畑があるじゃん。広いみちのところの・・・」
私の指が指した先を、一回りも二回りも大きくした目で追いかけて見たきぃちゃんが、
「あるある、あそこの三角の畑だね。あの三角の畑にヘビがいっぱいいるの?」
「畑にいるんじゃなくてね・・・」
そう言ったところで、私の頭に、一瞬、母の顔が浮かんだ。
「誰にも言ったらいけないよ」そう言った母の顔を思い出し、一瞬、言葉に詰まりかけたが、私は頭を振ってそれを振り払った。
「あの三角の畑に、穴があるんだよ。
その穴がヘビのすで、そこにヘビがうじゃうじゃいるんだよ」
「ふ~ん、ヘビのすがあるのか~」
きぃちゃんの声のトーンが、いくらか下がった気がした。
話だけだと、あの穴のことがよくわからないのかもしれないと思った私は、
「ふか~い穴なんだよ。いつもはふたがしてあって、ヘビがにげないようにしてるんだよ。ふたはちゃんとしめておかないといけないんだよ。おなかを空かしたヘビが、エサがおちてくるのをまってるんだって」
「ふ~ん。エサがくるのをまってるんだ!エサ、やってみたいな~」
「そうだ!じゃあさ、エサをつかまえておいて、こんど2人でやろうよ」
「今日じゃダメ?」
「ダメだよ・・・だって、今日はお天気もいいから他の田んぼにも人がいるよ」
誰にも秘密だって言ったのに、見えるところに人もいるのに、今日エサをやってみたいなんて、きぃちゃん約束は大丈夫かな・・・
田んぼに敷いたゴザの上で、のほほんとおやつを食べるきぃちゃんを見ているうちに、きぃちゃんは、ヘビの穴のことを誰かに話してしまうんじゃないかと、不安でたまらなくなった。
「きぃちゃん、ゆびきりげんまんしたよ。だれにもないしょの、2人だけのヒミツだよ」
「うん、わかってる。2人だけのヒミツだね。エサ、なに食べるのかな?イモムシとか、カエルとか、トカゲとか?」
「え~っ、そんなものつかまえるの~?」
「くだものとか、おかしとか、さかなとかじゃダメかな?」
「ずっと前に見たえほんの中では、ネズミとかのんじゃうみたいよ」
ヘビが何を食べるかなんて、知らなかった。
ネズミを飲んじゃうと聞いて、生きているものを捕まえなきゃならないのかと、それを想像するだけで、ぞわりとした。
そうだ、そういえば母が「ヘビがエサが落ちてこないかと待っている」とか、「私が落ちたら危ない」とか言っていたっけ。
それって、もしかしたら落ちたら私が食べられちゃうってことだったのかも・・・
そう思った途端、ぞわりは私に立て続けに襲いかかり、ヘビの穴の中で、うじゃうじゃのヘビに身体中を巻きつかれ、大きな口を開けたヘビがいくつも私の身体に食いつく光景を想像して、ぞわりぞわりぞわりと、怖くて身体中が震え上がるような感覚に私は包み込まれた。
「あ、そういえばえほんの中で、タマゴを丸のみするってかいてあったよ」
のほほんのきぃちゃんが、のほほんとそんなこと思い出して言った。
タマゴか。
私は頭の中の怖い想像を必死に振り払うように、たくさんのタマゴを頭の中に思い浮かべ、それをヘビに向かって投げている自分を思い浮かべた。
うじゃうじゃいるヘビの中に、たくさんのタマゴが落ちていき、ヘビたちが、我先にとタマゴを丸飲みしようとする姿を思い浮かべたとき、ふと、ヘビのタマゴが思い浮かんだ。
「きぃちゃん、ヘビ、自分のタマゴもまちがえてたべちゃったりしないかな?」
「えー?自分のこどもなんだから、まちがえてたべないでしょ」
「そっか、そうだよね、まちがえないよね」
「タマゴだったら、こっそりためてもってこれるんじゃない?そうしよう」
ヘビが間違って自分のタマゴを飲み込む姿を想像して、ぞわりを感じていた私は、そんなところを見るのもいいかもしれないなと、その感じたぞわりが、ほんの少し心地よくなっていることに気付いていた。
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