第7話 羨望
私ときぃちゃんは、また畑にいた。
その日は先生がみんなお出かけで、6年生まで全部の学年が午前で終わり、
私ときぃちゃんは、3時からきぃちゃんのお兄ちゃんに
宿題を見てもらうことになっていた。
あの、まあるい机で勉強することは嬉しかったが、
きぃちゃんのお兄ちゃんが一緒だということで、私は気持ちが沈んでいた。
それまでの時間、四つ葉のクローバーを探そうということになり、
私はたくさんのシロツメクサの中で、視線だけは四つ葉を探していたが、
頭の中では、またきぃちゃんのお兄ちゃんに
「バカ」って言われたら嫌だな・・・と、そんなことをずっと考えていた。
「みーこちゃん、見て見て、四つ葉あったよー」
きぃちゃんがまた四つ葉を見つけた。これで3つ目だ。
きぃちゃんが持ってきていた、
「ちぃちゃんの傘」のさっき挟んだ次のページを開き、
そこに新たに四つ葉を挟んだ。
「きぃちゃん、四つ葉いっぱいだね。いっぱいいいことがあるね」
私が持ってきた「ふたつの梨の木」には、まだどのページにも四つ葉はなかった。
そうだ!と思い当たった。四つ葉を1つは見つけなきゃ。
1つ見つかれば、きっときぃちゃんのお兄ちゃんに
「バカ」って言われなくてすむ。
「きぃちゃん、その四つ葉はどこらへんにあった?」
「このへんだよ。さっきのも、その前のもこのへんだった」
それを聞いて、
「私もそこでさがしていい?」
と、きぃちゃんが四つ葉を見つけた辺りで、今度はしっかりと目を葉に向け、
重なって見える葉や、四つ葉かな?と見えると指で茎をそっと動かしてみたりして、何度もそれをやってはいるが、なかなか四つ葉が見つからないでいた。
「あっ、また四つ葉みーっけ」
きぃちゃんと場所を交代したそこで、きぃちゃんはまた四つ葉を見つけた。
その声を聞いて、私の心はぞわりとした。私がさっきいた場所なのに・・・
「みーこちゃん、これ、あげるよ」
「えっ、いいの?」
「いいよ。私もう3つもあるし」
きぃちゃんから四つ葉を受け取ると、
私は「ふたつの梨の木」の真ん中にそれを挟んだ。
「きぃちゃん、ありがとう。これできっとだいじょうぶ」
私は「ふたつの梨の木」を胸に抱え、ぎゅっと押さえるように腕に力を込めた。
「何がだいじょうぶなの?」
「ううん、こっちの話」
「きぃちゃん、四つ葉を見つけるのじょうずだね」
「たまたまだよ、いつもはこんなに見つからないし」
でも今日は4つも見つけたじゃん。
四つ葉は少ししかないからいいことのおまじないになるのに、
1日に4つも見つけたら、いいことも少しになっちゃうかもしれないと、
私は少し不安になって、でも見つけたのはきぃちゃんだから、
いいことが少しになるのはきぃちゃんだけだと自分を納得させた。
そのうちの一つを自分がもらったことなど、まるで関係ないかのように
きぃちゃんのいいことが少しに減るといいなと思っていた。
「き~ぃ、き~ぃ」
「あ、お兄ちゃんだ。もうしょうどくおわったかな」
きぃちゃんのお兄ちゃんは、学校が早く終わって、
キャベツを植えてある畑の消毒を手伝っていた。
キャベツには、チョウチョが卵を産むと、
青虫があちこちに穴をあけてしまうから、
その前に消毒をしないとならなかった。
きぃちゃんちのお祖父ちゃんの消毒を手伝ったあと、
宿題をみてくれることになっていたのだった。
「きぃ~、みーこ~、宿題やるぞ~」
三角畑に沿っている通りに自転車を止めて、片足だけ道路について、
きぃちゃんのお兄ちゃんは、大きな声で私たちを呼んでいた。
私たちも手を振り返して、
私はあぜ道から田んぼに入ったところに置いた
宿題の入った横断バックの中に「ふたつの梨の木」を入れて、
きぃちゃんは四つ葉を3つ挟んだ「ちぃちゃんの傘」を
両手で表紙が上にくるように真っすぐ持って、
あぜ道に上がって、きぃちゃんのお兄ちゃんがいる通りの道路に2人で向かった。
「何してた?」
「四つ葉をさがしてたんだよ。4つも見つけた」
そう言ってきぃちゃんは本を広げてお兄ちゃんに見せた。
「みーこは?四つ葉見つけたか?」
「みーこちゃんも1つ見つけたよ。本に1つはさんだよね」
うつむいて首を横に振る私と言葉が重なるようにしてきぃちゃんが言った。
それを聞いて、私はなんだか嫌な気持ちがした。
あれはきぃちゃんからもらったものだし、私が自分で見つけたものじゃないのに、しかもきぃちゃんが4つ見つけたって言ってるのに、私が1つ見つけたことにしたら数が合わなくなる。
きぃちゃんにバカにされたような気がして、いいことがあるはずなのに、嫌な気持ちでいっぱいになりながら、きぃちゃんと並んで自転車を引きずりながら歩くきぃちゃんのお兄ちゃんの後ろをついて歩いた。
その通りに面したところにある私の家を通り過ぎるとき、
庭に誰かいないかなと目をやったが、誰もいなかった。
なんとなく寂しく感じながら通り過ぎ、
すぐに同じく通りに面したきぃちゃんの家に着いた。
きぃちゃんの家は通りに面しているけれど、
玄関は通りから横道に入ったところにあって、
その横道から玄関まで行くのに、納屋の前を通り過ぎなければならなく、
その納屋に、きぃちゃんのお兄ちゃんは自転車を置いた。
その時、その横にあったきぃちゃんの黄色い自転車が見えた。
補助輪が取れた自転車だ。
私の自転車のほうがピンクで可愛いもんと思った。
補助輪だって、もうすぐ取れるし、
そうしたらもう自転車乗れないなんて言われないもん。
そんな私の気持ちを見透かしたように、
「みーこ、自転車乗れるようになったか?
乗れないと夏休みにきぃとプール行けないぞ。
今日だって、みーこが乗れたらきぃだって自転車で遊びに行けたのに」
きぃちゃんのお兄ちゃんは、すぐ意地悪を言う。
いつもきぃちゃんばかりを贔屓する。
私にもお兄ちゃんがいたらな・・・私はよくそう思った。
「今日の宿題はなに?」
「さんすうとかんじ」
「じゃあ、算数ができたら漢字をやろう」
きぃちゃんのお兄ちゃんにそう言われ、
きぃちゃんちのまあるいテーブルにきぃちゃんの算数のドリルを広げて、
一緒にそれを見ながらノートに式と答えを書いていく。
足し算は二ケタたす一ケタ。
きぃちゃんは、どんどん答えを書いていく。私より早く答えを書いていく。
「きぃは算数がとくいだな。すぐに終わりそうだ」
「うーん、だけど文のもんだいができるかわかんない」
「みーこ、計算できてるか?」
「うん、できてるよ」
私は勉強が嫌いだ。
算数のテストも、いつも30点とか40点とかで、直しの宿題もいつも多かった。
きぃちゃんはといえば、90点や100点が多く、勉強が得意だった。
そんな話をきぃちゃんにすると、きぃちゃんは決まって、
「お兄ちゃんに勉強を教えてもらうからだよ」と言った。
「みーこ、それじゃ×だよ」
「えー?」
「ほら、一の位が7+8だから、十の位に繰り上がるだろ?
だから十の位は3になるんだろ?バカだなー」
またバカって言われた。バカって言っちゃいけないのに。
バカって言う人が本当のバカだって、いつもお母さんが言ってるから、
だから本当のバカはきぃちゃんのお兄ちゃんだもん。
27+8=25と私は書いていた。
「あ、そっか」
「あーあ、ほらこっちも間違えてる。
こっちも繰り上がりの計算だから、十の位も一ふえるんだよ。
みーこは頭が悪いなーホント、バカだな」
きぃちゃんのお兄ちゃんは嫌いだ。
きぃちゃんのことはいつも褒めるのに、
私のことをしょっちゅう「バカ」呼ばわりする。
きぃちゃんと遊ぶのも、きぃいちゃんちに行くのも好きだったけど、
いつもは帰りが遅いきぃちゃんのお兄ちゃんはたまにしか家にいなく、
顔を合わせることもそうはなかったけれど、
こうしてたまに顔を合わせると私はバカにされることが多く、
本当は6年生も早く帰る日にはきぃちゃんちに遊びに行くのは嫌だったが、
きぃちゃんのお兄ちゃんが勉強ができることを知っている私の母が、
私の勉強を見てくれるように頼んで、
一緒に宿題をさせられることがたまにあった。
私がなんとか計算ドリルの宿題を終えて漢字に取り掛かるときには、
もうきぃちゃんは漢字の宿題を終えていた。
「きぃちゃんかんじおわっちゃったっから、
私はかえってからやるよ。あそびにいこ」
「ダメダメ、遊ぶのはみーこが漢字をちゃんとやってからだよ」
「だって、それだときぃちゃんが・・・」
「いいよ、きぃはちゃんと待ってるから」
「うん、まってるからかんじかいちゃって」
きぃちゃんはそう言うと、奥の自分の部屋に行って、
国語の辞書を持ってきた。
それを真ん中辺りで開くと、「ちぃちゃんの傘」を開いて、
1つの四つ葉を挟んで、また違うページを開いて、2つ目の四つ葉を挟んで、
そしてまた3つ目の四つ葉も同じように挟んで、
「おし花ができたらしおりを作るんだ」
そう言って、辞書をお尻の下に敷いて、自分の体重をかけた。
「きぃ、もう一枚の四つ葉は?4つあるんだろ?」
・・・ほら、お兄ちゃん気が付いちゃったじゃん。
3つしかないことを不審に思ったきぃちゃんのお兄ちゃんがなんて言うのか、
私はすごく気になって、漢字を書きながら意識を集中させた。
「4つ?・・・あ、ううん、3つだよ、見つけたのは3つ。
みーこちゃんが1つで、2人で合わせて4つだよ」
ドキドキが止まらなかった。
けれど、きぃちゃんがそう言ってくれて、私はホッとした。
これできぃちゃんのお兄ちゃんに嫌なこと言われなくて済んだと思って、
今日のいいことは、これだったんだと、心底ホッとした。
それと同時に自分で見つけられなかった、
「ふたつの梨の木」に挟まれた四つ葉を思い出して、
それがそれほど大切なものじゃなくなっていることに気付いた。
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