第6話 河原Ⅱ
(きいちゃん語り)
「きぃちゃん、大丈夫だからな、そう気にするな」
みーこちゃんに石をぶつけた帰り道、私は牛乳屋のおじさんと並んで歩いていた。
私がとても心配していたので、おじさんは私を元気づけようとして、
みーこちゃんの家から出てくるのを待っていてくれていたようだ。
「わざとじゃないんだよ。
川になげようと思ったら、みーこちゃんにあたって・・・」
「そうだな、そういうこともあるさ。
だけん、きぃちゃんの力で投げた石が当たったくらいじゃあ、
どうってことないさぁ」
みーこちゃんの家と私の家は近いから、すぐに私の家に着いた。
おじさんにさよならを言おうとしたら、おじさんが私の耳に顔を近づけ、
「きぃちゃん、今度もっと上手に石投げする方法を教えてあげるよ。
だから一人で河原においで。誰にも言っちゃダメだよ。
そしたら教えてあげられなくなるから。
上手に飛ばせるようになってから、みーこちゃんに自慢したらいいよ。
な?どうだ?いい考えだろう?だから誰にも内緒で一人で河原においで。
きぃちゃんが一人で河原にいるところを見たら、おじさんが河原に行くから」
「うん。私もっとじょうずにとばせるようになりたい!
おじさん、やくそくだよ」
「ああ、やくそくだ」
そういって、私の小指におじさんは自分の小指を絡ませて、げんまんをした。
あまりにも落ち込んでいる私を勇気づけてくれようとして、
おじさんがそう言ったんだと思った。
お兄ちゃんにも飛ばし方を教わったけど、
大人に教わったほうが遠くへ何度も水を撥ね飛びそうだなと思い、
それができるようになったら、お兄ちゃんもきっと驚いて羨ましがるはずだ。
そんな悔しがるお兄ちゃんの顔を思い浮かべ、
いつも私をバカにするお兄ちゃんに仕返しできると思ったら、
私は楽しくなって仕方がなかった。
広い通りから入ったところに門のある私の家は、
その門も庭も通りからは見えなかった。
だからそんな約束をしている私たちの姿を目にした人は、誰一人いなかった。
次の日、学校から帰ると、私は早速河原に行ってみた。
みーこちゃんがまゆちゃんとおじさんにクッキーを渡しに行くと言っていて、
今日は遊べないから一人で河原に行くのにちょうどいいと思ったからだ。
だけど、みーこちゃんたちがおじさんの家に行くなら、
おじさん、河原にはこられないかもしれないなと思ったけれど、
一人でしばらく石投げの練習をしていればいいやと思い、
私はお兄ちゃんに教わったように、できるだけ平たい石を探しながら、
いくつか集めてからそれを足元に置いた。
もちろん、ポケットに入れてきた、
昨日投げられなかった石も一緒にそこに置いた。
一つ持ち上げて、手に持った石が水面に平らに飛んでいくように持ち、
身体をひねるようにして勢いをつけてそれを水面に放った。
ぴゅっ、ぴゅっ、ぴゅ・・・ぱちゃん。
2回石がジャンプして、3回目も飛ぶかなと思った瞬間、それは水に沈んだ。
「あ~あ」
やっぱり2回くらいしか跳ねないな。
もう一回と思い、同じようにやってみる。
投げる石は、見つけた石の中でもとっておきの平たい石だ。
えいっ。
ぴゅっ、ぴゅ・・・ぱちゃん。
うそっ・・・さっきよりも飛んでない。
一番平たい石を使ったのに、全然うまく飛ばせなくて、
私の頭の中はざわざわして、ああああああっと、
やっきりして足を河原に2回ほど強く地団駄を踏んだ。
お兄ちゃんみたいに飛ばすには、どうやったらいいのか、
同じようにやっているつもりなのに、どうしても上手くできない。
やっきりした私は、足元にある石を、次から次へと水面に向けて放っていた。
それらは、2回どころか1回しか跳ねないものもあり、
私のイライラは、やっきりからだんだん悲しくに変わり、
みーこちゃんに石をぶつけた昨日以上に私は落ち込み、
投げる石がなくなったそこに座り込んで、膝を抱えてそこに顔をうずめ、
悔しさに身を任せたまま、川の流れる音をやり過ごしていた。
「きぃちゃん、どうした?」
どのくらいいそうしていたのか、そのままウトウトしてしまったようで、
そう声をかけられて顔をあげると、
空にはカラスが飛び、もう夕焼けになりはじめていた。
「おじさん・・・」
「きぃちゃん、偉いなぁ。
おじさんとの約束守って、一人で待っててくれたのか」
「おじさんこないから、一人で石なげしてたけど、ぜんぜんとばないよ」
「そうか、遅くなってごめんな。
今日はみーこちゃんがクッキー持ってきてくれてなぁ、
ここに来るのが遅くなっちゃったよ。
堤防を歩いてたらきぃちゃんが見えてなぁ、
急いできたんだけど、だいぶ遅くなっちゃったから、今日はもう帰ろうな」
「おじさん、いつ石なげおしえてくれる?明日?」
「そうだな、おじさんも仕事があるし、ケンの世話もしにゃんしなぁ、
いつここにこれるかわからんから、
今日みたいにきぃちゃんが一人でいるのがわかったとき、
これそうだったら早くくるようにするよ。
きぃちゃんは一人でここにきて、すぐにおじさんが来ないようなら、
その日は来ないと思って、帰りな」
そういっておじさんは私に手を出して、「さあ、立って」と、
私を立たせてから自分はしゃがんで、スカートについた砂をはらってくれた。
そうしてから、私をおじさんに向かい合わせるようにして
自分の膝の上に座らせ、
「いいか、きぃちゃん、誰にも内緒だからな。
今日のことも、これから石投げを教わることも、誰にも内緒だからな。
誰にも言わないで、一人で河原に来るんだよ。わかった?」
私の顔を覗き込んでそう言うおじさんからは、甘いクッキーの匂いがした。
「うん、だれにも言わない。
じょうずにとばせるようになって、みーこちゃんにじまんするんだ」
「そうだな、遠くへ跳ばせるようになって、自慢しなきゃな」
そう言って、おじさんは私の頭を撫でたかと思うと、
その手が下がってきて私の頬に触れ、おじさんの親指が頬を3回撫でた。
「きぃちゃんは可愛いなぁ、
おじさん、本当は女の子が欲しかったんだよなぁ・・・」
「おじさん、女の子がほしかったの?
じゃあときどきおじさんの子になってもいいよ」
石投げを早く教わりたい私は、
そうすることで早く教われるんじゃないかと思っていた。
「はっはっは、時々おじさんの子になってくれるのか?そりゃあ嬉しいなぁ。
じゃあ、きぃちゃんはケンの妹だな。ケンとも仲良くしてくれよな」
「ケンちゃんとはもうなかよしだよ」
「ははははは、そうだったな。さあ、もう帰りな。
おじさんは網をかけてあるからな、それを取ってくるからな。」
そう言うと、おじさんは手を振り、川に入って行った。
おじさんを見送るとき、
網にお魚やウナギ、カニも入っているといいなと私は思った。
おじさんと別れて家に帰ってくると、仕事から帰ってきた父がそこにいた。
「きぃ、おかえり。今日もみーこちゃんと遊んだのか?」
そういって車の荷台からコンテナを下ろす父の手に目が行った。
ごつごつしていて固く骨ばっている手で、
その大きな手で抱き上げられたり、頭を撫でられるのが私は好きだった。
けれど今日おじさんが頭を撫でてくれたとき、その手はとても柔らかく、
頬に触れた手の柔らかさに私は驚いていた。
こんなに柔らかい手の男の人がいるんだなと思い、
ふと父の顔が思い浮かんだのだった。
「おとーさん、今日はしごとおわり?」
「そうだな、コンテナ片づけたら貝を砕いとかにゃんな。きぃ、一緒にやるか」
「うん、やるやる~」
私の家では、飼っている鶏のエサに、
アサリやシジミの貝を細かく砕いたものを混ぜていた。
そうするとカルシウムがいっぱいの、美味しいタマゴが生まれてくるんだと、
お祖母ちゃんが言っていた。
大きな平らな石の上に貝を置いて、手の平に収まるくらいの平らな石を
平らな方を打ち付けるように持ち、貝を砕いていく。
私は何度も打ち付けないとなかなか細かくならないけれど、
父は手が大きく力持ちで、一発でかなり細かく砕ける。
「打ち付けてから、ほら、こうして擦るようにすると、粉みたいになるだろ?
こうすると、鶏が食べやすくなるからな」
父がそう言って石を上げると、貝が砂みたいになっていた。
「すごーい。おとーさんのかい、サラサラだ!」
父の手はごつごつで固くて骨ばっているけど、
こんなことできるのは私のお父さんくらいだなと思う。
柔らかいおじさんの手より、やっぱりお父さんの手が好きだなと私は思った。
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