第5話 ケンちゃんの内職


「クッキーちゃんと持った?」

「もったよ」

「先にまゆちゃんの家に寄って、まゆちゃんと一緒に行くんだよ。

おじちゃんに、昨日はありがとうございましたって、ちゃんと言ってね」

「うん、わかってるよ」

「まゆちゃんの分もクッキーあるからね、まゆちゃんちのおばさんに渡してね」

 まゆちゃんは、きぃちゃんの次に仲がいい友達だ。

 私の通う小学校は、各学年にクラスが一つしかないので、

幼稚園からみんなずっと一緒で、

私はきぃちゃんの家の次に近くに住むまゆちゃんとも仲が良く、

そのまゆちゃんは、牛乳屋のおじちゃんと親戚で、

小さな空き地を挟んで隣同士だった。

 昨日、おじちゃんに背負われて帰ってきた私を先に見つけたのは、

堤防で薪割をしていた祖父だった。

 祖父はおじちゃんから話を聞いて、私の頭の石が当たったところを見て、

大したことないと見当をつけたようで、おじちゃんにお礼を言って、

おじちゃんの背から私を抱え上げ、堤防へと下した。

おじちゃんとはそこで別れ、祖父と私ときぃちゃんは家へと向かった。

 裏庭から表の玄関に向かう途中の軒先下にはピンク色のヘビがいて、

その前を通り過ぎるとき、きぃちゃんに

「そこにヘビがいるよ」とでも言うように目を向けると、

きぃちゃんもそれに気づいていて、

きぃちゃんの目とヘビの目が合ったような気がした。

「お母さーん」

玄関を開けて祖父がそう呼ぶと、母はタオルで手を拭きながら出てきた。

「あら、どうしたの?」

普段は裏口から入ってくることがほとんどの祖父が玄関にいて、

私ときぃちゃんと3人でいたことを不思議に思ったようだ。

きっと祖父はきぃちゃんも一緒だから玄関に回ったのだろう。

 祖父から話を聞いた母は私の頭の傷を見て、「大丈夫かしら?」と、

少し不安そうな顔を見せた。それを見た祖父が、

「なぁに、ちーっと傷になってるけん、たいしたこたぁないよ。

子供が投げた石だで、そう強くは当たってないらで」

「ごめんなさい」

また泣きそうな声でそう言うきぃちゃんに気付いて、

「まあ、大丈夫よ、ちょっと傷になってるだけだからね。

舐めときゃ治るよ」

母はそうきぃちゃんに言って笑顔を向け、

「信さん帰っちゃったの?私もお礼言った方がよかったんじゃ・・・」

「ええよええよ、オラがちゃんと言っといたで」


 そんなやり取りが昨日あって、母はそのことが気になっていたようで、

今日私が学校に行っている間にまゆちゃんちのおばさんに連絡して、

まゆちゃんと一緒に牛乳屋さんの家に行ってもらえるよう頼んだようで、

母はクッキーを焼いてそれを持たせてくれた。

 自転車に乗れない私は、

遊びに行くにもまだ歩いていかなければならなかった。

学校への通学路の途中にまゆちゃんちはあって、

私はクッキーを持ち、きぃちゃんちを通り過ぎ、

そこから私の足で5分ほどで、牛乳屋さんちを通り過ぎまゆちゃんちに着いた。

「ま~ゆ~ちゃ・・・」

まゆちゃんちの引き戸の玄関を開けて、

いつものように声をかけようとしたところ、

もうそこにはまゆちゃんとおばさんがいて、上がり框に座って待っていた。

「みーこちゃん、こんにちは」

「こんにちは。おばさん、これクッキーです。たべてください」

母に言われたように、一つの袋をまゆちゃんちのおばさんに渡した。

「みーこちゃん、ありがとね。あとでもらうね」

そう言って袋をを受け取り、

「じゃ、遊ぶ前に信さんにありがとうをしてこようね。2人で行ける?」

「うん、いける」

まゆちゃんがそう答えると、おばさんはうなづいて、

「いってらっしゃい」と言って送り出してくれた。

 牛乳屋さんには、まゆちゃんと何度か遊びに行ったことがあった。

まゆちゃんの家の玄関は通りに面した場所ではなく、

牛乳屋さんとの間にある空き地に面していて、 

その空き地を斜めに横切るようにして、

私とまゆちゃんは一度通りに出て、牛乳屋さんの入り口に行くと、

まゆちゃんはいつものように、 

「いる~?」と声をかけ、引き戸を開け入って行った。

 まゆちゃんがそう声をかけるのは、

まゆちゃんのおばさんがいつもそうしていて、

いつの間にかまゆちゃんも、

おばさんと同じようにそう言うようになっていたようだった。

 牛乳屋さんは、牛乳屋さんだけど、

お魚とちょっとした雑貨も売っていて、でも薄暗い感じがして、

買いに来る人がいるのかなと私はいつも思っていた。

 ショーケースの前をまゆちゃんと進んで行くと、

奥からおじちゃんが出てきた。

「まゆ、学校はもう終わったのか」

「うん、終わったよ。みーこちゃんもいっしょだよ」

「おじちゃん、昨日はありがとうございました。これ食べてください」

母に言われた通りに言ってクッキーの袋を差し出したら、

「ありがとう。いい匂いだな。

みーこちゃん、傷はどうだ?もう痛くないか?」

そう言ってクッキーの袋を受け取ってくれた。

「もういたくないよ。押さえるとちょっといたいだけ」

「そうか、よかったな」

そう言っておじちゃんはいつものように脇によけ、

私たちが上がれるように開けてくれた。

今日もここで手伝っていくんだと思ったようだった。

 いつものように私たちは靴を脱いで一段上がって、右手の部屋を見ると、

そこでは、いつものようにケンちゃんが仕事をしていた。

ケンちゃんはまゆちゃんの従兄弟だ。

「ケンちゃん、今日はなにしているの?」

「今日は割りばしだよ」

けんちゃんは胡坐をかくような形で、

足の間に割りばしがいっぱい詰まった袋を立てて置いて

その中から割りばしを取って、

紙の割りばし袋にそれを入れて机の上に置いていっていった。

そのやり方だと箸の口に入れるところは触らなくてできるので、

おじちゃんがそう教えたそうだ。

 ケンちゃんは、少し知恵遅れがあって、

中学を卒業すると家でいくつかの内職をしていた。

私とまゆちゃんは、時々その内職の手伝いをしていた。

いや、手伝いなんておこがましい。遊びの延長のものだった。

 それはその袋に入れた割りばしを10個ずつ数えて塊りを作って

机に置いていくだけのことで、

ケンちゃんは100個を一つの大きなビニール袋に入れて、

口をセロハンテープで止めるところまでの仕事で、

それを大きな段ボールでいくつもの割りばしをやらなければならなかった。

私とまゆちゃんは、気が向いたときだけ、ケンちゃんの仕事の手伝いをした。

 ケンちゃんはその仕事以外にも、洗濯バサミを作って10個ずつ板に挟んで3000個で一つの段ボールに詰める仕事や、プラモデルの細かいパーツがくっついた枠の外にはみ出ている部分を切り取って箱に詰める仕事をしていて、そのプラモデルの仕事は、いくつもの段ボールがあって、一つの箱には同じパーツがたくさん入っていて、それを全部綺麗に切り取って段ボールに入れておいて、次の段ボールも同じようにして、最後にプラモデルの箱にそれらを一つずつ入れていく仕事で、その仕事が一番大変で、私たちはプラモデルの仕事の時だけ手伝うことができなかった。

 どんな仕事でも、ケンちゃんはいつも一生懸命だった。

 ケンちゃんは、とても働き者だ。

そんなケンちゃんのための仕事は、

裏口の先にある大きな物置にたくさん積んであった。

そしてその段ボールの他にも、

お店で売るいろんな雑貨もたくさん置いてあって、

そこに入り込むと、まるで迷路のようで、

私にはワクワクするような場所だった。

「みんな、お茶にしような。こっちへおいで」

 そう言われて台所に行くと、

そこにはオレンジジュースとクッキーがお皿に広げられていた。

「みーこちゃんのお母さんが焼いてくれたクッキーだよ。

みんなで食べような」

ケンちゃんは、のそのそとうつむき加減で自分の椅子に座ると、

鼻を動かしたかと思うと、「いいにおいがする」と言った。

「そうだな、クッキーはいい匂いだ。さあ、食べよう」

 私は母のクッキーをケンちゃんが喜んでくれるか心配だった。

クッキーは美味しいけど、売っているのと比べたら焼き色もバラバラだし、

形も、星やハートや丸いのや、色々だったからだ。

「おいしい、おいしい、あまい」

「そうか、美味しいか。じゃあお父さんも一つもらおうか」

そう言っておじちゃんも星のクッキーを一つ口に入れた。

「うん、美味しいな。みーこちゃんのお母さんはクッキー焼く天才だ」

「そんなことないよ。かたちもいろもバラバラだし。いただきます」

そう言って、私はオレンジジュースを一口飲んだ。

「みーこちゃんもまゆもクッキー食べな」

「私はまだいえにいっぱいあるからいいよ」

「私も、さっきみーこちゃんにもらったからジュースだけでいい」

 私もまゆちゃんも、

ケンちゃんが美味しそうにクッキーを食べるところを見ていた。

私はそれがすごく嬉しかったし、なんだかちょっと誇らしかった。



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