第3話

「ご、ごめんなさい…これ、洗って返しますね」


「ああ、別にいいよ、気にしないでさ」


 やっと涙が止まった私は何度も謝るが、彼は笑って気にするなと言ってくれた。


 貸してくれたハンカチはグッショリと濡れていて、もはや湿っているとはとてもいえなくて、泣いたことよりもそっちの方が恥ずかしかった。


 祥子さんはもうとっくに終えて、他の出演者達の出番も終わってたので店内は和やかな雰囲気で、あちらこちらで誰がよかったあれが良かったと話す言葉が聞こえる。


「…でも泣いてしまうのもわかるよ」


 ポツリと彼が呟いた。 


 その表情はとても優しくて、ドキリとしてしまうほどに色っぽく。


「君はとても繊細なんだね」


「い、いいえ…そんなことは…」


 思わず顔を背けてしまう。 見つめていたらどんどん頬が紅潮していくかもしれないから。


「ねえ、このあとは…その…予定ってあるのかな?」


「えっ?ええっ!」


「い、いや…よかったら…色々と話を…なんて…さ」


 照れたように頭をかくその姿は私にも負けないくらい赤かったかもしれない。


「そ、それは…ど、どうなんでしょうか?」


「ええ…僕が聞いてるのにかい?」


 彼が苦笑するので、私も思わず苦笑してしまった。


 久遠…違った! 祥子さんはいつもステージの後でスタッフや共演者達と話してるから、いつも私が先に帰っている。 

 

 そりゃたまには一緒に帰ることもあるけれど、祥子さんの方が気を使って先に返っていいとは言われてるけれど…。


 逡巡する私が口を開きかけたその瞬間、


「ねえ…ちょっといいかしら?」


「えっ…?」


「えっ…うわっ、く、久遠?」


 そこには祥子さんが立っていた。


 どうしたんだろう? ステージの後はなんか恥ずかしいからさっさと帰れって言ってるのに。


「この子…借りるわよ?」


 そう言うと返事も聞かずに手を引いて私を連れて行こうとする。


「あっ!ちょっと…」


 なおも追いすがる彼に祥子さんはゆっくりと後ろを振り返り、そしてニッコリと笑顔を貼り付けながら、


「この子、私のものなの!ごめんなさいね」


「ふあっ?ちょ、ちょっと…祥子さん!」


 強引に店の外へ私を連れ出していってしまう。

 

 彼は呆気に取られたあと状況を察して肩を落とす。 


そして店を出るその瞬間、マスターが同情するような顔で彼の前へカクテルを置くのを私は見逃さなかった。


 

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