第4話 立てば竜胆、座れば百合、君見る姿はひなげしの④

ぺらりとページがめくられる。

次の文章へと移るその目線の先は、彼の手の中の本へ向けられている。


でも、いま、たしかにこちらを見た。


周りに無頓着で、別世界の住人のような高槻が、こちらを見た。

黒い瞳で、ちょっとだけ眦の下がった目で、私を見た。

心臓が一瞬跳ね、合わせて身体がビクつきガタリと机が音を鳴らす。


「どうした紅?居眠りか?」


「いいえ先生・・・えっと・・・落とした消しゴムを拾おうとしただけです。」


「そうか、なら次の説明に移るぞ」


私は、瞬時に頬が熱くなるのを感じた。

音がした途端、みんなの目線がこちらに集まったのだ。

なんだか居たたまれなくなった私は、咄嗟に嘘をつき、そして落としてないけど消しゴムを拾うような真似をして、姿勢を戻した。


そして、ちらりと高槻何某かを横目で見ると。

彼は、先ほどと変わらず本を読んでいる最中だった。

けれど、その唇は、僅かに、微かに笑みを携えていた。


なんだ、笑えるんじゃん。

不思議なやつ。


私は、不覚にも、なんでだかわかんないけど。

一瞬だけ、自分の心臓が高鳴る音を聞いた気がした。








立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。

かつて、私に愛を告白してきた男子が呟いた言葉だ。

まわりの影響でギャルみたいな装飾やら服装やらをしている私だが、普段からあまり喋らず、まわりのみんなが話しかけてくる話題に応えていることがほとんどだ。

自分から話す苦労を感じたこともない。

そして見た目に自信のある私のことが、男子界隈では花に例えられているらしい。

勝手なもので、このようなちゃらんぽらんな私の性格とは別に、さも高嶺の花で大和撫子のような扱いなのだそうだ。

そして、告白に応えられず振ってしまった私が、かの男子が呟いた例の私への評価をきいたとき、思ってしまったのだ。


なにそれウケる、と。



ぶっちゃけ、内心でないわーと笑っていた。

いや本当に、私自身が笏丈やら癇癪やらわからんけど牡丹とか百合みたいって花に例えられても嬉しくねーのなんのって話。

なんせ私は名前にコンプレックスがあるくらいだ。

花に例えられて、喜ぶ性分じゃあない。

だって、見た目の話だよね。

だから、ウケるーって思った。

愛を告白しにきたのに、見た目で好きになりましたってね。

いや、見た目には自信があるけど、なんか違うんだよね。

私は、可愛い。

可愛いかも、なんて思わない。

生まれ持った容姿+生まれてきてからの努力=可愛い

なのだ。

もはや当然である。

だから、私が告白を振るのも当然だし、未だに彼氏ができたことがないのも必然なのだ。


そう、私は、恋愛の経験が、実はない。

自分の美への追求のあまり、乙女の青春を蔑ろにしているのだ。

いや、まぁ、うん。

人並みに女子ですから、彼氏は欲しい。

めっちゃ可愛い私をいつも見てくれて、褒めてくれて、努力を認められたい。

と、いう承認欲求もある。

ドキドキしたいし、愛したいし愛されたい。

と、いう性的欲求もある。


けれど、なんとなーくなのだ、結局のところ。

なんとなく、付き合いたい男性がいないのだ。

チャラーっとしたのから、陰気なオタクも含めて。

テレビに映る俳優やアイドルを見ても、かっこいいなーという感想しかない。


紅 百香という人間は、総評するとそんな人間なのだ。

なんとなく生きている。

なんとなく恋愛したい。

なんとなく、なんとかしてる。

強いて言えば容姿端麗才気煥発が座右の銘ってくらいの女子高生。

字面もかっこいいし気に入ってる。

容姿端麗才気煥発。

かっこいいよね。


そんな私だから、今日の出来事は、もう私の人生史最大級のショック的なサムシングなのだ。

地球に隕石が落ちて恐竜が死んだ的な。

仏陀が天上天下唯我独尊と唱えて産まれた的な。

アインシュタインが相対性理論を確立した的な。

それくらいのインパクトだ。


なんせ、この私の容姿で、今までなんども男から、それも多種多様な男から愛を告げられてきた私が。

そんな私が!

あろうことにも!

クラスというか学校でハブられて孤立してる高槻何某かに!

理由もなくドキッときてしまった!!

根拠もなく高鳴ってしまった!!!

一瞬だけども、たしかに、彼を意識した!!!!


宇宙誕生をもたらしたビッグベンのような!

※ビッグバンです。

と自分にノリツッコミすら辞さないほどの衝撃であった。


あ、ちなみに今の私は先ほどの授業後の休み時間で女子トイレにこもって一人会議しているところである。


というか、私の認識では高槻君の下の名前すら怪しい。

太一かな。

いやでも祥平だったかも。

しょーくん?

でも、なんとかいち、のはずなんだけど、なんだっけなぁ。


なんだろう、このモヤモヤした感じ。

すごい気になってきた。

ていうかいつもなんの本読んでるんだろ。

あとほぼ毎日遅刻してくるのもどうなの。

さっき目があったよね、間違い無いよね。


気になる。













気になるぞ。











気になるーーーーーー!!!







私は立ち上がり、個室をあけ、自分の教室へと戻る。

彼もいるだろう、教室へと。

これはもう、一度話してみるしか無い。

人間、何回か話してみれば色々とわかるもんだ。

私のどこが好きなの、とか。

私のどういうところが好きなの、とか。

だいたい見た目なんだけどさ!

そんなわけで教室に戻り、


「あ、ももちんどこ行ってたの?」


声をかけられるのも無視して、


「おーいももかぁ、次の授業の準備したら?」


彼の元へと近づき、


「「っておいおいおいおいおい!」」.


高槻何某やらの机に、バン!っと音を立てて両手をつき、


「ん、どうしたのかな、紅さん?」


「ちょっとあんた、付き合いなさいよ」


「え、いや、普通に無理だけど」






・ ・ ・







「「「「「えぇーーー!?!?!?(私含む)」」」」」



なぜか私は人生初の失恋をした



ことになった。




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