第1話 立てば竜胆、座れば百合、君見る姿はひなげしの①

「ももちん、おっはよー!」


「あ、おはよ、今日も元気だね」


「おっす、ももか!なんか今朝はイケてんじゃん」


「おいそれ昨日も聞いた」


「ももかちゃん、おはよう!」


「はよーっす」


紅 百香。


それが私の名前だ。

母が私を産む時、念願の娘の出産に喜び、こんな可愛らしい名前をつけてくださりやがった。

名前の由来は、百日紅、サルスベリからだ。

この花を、母はいたく気に入っている。

嫁入りした先の、つまり父の姓も鑑み、娘が生まれた暁にはと決めていたらしい。

たとえ姓名判断が悪かろうとこの名前にすると。


・・・いや名前目当ての結婚ではないらしい。

そこはフォローしておこう。

夫婦仲はとてもいいし。

父は当初この名付けに反対していた。

しかし、初子の出産で大量出血を起こし死に瀕しながらも乗り越えた母に思うところがあったそうな。

待望の娘を「はじめましてももかちゃん」と言いながら抱き迎える姿に感銘し、妻の好きにさせたそうな。


私はこの話を聞いた時、内心、ざけんじゃねーばっきゃろー!そこは男らしく神社で祈祷やらハンコ屋で姓名判断しながらちゃんと名前をつけろってんだ男親だろべらんめぇざけんなちくしょー!

と、思った。

非常に遺憾だ。


なぜなら。

私はいわゆるギャル系の見た目なのだ。

別にギャルを目指したとか、なりたかったわけじゃない。

人付き合いの結果といえる。

周りの女友達の流行りとか。

友達の彼氏とかみたいな男たちに求められる服装とか。

そういうのがギャルっぽかっただけだ。


今だって、教室内のそんな級友たちに私の周りは囲われている。

女の子はみんなキラキラしたメイクで化粧し、男はなにやらワックスなどで整髪した髪をいじくりまわしている。

朝早くから学校に登校するのに、メイクの時間考えたらかなり早起きだよね。


そんな華やかな世界に住む私にとっての最も大きなコンプレックスが名前だった。

や、可愛すぎるだろと。

雰囲気に合わないってと。

キャバ嬢の源氏名かなんか?と、前に年上のお兄さんたち(友達の彼氏)に揶揄されたことすらある。

だから、私は自分の名があまり好きではない。


さて、そんな自分語りはさておき、教室もまばらに生徒たちが登校を終え、始業のベル五分前といったところだった。


「ねね、ももちん、今朝のニュースみた??しょーくんめちゃカワいくなかった!?」


「あぁ、早朝ニュースに出るアイドルの彼ね、ほんと好きねー・・・あたしはそんな早く起きないから見てないよ」


「ガチ?それガチで言ってる!?あんなにかわゆすなしょーくんなかなかみれんよ!?!?」


「あーはいはいわかったわかった、わかりました。どうせ録画してんしょ?今度見せてよ」


「さっすがももちんわかってるぅ〜♡もう激ヤバだから今日の放課後あけといてねん」


「ばっかおめー!今日はももかちゃんとみんな誘ってカラオケ行こうって昨日メールしただろ!?なぁ頼むよ別クラスのやつ誘ってんだからまた今度にしてくれよぉ」


「はぁ?なんであんたみたいなリアルチャラ男の為にももちんが時間使わなきゃなんないのよ!今日はしょーくんみるの!」


「えー、今度あそこ、例の男子校のイケメン共紹介したろーって思ってたのによー。しかもお前さんの好きなしょーくん似のイケメンもいるぜ?」


「・・・それマジ?リアルガチ?」


「ガチ」


「・・・カラオケいこーー!!!!」


とまぁ、毎日こんな具合だ。

なぜか私の周りにみんな集まって楽しくワイワイしている。

不思議と、いつも私が中心だった。

この輪の中にいるだけで、なんとなく楽しい。

そんな今の生活に、結構私は充実感を得ている。


-ガラガラガラ


と、教室前方の扉が開き、担任が入ってきた。

時計を見ると、もう朝のホームルームの時間だった。


「おーいみんな座れー」


先生が一言言うと、みんなして、はーいといい返事をして自分の席に戻っていく。

基本、進学校であるのもあって真面目な生徒が多い校風であり、しかしながら珍しく校則は緩く見た目にや服装に厳しくはない。

いまだって、みんなガヤガヤとそこらじゅうで話がされている。

私は最近伸ばしはじめた自慢の髪を左手の先でくるくる回しながら、先生の話を聞く。


「今日の欠席は・・・ん、高槻が来てないな」


その途端である。

教室は静寂に包まれた。


「だれか高槻が休むとかって話を聞いていないか?」


先生の言葉に、だれも反応しない。


「んー・・・休みかな、後で電話してみるか」


-ガラガラガラ


沈黙が降りる中、教室後方の扉が開く。


「・・・遅れてすみません」


それは、よく通る声だった。

静寂に響く、少し高めの声だ。

私は、ちらりと遅刻者に目だけを向ける。


「高槻ー、おまえさんまた遅刻かー。もう少し早く家を出なさい」


「すみませんでした」


彼はもう一言謝ると、窓際後方の自席に着いた。

あんまり悪いことしてるって感じのない言い方だった。


「さて、再来週から期末テストに入るわけだがー」


そんな高槻の様子に、先生はなにも言わない。

この学校は、いわゆる実力主義的な進学校で、成績さえ良ければあまり生活態度に言及はされない。

私が制服を着崩して化粧してるのもそれが理由にある。

私の場合はナチュラルメイクしかしていないが。

高槻何某やらは席に着くと鞄から菓子パンを取り出し、ホームルームにも関わらず食べ始めた。

呆れた男である。

マイペースが服を着ているような存在かもしれない。

途端に教室中がヒソヒソ声で満たされ始める。

大体が、彼を非難する言葉だ。

しかし彼はそれらが聞こえているだろうが、我関せずといった感じだろうか。

むしろ快活に朝食を貪っていた。


私はそれを、なんだかなぁーって思いながら横目で観察していたが。

ま、いっかといつも通りと思うことにした。

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