第4話 魔女の巣窟

 如月高校には千年桜と呼ばれる大きな桜がある。

 なんでも、この下で告白をすると思いが結ばれるという、な御伽噺がまことしやかに囁かれている。

 しかし、美影はそんなものには目もくれずに、その脇にある生垣をの一角を探り出した。

「まさか、その建物ってこの奥にあるの?」

「えぇ」

 首にかかった鍵を胸元から取り出す。

 それは、今時のようなギザギザしたデザインではなく、昔からあるような平たくシンプルなデザインの鍵で、持ち手の部分は四つ葉のクローバーの意匠と手が込んである。


「その鍵は?」

「この先の寮の鍵よ」

 しかし、目の前にあるのは鬱蒼と茂る生垣のみで鍵穴のようなものは見当たらない。

 デザインから考えれば、例の古墳のような形の鍵穴がどこかにあるはずなのだが……。


「鍵穴なんて探しちゃダメよ」

「なんだって?」

 その質問に答えるより早く、鍵を垂らして軽く一回振り子のように揺らす。


「閉ざされし扉よ、迷いし我らに道を示さん」


 その言葉と同時に生垣に一点の孔が開く。

 その穴は徐々に拡大して人一人がなんとか通れるほどのサイズにまでになる。

「こんなモンがあるなんて知らなかった」

「うまく隠れてるでしょ」

 自慢げに語る美影だったが、一応ここは県立高校であるはずなのだが……哀しいかな、それを正しく指摘できるような一般人は存在しない。

「ス、スゴイな」

 思わず見せたその反応に引っかかるものを感じたのか、美影は面白くなさそうに口を尖らせる。

「なによ。魔法を初めて見た時よりも感動してない?」

 言葉の中に「"私の"魔法」とつけなかったのは理性が邪魔をしたせいなのか。

 瑞池も「そんなことないと思うけど」ととりあえず誤魔化したが、彼の眼前に広がっている不思議は、今まで見た魔法とは明らかに違う。

 以前見たのは暴力的なまでに強大な力と力のぶつかり合い。不思議には違いないが、それが起こす力は荒々しい。

 引き起こされる破壊けっかを見れば、沸き立つ感情は恐怖や警戒心で不思議を楽しむ余韻なんぞは残されていなかった。

 しかし、この不思議は同じ魔力ちからが引き起こしているとは思えない。

 不思議な規模は今まで見たどれよりも小さい。しかし、それを補って余りあるほどに優雅で美しい。


 この夏休みで不思議なんぞ見飽きたと思っていたが、魔法の持つ奥深さというものを思い知らされた。

「まぁ、言わんとしてることは分かるけどね」

 その声がさらに不機嫌に聞こえたのは、気のせいだけではないだろう。

「えっと、気を悪くしたかな?」

「別に。こと闘いになれば、優雅さなんて役に立たないからね。

 実戦用に鍛えられた日本刀に余計な装飾がされていないのと同じように、私達の魔法からはそう言った無駄は切り捨てられているのよ」


 切り捨てた、とのその言葉に息を呑む。

 その言葉と覚悟の重さを忘れていた。

「ごめん。そんなつもりで言った訳じゃないんだけど……」

「謝らないで。余計に惨めになるだけだから」

 そこまで言ってため息を一つ。そして、謝罪の言葉を漏らした。

「こっちこそごめんなさい。魔法の優雅さを削ぎ落としたのは私自身なんだから、アンタにそう評されたことで気を悪くしてたら世話ないわ」

 瑞池は知らない。

 彼女が何のために闘うのか。

 でも、それでも夏休みの短い交流の中でも、なにかしらの強い理由があると言うことを朧げながらも理解している。

 そして、そのために何かを断ち切ったと言うことも。

「いや、でも、うん。美影さんの魔法は綺麗だと思うよ」

 だからこそ、同時に自分自身を強く否定する彼女も見ていられなかった。

 何故かは答えられないが、そう思ってしまったのだ。

「慣れない世辞はよして」

 言葉に真剣味は足りなかったのか、それともタイミングが悪かったのか、余計に機嫌が目に見えて悪くなる。彼女を前にして、瑞池は意地になって更に強く言葉を続ける。

「いや、美影さんの魔力の光はすごく綺麗だし、魔道具の動きがしなやだったというか……」

「だからやめてって……」

 こうなると、それは良くない連鎖になる。どちらも感情のままに言葉を紡いでいる。そして、どちらにも相手の言葉を否定する決め手がないために終わることはない。

 そろそろ互いの感情がピークになりそうな頃のことである。

「それに美影さんもすごい美人だしさ」

「へ!?」

 流石に面と向かってそんなこと言われたことないのか、先ほどよりも言葉に力がない。

 予想だにしなかった言葉が出たためか、美影は目に見えて怯んでいる。

 そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、気持ちが高ぶっていた瑞池は言葉を連ねた。

「視線は凛々しいし、目鼻立ちはくっきりしてるし、肌もきめ細やかだし」

「ちょっと、アンタ」

「あとは、動きがどことなく上品だし……」

「だからやめい!」

 黙っていられなかったのか、割と全力で頭をはたく。「強化」の魔法こそ込められていないが、力は結構込められていた。照れ隠しがほぼ十割なのは間違いない。

 一方、本当に素直な意見を述べただけの瑞池は殴られた頭をさすり、何故自分がはたかれたのかもわからないまま「何すんのさ」と訴える。

 その邪気がない顔を見ていて、文句の言葉が引っ込んだのか、「恥ずかしいからやめなさいよ」と絞り出すにとどまった。

 そこまで言われても、やっぱりわかっていない瑞池は「素直な意見なんだけど……」と納得していない様子だった。

「くだらないこと言うんじゃない!」

 まさか本当に説明するわけにはいかないので、強引に左手を掴んで寮に繋がる穴に引き込む。

 こう言うことはサッサと打ち切るに限る。


 ※


 古びた洋館、と言う言葉がしっくりくる外観である。

 赤か塗られた屋根に白く塗られた壁。

 日本人が頭に浮かぶ洋館とは大方こう言ったものではないかと、瑞池は思う。

 しかし、「古びた」と言ってもそれは決して不潔だとかボロいと言ったようなマイナスの印象はなく、古いが故に持つ貴さが漂うのがわかる。

「何つーか。雰囲気あるよね」

 少なくとも数十年はこの土地に腰を据えていたのであろうことは感じ取れる。手入れが行き届き、丁寧に使われていることも、そこかしこから伝わってくる。

 そんな瑞池の様子を見て「気に入ったみたいね」と、声をかけられた。

「ここって電気とか水道は通ってんの?」

 魔法使いの家、というとどうも山小屋で中世の暮らしをしているイメージを瑞池があった。

 竃での煮炊きにタライでの洗濯などの妄想が駆け巡っていたが、美影は一笑する。

「そこは大丈夫。なんだかんだでも現代日本よ。

 光回線も含めた各種インフラは整ってるわ」

「ええー」

 今日からここで住むので、あまりにも不便なのは困るのであるが、せっかく洋館に住むのだからそれなりの生活というヤツは多少期待していたのは事実。

「あのね、電気もネットもない生活なんてなかなかに辛いものよ。テレビや冷蔵庫は使えないし、ネットがないと情報から取り残される」

 つまりは美影が実証済みということ。

 そこまで言われれば、瑞池も口を挟むことはできない。


「ところで他のメンバーは? 遊びにでも言ってるの?」

「え? いないけど」

 ギョツとして向き直る。しかし、ふと思い直す。

(あぁ、なるほど。出払っている、という意味でいいんだよね。いや、同年代の男女が同じ屋根の下で過ごすとか、やはり世間体に問題が……)

「そもそも学内奉仕部は私一人なんだから」

「……」

 聞き間違いなのか、と自分に問おうとしてやめた。

 竜が取り憑いたせいかどうかは知らないが、夏休み前と比べると視力も聴力もかなり鋭敏になっている。聞き間違いで自分を誤魔化すのは厳しい。

「ちょっと待ってくれ」

 聞き間違いでないとするならば、それは非常に由々しき問題となる。

「それは、つまり二人っきりと言うことかな?」

 先に述べた「年頃の男女が〜〜」とやらもマズイが、何よりこんなの二人きりで檻に閉じ込められるというのもかなりマズイ。

(なんかあったら逃げらんねーじゃん!)

 それは、命の危機と呼んで差支えがない。

「何か言った?」

「いえ、別に」

 心の声でも読まれたのか、あるいは顔に出ていたのか?

「心配しなくても、そっちがなにもしなかったら、私から何もしないわ」

 何か、とは何のことなのか。

 それを聞くのがとても怖かった。

「ところで、これからのことですが、まずは食事にして落ち着いてから話しましょうか」

 思えば時間も、十八時を少し曲がったところである。

 瑞池も急展開が続いたせいで忘れていたが、空腹感がかなり辛くなら始めていた。

 美影は立ち上がってどこから取り出したのか、エプロンを身につける。

「有りあわせだけど文句言わないでね」

「え? 料理できるの?」

 その反応は彼の気に障ったのか、目尻を吊り上げ、「出来ちゃマズイの?」などと不穏を振りまきながら口にした。

 先程から、ふとしたことで美影の機嫌を損ね続けていることに、これからの生活に不安を感じずにはいられない瑞池である。

「いや、結構意外だと言うか……」

「ひょっとして、何でもかんでも使い魔にさせたり、魔法一つで終わらせているイメージとかある?」

 その言葉に「うん」と素直に首肯する。

 見かねたように美影は露骨にため息をつく。

「あのね。魔法はそこまで全能じゃないわよ。

 魔法だけで生活する魔法使いなんて特例中の特例だから」

 なるほど、言われてみれば確かにユーカリともメルアドを交換もしたし、彼女もネットがないと困るとも言っている。

「私が憧れた魔法使いはその辺にも理解があったしね」

「美影さんが憧れた魔法使い?」

「まぁ、その辺は食事の時にでもーー」

 話の続きは気にはなったが、空腹感が強いこともあり、一先ずは彼女に夕飯を作ってもらうことにした。


 ※


 出てきた料理は、我ながら素晴らしい出来だと思う。

 それが自惚れでないことは、瑞池の食べた時の反応をみれば証明には十分である。

「いやー、人間何かしらの取り柄があるもんだ」

 かなり失礼な反応であったが、美影は機嫌が良かったため、見逃すことにする。次に言ったら容赦はしないが。

「魔法だけが優れていれば優れた魔法使いにはなれても、優れた人間にはなれない」

「どうしたの?」

「私が憧れた魔法使いに教わった言葉。いわばモットーってやつかな」

 夕食の時に話す、と言っていたのを、思い出したのか。俄然、興味を見せる瑞池が口を開く。

「美影さんが憧れた魔法使いってどんな人なんだ?」

 その質問に対して答えようとしたが、どこから口にするべきなのかを考える。それは口にできないことがあるわけではない。

 ただ、そうするくらいには昔のことで、彼女の信念に深く食い込みすぎていた、というだけのお話である。

 少し考えて、やはり時系列に沿って最初から話さなければならないだろうと思った。


「私ね。小さい頃は引っ込み思案で人見知りが激しいオドオドした子供だったの」

 その言葉を聞いて、瑞池は「え?」と驚いたように声をあげた。

 今の美影を見ていてもそれは信じられないという言葉は口から出ずとも、表情はそれを何ららも雄弁に語っている。

(ま、その通りなんだけどね)

 否定はしない。それは、誰よりも美影が分かっている。

 よく言えば大人しい、悪く言えば陰鬱。

 それは控えめに言っても、路傍の石のような存在の薄い少女だった。

 しかし、それは六歳の夏の日に大きく変わることになる。


「でも、そんなに凄い魔法使いなの? その人って」

「えぇ、古くからある錬金術の名家の出身よ。

 かつての、錬金術は失われてしまったけど、その魔法使いの血は絶えることなくつづいている。

 そのせいあってか、その秘められた資質は並のものではなかった」

 その言葉に首をかしげる。

「それって、なんか美影さんよりも凄そうに聞こえるけど」

「もちろんよ。魔導機関が『原石ローシュタイン』に相応しいと判断したほどの才能だからね」

「それは、なんか凄そう……」

 美影はすべての「原石」に会ったことなどないし、どのような基準で認定をしているのかもよくは知らない。

 しかし、魔導機関が「原石」と認定した魔法使いは普通の魔法使いとは一線を画する。

 否、その姿を見た魔法使いたちはほぼ例外なくこう口にする。ーー「次元が違う」。

 最強の魔法使いと言われたマダム=シークラや、現在の魔導機関の総帥もそうであると言われている。

 少なくとも、彼らと肩を並べるほどの才能に匹敵すると言える。


「まぁ、具体的に言うと、一回模擬戦をやったときは半径二キロを焦土に変えたほどだよ」

「それは凄いと言うかヤバいな!!」

 その反応も織り込み済みではある。しかし、だからこそ伝えたいことがある。

「でも、私としてはその才能や能力よりも精神をリスペクトしたいの」

「精神?」

 遠い夏の記憶。

 実家の屋敷の庭で一人で遊んでいた時に声をかけてきた時が最初だった。

「ハァイ。あなたが美影?」

 そう声をかかけてきたのは、三つか四つ年上の少女。

 背中まで伸ばした亜麻色の髪がとても印象的で、つばが傘のように広い麦わら帽子を被っていた。

 それは、まさにそのとき降り注いでいていた、燦々とした太陽のように眩しくて、暗いところに慣れていた彼女は、美影には眩しすぎた。

「……はい」

 なんとか振り絞ったその言葉に「そうかー」と気を悪くした様子もなく、ただ満面の笑顔を見せる。

 当時の美影の周りにはいないタイプの人間だった。

「なんで私なんかに優しくしてくれたの?」

 そんな風に聞いたとき、彼女はキョトンとして言った。

「そんなのは人間として当たり前のことでしょう。人に優しく、それが大切でしょう?」

 そのとき、その彼女のあり方は人として高潔でありながらも当たり前のこと。

 素直に体現した彼女を見て、美影は素直に思う。


 ーーあぁ、この人のようになりたい。


 それが、香坂美影という少女の原点であった。

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