第4話

私達の関係が変わった事によって、2人の接し方も少し変化していた。

「悠人君、ご飯食べよ」

まず、呼び方が名字から名前へと変化したこと。

昼食を一緒に食べるようになったこと。

「帰りにどこか寄ってかない?」

そして、登下校を共にすることになったこと。

たったこれだけの変化だが、犯された後とはまた別で、世界が違って見えた。

つまらなかった日々が、甘酸っぱくて、幸せな日々に変わったのだ。

だが、邪魔は突然に訪れた。

6月の半ばのある日、いつものように卯月君と一緒に校門をくぐり、下駄箱を開くと、一通の便箋が入っていた。

「これは…?」

下駄箱と便箋ときたら考えられるのはラブレターか果たし状のどちらかだが、そんなもの悩む必要もなかった。

その場で封を切り、中身を確認してみると、案の定その内容はラブレターだったのだから。

どうやら、3年の先輩に今日の放課後に体育館裏に呼び出されているらしいが、私に行く気などは全く無い。

「行くの…?」

なぜなら、悠人君の顔が曇ってしまうから。不安がってしまうから。

「いや、行かないよ」

私は恋人を安心させるために、とびきりの笑顔でそう答えた。


いつも通り彼と下校を共にし、別れ、駅へと向かう。

そこまではいつも通りだったのだ。

あの先輩が私の前に現れるまでは。

「葵衣ちゃん?なんで来てくれなかったんだよー!学校から出るとこ見えたからマッハで走ってきたんだけど!」

駅のホームで電車を待っていると、突然横から声をかけられた。

私が今一番会いたくない相手が側にいる。それだけで肌を掻き毟りたくなる程の嫌悪が湧き出てくる。

だが、どうにかしてその気持ちを押し殺して適当な話題を振る。

そして、先輩の話に適当な相槌をうって聞き流していた。

後ろを通ろうとする人影と遠くに見える電車の光である事を考えついた。

「俺さ、実は君のことが」

もう、我慢の限界だった。

誰かの肩が背負っていた鞄にぶつかり、私は前方へとバランスを崩した。

そう、ホームへと。

私の後ろを通ることは分かっていた。ぶつかる事も分かっていた。別に、ぶつかっただけで倒れる程私は軽くない。でも、どうしても、横にいる邪魔者を排除したかったのだ。

そう、殺したかった。殺したかったのだ。

例え命をチップにした賭けだったとしても。

倒れていく体も、スマホに夢中で私に気付かない人々も、迫り来る電車も、必死な顔で私の腕を引くアイツの顔も、ハッキリと、スローモーションになって見えた。

このままいけば2人とも無事に助かり、めでたしめでたしで終わるだろう。

でも、そんな事を私は認めない。

金属同士の摩擦音が駅構内に響き渡る中、アイツが引っ張る私の腕を私も線路の方へと強く引く。

私はホームへと戻り、アイツは線路へと落ちていく。

そのまま、アイツは電車とホームとの僅かな隙間に巻き込まれていった。

そこで、私の時は速度を上げた。

既に減速していながらもなお十分な速度を持った鉄の塊はアイツの体を引き裂いて進んでいった。

血が、ホームの縁に赤黒い一本の線を引いていた。

呆然としたまま、完全に停止した電車の先頭へと歩を進める。

肉の塊が落ちていた。肘から先の右腕が落ちていた。血溜まりに臓物が沈んでいた。アイツの体もあった。その身体には上半身が無かった。

ニヤケが止まらない。涙も止まらない。強く、強く握られた痕が腕から消えない。消えてくれない。

望んだ通りの結末。それなのに、その筈なのに!

なぜ私は心の底から喜べていないのだろう。泣いているのだろう。

何故、なぜ、ナゼ!

私は後悔しているのだろうか。

答えは出ないまま、意識は途切れ、膝から崩れ落ちた体は血溜まりに沈んだ。


聞き慣れたアラームの音で、私は意識を取り戻した。

目を開けると白い天井が視界いっぱいに広がっていて、消毒液の匂いが鼻につく。

ゆっくりとだが、自分が今どんな状況にあるのかを思い出してきた。

どうやら、私はあの後病院に搬送されたようだ。

自分以外誰もいない部屋を見渡してまず目に付いたのは先程から朝を知らせてくるスマホだった。

ロックを解除してみると、LINEにはおびただしい数の通知が入っていた。

慌ててアプリを開くと、入学式の日以降ほとんど使われていなかったクラスのグループがひどく賑わっていた。

しかし、私はグループの会話を全て無視して、彼の元へとメッセージを送っていた。

『無事です。午後から私の家で会えませんか?』

送信し終えるとナースコールに手を掛け、強くボタンを押し込んだ。


その後、数人の看護師さんを引き連れた医師が現れ、私の無事を確認し、警察関係者の人達からは辛いだろうけど、などと全く的外れな同情の念を送られた。

それからは、特に考えることもなく家に着き、玄関の前で彼の横顔を目にしたところで私の意識は微睡みのような状況から回復した。

「大丈夫、だったの…?」

不安げに問いかけてくるが、流石に病衣のままで話すわけにもいかなかった。

「とりあえず、中で話さない?」

彼を中に入れると、靴も脱がずにその胸へと抱きつき、耳元でこの事件の真実を囁き始めた。

「実はね、私が殺したんだ」

「え?」

「殺したの。存在が邪魔だったから」

「な、なんで…?そんなの、おかしいよ、絶対!」

そんな言葉を吐いても、私の独白に彼は口を噤んだ。

「私がおかしくなってるのは分かってる。

分かってる、分かってるよ。

でも、君に襲われてから、犯されてから、君の顔が頭にこびりついて離れないの。

あなたが私を欲したように、今の私はあなただけを欲しているの。

だから、私とあなたの間に入ってくる存在がどうしても許せないの。

あなたが私をこうしたんだよ?

でも、別にいいと思ってるんだ。だって」

彼の耳元に、そっと囁いた。

「責任、とってくれるんだよね」

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