第3話
それは突然の出来事だった。
卯月くんの服にわざとコーヒーをかけ、お風呂に入れているうちに、着替えには私の持っている中でもとびきり可愛いらしい、ネットでは童貞を殺す服なんて記事を書かれたりしていた服を用意おいたのだ。
すると、その服を着ながら顔を羞恥に染め、涙ぐんでいて本当に女の子みたいな反応をしながらリビングに出てきた。
その反応に加虐心がくすぐられ、つい写真を撮った瞬間に彼は行動を起こした。
彼は私の事をベッドに押し倒したのだ。
「卯月君…? あの、ゴメン、怒っちゃった?」
圧倒的優位から貞操の危機という突然過ぎる立場の変化に頭がうまく働いてくれない。
感情の中には少なからず恐怖はあった。しかし、それ以上に興奮が優ってしまっていたからだ。
少なからず好意を寄せている相手から押し倒される。
普通の人ならその人を軽蔑してしまうような状況。
そんな緊急事態の中にいるのに、これからどうなってしまうのか、彼からどんな仕打ちを受けるのか、思い浮かんできたのはそんな想像だけだった。
「うるさい、黙れ…!」
いつもならつい女の子間違えてしまいそうな可憐な顔立ちだが、今、この瞬間にはその表現は相応しくなかった。
彼はしっかりと雄の顔をしていたのだ。
そして、彼は問答無用で私の唇を奪った。
獣のように荒々しく、自己を満たすために尊厳を蹂躙するかのようなひどく激しい接吻。
「う、ん… ちゅ、んあ…」
抵抗を試みるも、ガッチリと抱え込まれていて身動きがとれない。
だが、理由はそれだけじゃないと私は既に気付いている。
だが、それを認めたくない。
理性の鎖は大き過ぎる興奮により徐々に緩み始め、本能を繋ぎ止めるにはあまりにも脆弱だった。
最初は抵抗の真似事のような事をしていたが、時が経つにつれ徐々にその力は弱まっていく。
最終的には彼を味わう事しか考えることができず、自分から彼を求めていた。
そうして私は彼と身体を重ねながら眠りへと誘われていった。
きっと、ここで私は壊れてしまったのだろう。
翌朝、目を覚ますとシーツは血に染まり、生まれたままの姿の身体はどこか汗臭かった。
そして、彼の姿もこの部屋にはなかった。
だけど、この部屋は私にとってとても幸せな空間に思える。
昨日の出来事を振り返れば胸の奥がジンと暖かくなる。
そう、昨日、私は、彼と、初めて、繋がった。
その事実が今は堪らなく嬉しい。
ああ、今から彼に会うのが楽しみで仕方がない。
でも、身体が汚れたまま会うのは女の子としてNGだから、お風呂に入ってから学校に行かなくては。
シャワーを浴び、軽く体を洗うと気分もサッパリとしてくる。
それよりも、困ったことにさっきからニヤケが止まらなくなってきている。
これでは私は気持ち悪い女認定されてしまう!
マスクでも付けていくか…
そんな適当な理由でマスクをつけてから私は家を出た。
暖かな気候と呼気の影響で湿ったマスクをつけながら通学路を歩いてゆく。
気づいたら彼の事を考えてしまい緩んでしまいそうになる頬を引き締めながら、彼の待つ教室へと向かった。
だが、
「えーっと、卯月は風邪で今日は休みらしい。こんな時期にも風邪ってあるんだな。みんなも注意するよーに」
朝のSHRでそう聞かされた時、落胆を感じた。
そして自然と言葉が出た。
「逃がさないから」
そう零れ出た一言は誰にも聞かれる事もなく空間へと溶けていった。
それからの授業は酷く退屈だった。
興味のない単元を、面白味のない教師が、ありがたくもない講釈をただただ垂れ流しにするだけの時間。
そんな時間は、すぐにでも彼の元へと向かいたい私にとっては無意味で無価値で不必要な時間だった。
徐々に自制が効かなくなってくる。
早く彼に会いたい。彼と話したい。彼に触れたい。彼と愛し合いたい。
そんな欲望がふつふつと、湧き出てくる。
もう、我慢などできない。
「先生、気分が悪いので早退します」
そう申告すると、すんなりと受け入れられ、私は早退する事が出来た。
日頃の生活では優等生と言われる部類に分類されるような振る舞いをしてきたことに今初めて感謝したかもしれない。
校門を出ると、彼の家へと駆け足で向かう。
今日休んだということは、きっと私に対してかなり負い目を感じているのだろう。
通報されたらどうしようなんて事を悩んでいるのだろうか?
そんな時に怯えている対象が自分に会いに来たら彼はどんな表情を見せてくれるのだろうか?
ああ、またニヤケが止まらなくなってきた。
彼について考えているとあっという間に時間が過ぎてしまう。
さっき走り出したばかりなのに、もう彼の家の前へと着いてしまった。
マスクを外し、乱れてしまった髪と息を整え、インターフォンへと手を伸ばす。
チャイムの音を聴きながら少し待っていると、彼は無防備な姿で顔を出した。
「はい、どちらさ…」
私の顔を目にした瞬間、言葉は切れ、「サーッ」なんていう効果音がしそうな程に、見るからに顔から血の気が引いていった。
「こんにちは、レイプ魔君。風邪は大丈夫?」
そんな彼に、私は満面の意味でそう言い放った。
「本当に、すみませんでした…!」
リビングへと迎えられ、ソファーに座ると、彼は開口一番に謝罪をしてきた。
フローリングに頭を擦り付けながら、何度も、何度も、謝罪を繰り返す。
「あの時の僕は本当にどうかしていた。君が僕に何をしたかなんて事関係無しに、実際僕は君の事を傷つけてしまった。何をどう詫びれば良いか分からないけど、僕の持てる全てを持って償うつもりです…!」
軽く泣きそうになっているその情けない姿にまたイジメたくなってくる。
だから、少しだけ。
「あのね、泣いて良いのは私であって君じゃないんだよ?君は加害者で私は被害者。分かるかな?」
「はい、分かってます…」
いちいち私の心を刺激する弱々しさ。
これだからこの人は魅力的なのだ。
「あと、もっと短くできるでしょ?言いたい事はそんな事じゃなくて、もっと本質的な事を言おうよ」
君の考えてる事なんてお見通しだよ、なんて風に聞こえるように本音を引き出していく。
「あの、えっと、何でもするので警察沙汰にしないでください…!」
願うように、祈るように、喉の奥から絞り出した絞り出された声が発せられる。
「別に良いですよ?」
「…えっ? 」
否定されると予想していたのか、あっけらかんとした私の返答に声が漏れ出た。
「了承しました。問題無い。そう言ったの」
「えっと、本当ですか?」
「うん、本当だよ」
ソファーから立ち上がり、明るい顔になった彼の後ろへゆっくりと回り込んだ。
そして、彼の背へと抱きつき、耳元で囁く。
「ねえ、責任とって、くれますよね?」
「え?」
急に抱きつかれて驚くも、抵抗する間も無く囁かれた一言で彼は動きを止めた。
「私、とっても痛かったんですよ?何度も抵抗していたのに、卯月君はやめてくれなかったですよね。その事についてはどう思いますか?」
「えっと…」
「処女だと思っていたのに違かった、と見放されてしまったらどうしましょうか?」
「あの…」
「ああ、きっと私の未来には暗雲が立ち込めている事でしょう…」
「あの!」
「はい、何でしょうか?」
芝居掛かった口調で遠回しに自分を責められるのに耐えかねたのか、あっさりと私が何を望んでいるのか理解してくれたらしい。
「僕に、責任をとらせてくれませんか?」
「はい、喜んで」
こうして、私達の関係は加害者と被害者から恋人同士へと変化した。
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