第2話
「付き合ってくれない?」
「え?え…?」
新たな学校、クラス、友人にも慣れてきた4月の終わりのある日の放課後。
眩しい夕日のさす2人きりの教室で彼と談笑を交わしていた私は、何気ない会話の中に爆弾を投下した。
すると、先程までにこやかだった彼の顔はピシリと固まり、すぐに耳と頬が朱色に染まった。
「それはどう言う意味での『付き合って』ですか?」
「だから、ラノベを買うから日曜日に付き合ってくれないかな?」
先日借りたラノベのワンシーンで、主人公が言葉の意味を勘違いしているのを目にしたので、やりたくなってしまったのだ。
「何に付き合うと思ったのかな?」
ニヤニヤという表現が似合うようなそんな笑みを浮かべながら聞き返すと、湯気が出そうなほど顔を火照らせていた。
「いや、同じシチュエーションだなって思っただけだから!じゃあ、僕帰るね!」
そう言いながら逃げ出そうと荷物を準備する腕を慌てて掴む。
「待って、まだ返事聞いてない!」
「返事って、本気だったの?」
「うん。勿論、本気だよ。駄目、かな…?」
「お、お願いします!」
そう言い残すと、彼は脱兎の如く逃げ出していった。
本当にウサギみたいだな…
彼の靴の音が完全に聞こえなくなると、私は顔を手で覆いしゃがみ込んだ。
恥ずかしい!すっごく恥ずかしい!
やってみたいなとは思ったけどさ!別に、私はラノベのヒロインみたいにクールなキャラでも小悪魔キャラでもないもん!
確かに読んでた時は凄いと思ったけどさ!でもやっぱり恥ずかしいんだよ!
日曜日になり、デート(私が思っているだけ)当日となった。
私は今、心踊らせながら待ち合わせ場所へと歩いている。訳ではなく、一昨日やってしまったあの小悪魔が如き言い草を後悔していた。
今思い返しても顔から火が出るほどの恥ずかしさだよ…
もう少し良い誘い方があったのではないかと悩んでも、妙案は浮かんでこなかった。
悶々としながら歩いているとあることに気づく。
あれ?ここさっきも通らなかったっけ?
嫌な汗が背中を伝う。
慌ててスマホに目を向けると『1:58』と表示されていた。
ヤバイヤバイヤバイ!
待ち合わせまであと2分、現在地は不明。
どうしようもなくなった私は諦め、彼へとメッセージを送った。
「お待たせ」
連絡を済ませ壁に寄り掛かっている私の前に彼は現れた。
「あの、ごめんね。私、方向音痴なんだ…」
申し訳ないという気持ちしか湧かないので素直に白状すると、吹き出してしまったが、それで迷ったことはチャラということになった。
「それじゃあ、行こうか」
「あ、あの!私の服装を見て、何か思わない?」
何も言わず行ってしまいそうになるのをどうにか制止し、感想を求める。
昨日の夜に1時間近くも悩んだ服装にノーコメントでは流石に傷ついてしまう。
「え、えっと、いつもの制服と違って、華やかって言うか、凄く新鮮です!」
頬を赤らめ、まごつきながらもしっかりと感想を言ってくれたので、どこか報われた気がした。
「じゃあ、今度こそ行こうか」
お昼過ぎということもあり、電車に乗る人数も少なくスムーズに電車に乗ることができた。
「お昼ってもう食べた?」
「一応少し摘んできたけど、食べてないなら食べれるよ」
「食べてきたから大丈夫だよ。それより、後で何か甘いものでも食べない?甘いのって平気?」
「むしろ甘ったるいぐらいが好きだな」
たわいもない会話にいちいちドギマギしながらも繰り返していると目的の駅へと到着した。
電車から降りると、先程までの蒸し暑さも和らぎ、春らしい、暖かく過ごしやすい空気が辺りを満たしていた。
駅前の広場では、残り少ない桜の花は青々とした葉によってなりを潜め、石畳の上には桃色の絨毯が出来上がっている。
「春ももうそろそろ終わりかなぁ…」
春の終わりがすぐそこに迫っている事を教えてくれるような桜の姿に、寂しいような、でも楽しみなような、そんな気分になっ
「あと1ヶ月もすれば汗ばむ季節だしね」
本当にオタクなのか疑いたくなるような爽やかな返答は中身が変わったのかと思う程だったが顔を火照らせている事から照れていると容易く判断できた。
「それより、どこに行きたいの?分かる場所なら案内するけど」
「アニメイトって場所なんですけど、分かる?」
「うん。メイトだったらたまに来るから大丈夫だよ」
歩くこと数分、お目当ての青い看板が見えてきた。
「オススメ、教えてね」
私達は意気揚々とその建物へと足を踏み入れた。
「こんなところかな?」
彼のオススメと私の好みが合うものを探していると、時間はあっという間に過ぎていて、建物に入ってから1時間程経っていた。
色々とカゴに入れたのだが、その中でも一番気になっているのは、死んでしまった主人公が乙女ゲームの世界へと転生して、一癖も二癖もある令嬢として新たな生を謳歌するというお話だった。
「それじゃあ、買ってきますね」
そう言ってレジでお会計を済ませるが、その総額はなんと5桁に届き、本の重みの代償に財布はかなり軽くなってしまった。
受け取った本は先程までより一層重くなったように感じる。
「思いでしょ?僕が持つよ」
これでも男だから、と優しく声を掛けてくれたので試しに渡してみると「うっ!」なんて声を出してしまい、笑わずにはいられなかった。
「さっきからずっと立ちっぱなしだったし、どこかで休憩しない?時間があったらで良いんだけどさ」
「今日はかなり遅くても大丈夫だから、行きたいところがまだあるなら付き合うよ」
「それなら…」
それから私達は映画を見て、道に迷いながらもどうにか喫茶店に到着し、感想を言い合う。
何を話したかするあまり覚えていない。
でも、どうでもよくて、他愛ない、だけどとても楽しい時間だったことは覚えている。
「そろそろ帰ろうか。もう暗くなってきたし、送るよ」
「大丈夫だよ。そこまで心配されるほど抜けてないから」
「いや、荒木さんが夜道を彷徨っている姿が容易に想像できてしまったので送ります」
「お願いします…」
今日だけで2回も迷ってしまった私にはぐうの音も出ないほどの正論を振りかざされたので、渋々ながらお言葉に甘えることにした。
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