第1話

春の穏やかな気候によってつい眠ってしまいそうになる。

そんな日に私は高校生になった。

そして、私が彼と最初に出会ったのは入学式の朝、教室の中だった。

私が座席表を確認し、その場所へと向かうと、私の席には彼が読書をしながら座っていた。

中性的で整った顔立ちなのだが、長い前髪のせいで顔色を窺い知る事は難しい。

「すいません。そこ、私の席なんですけど…」

微笑ましいと思いながらも、ずっと立っているわけにもいかず、声をかけてみると、その反応にはとても心くすぐられた。

「え?あ、すいません…」

声をかけると肩を震わせ、まるで小動物のように急いでカバンを1つ後ろの席にズラしているその姿に可愛い。という思いが生まれ、私の胸は一際高鳴った。

まだ名も知らぬ彼の喜ぶ顔が見たい。好きなものをしりたい。自分のものにしたい、そんな一目惚れとは違う歪な感情が私の内に生まれた。

「あの、名前って、なんて言うの?」

気づいた時には口が勝手に動いていた。

ひどく興味を惹かれる、そう思っていた。それなのに。

「え…?あの、僕、ですよね?」

自分のことを指で示しながら不安げに聞き返すその姿は、まるで小動物のようで、長い前髪から覗くその瞳は怯えていた。

私はそこまで怖く見えたのだろうか…

臆病な彼に対しての好奇心は湯水のように湧いてくるのに、私は怖がられるばかりというのも少し堪える。

だから、今度は彼を安心させることができるように、怖がらせてしまわないように余裕をもった微笑みを浮かべた。

「うん。席も近いし、知っておいた方が良いかなって」

「あ、そうですね。僕は卯月悠人です。」

「卯月、卯月君ね。うん、覚えた。私は荒木葵衣、よろしくね」

態度だけでも兎っぽさは高かったのに、名前まで兎なんて、面白い…

そんな、少し失礼な事を考えてしまい笑ってしまっていると、彼は俯いてしまった。

あれ、もしかして、照れてるの…?

えっ、可愛い…

そうして2人揃って硬直していると、前方のドアを開け、体の太さが目立つ教師が入ってきた。

「皆さん、並んでください。もうそろそろ入学式が始まるので、大体育館に移動します」

この学校の長所やら、目指す生徒像やら、そんなどうでもいい長話を続ける校長を尻目に、私はただただ卯月君のことを眺めていた。

形式的な行事だからだろうか、隣の席の人と小声で話し出す者、眠ってしまっている者もいる中で、彼は背をピンと伸ばし続けている。

そうこうしているうちに式も終わり、私たちは教室へと歩いていく。

結局、彼が姿勢を崩すことはなかった。

教室に到着し、先生を待ってる間にクラスメイト達はそれぞれのグループを作り、それぞれの話題で盛り上がる中、彼は静かに読書をしていた。

ページをめくる音が鳴るたび、コロコロと表情を変えていく。

微笑んだり、驚いたり、悔しがったり、面白いように変わっていく顔色に、ますます興味は募っていく。

「ねえ、何読んでるの?」

とりあえず、話題になりそうな本の事から聞いてみた。

「えっと、僕の事、ですよね?」

「うん、そうだよ。朝もその本読んでたでしょ?」

朝話しかけた時と全く同じ反応が少し面白い。

「ライトノベル、ラノベって言うんだけど、分かるかな?」

「興味はあるんだよね。教えてくれない?」

興味があるのは君だけなんだけど、言わぬが花だね。

「別に良いけど、なんか意外だね。荒木さんってもっと大人っぽい文学小説とか読んでそうだもん」

「そうかな?面白いものは大体好きだよ」

下心は満々だけど、今言ったことは本当に思ってることだ。面白いものは面白い。当たり前だよね。

その後、私達はLINEを交換し、卯月君によるラノベ講座がその日の夜から始まった。

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