第11話フランケンシュタインの乙女外伝:さらば土方歳三 Ⅰ

●日仏対抗剣術試合

 

 「アラミスがんばれ!」

 「アグリッパ少尉補、頼むぞ、わがフランス陸軍の最後の砦」

 「ユッキィ、相手は手ごわそうだ、油断するな」

 味方の陣営から、口々に声援が飛んだ。

 わたしの名は、ユッキーナ・アグリッパ。十六世紀の大魔術師、コルネリウス・アグリッパの十代目の子孫を自称しているが、フランス陸軍では男装して、ユッキィ・アグリッパ少尉補を名乗っている。

 アラミスとはもちろん、デュマの『三銃士』の登場人物で、女と見まがう美貌の剣士。ここ、徳川幕府に派遣されたフランス軍事顧問団の中で、わたしに付けられたあだ名だった。

 神戸の幕府海軍教習所を借りて行われている、フランス軍人代表と日本のサムライ代表の剣の試合は、わがフランス側が四連続で負けてしまっている。ここでわたしが負けたら、全敗という不名誉な記録を作ってしまう。

 とはいえ、剣の腕前には自信があった。公称十八歳ということにしていて、十四、五の少年に間違われることもあるが、75年をだてに生きているわけではないのだから。

 相手の剣士を一目見て、油断するなというさっきの声援が腑に落ちた。

 スラリとした長身。目鼻立ちのくっきりした、日本人には珍しい美男子だけれど、物腰から達人の域に達していることが分かる。今までの四人の侍とくらべても、段違いの実力と思われた。

 「フランス代表、しんがりを務めるのは、陸軍少尉補ユッキィ・アグリッパ殿。ニッポン代表、同じくしんがりを務めるは、新選組副長、土方歳三殿」

 フランス人と日本人の立会人が、同時にそれぞれの母国語でアナウンスする。

 これが、音に聞く新選組の副長か。わたしは改めて相手の顔を見た。眉目秀麗な白い顔は、70年以上まえに別れたきりの、南ドイツ、インゴルシュタットの若き医学博士、ヴィクトール・フランケンシュタインを連想させる。

 相手はわたしを見ると、ちょっと驚いたような顔をした。次にいたましそうな表情を浮かべた。

 男装をしていると、たまに、こんな表情に出会うことがある。身長が178センチもあるので、女姿で18歳というと感嘆されることが多いが、男装するといたいけな美少年に見えてしまうらしい。

 が、次の瞬間、わたしの構えを見て、容易ならぬ相手と悟ったらしい。表情を引き締めた。


●わたしは人造人間第二号として生まれた


 わたしが生まれたのは、1792年のこと。南ドイツの大学町、インゴルシュタットにあったフランケンシュタイン研究所で、人造人間第二号として生を享けたのだった。

 第一号はモンスター。フランケンという名が後から付いたが、あの恐ろしげな巨体を思い浮かべると、モンスターという形容しか浮かんでこない。

 その見かけゆえに、どこにいっても恐怖の的になったフランケンは、自分と同じ人造人間の伴侶を作ってくれと、所長のヴィクトール・フランケンシュタイン博士に頼み込んだ。

 そうやって生まれたのが、このわたしだった。

 モンスターは狂喜し、「ミニヨン、俺の花嫁」と呼んで抱きしめようとした。ちなみにミニヨンとはわたしの最初の名で、フランス語で可愛い子チャン、といった意味だった。

 わたしは恐怖と嫌悪に圧倒され、巨体を思いっきり突き飛ばして研究所を脱走した。サーカス団の一員となってパリに身を潜めた。

 あとで知ったことだが、フランケンは、わたしに逃げられた腹いせに、ヴィクトールの婚約者、エリザベートとその小間使い姉弟を惨殺して、パリまで追ってきた。

 ヴィクトールも、人造人間創造の知恵袋、魔術師アグリッパを伴ってパリに出てきた。自分の手で生み出した殺人鬼を、自分の手で葬り去るために。

 ノートルダム大聖堂での対決の後、深手を負ったモンスターも、後を追うヴィクトールも、行方不明になった。わたしはアグリッパ先生に自分の出生の秘密を教えられ、そしてこれからどう生きて行ったらよいかも教わろうとした。

 ところが老魔術師は、三百年の寿命が尽きたといって、わたしの見るまにミイラになり、ちりに還ってしまった。

 「二世紀と十年の後に、ジパングという島国に、そなたと同じ、青みがかった銀色の短い髪、黒い瞳、人形のような顔をした、ひとりの少女が現れる。その少女、ユキ・ナガトに会うのじゃ」とだけ、言い残して。

 その後、70年以上にわたってヨーロッパの国々を転々としながら、ジパング、つまり日本へと渡航する機会をうかがった。当時、日本は鎖国中で、外国人が入国するのはたやすいことではなかった。

 それに、無理して早くから入り込んだとしても、身長178センチもある、フランス人形そっくりの、おまけにまったく齢を取らない少女が、どうやって目立たずに百年以上も、日本人の間で生きていったらいいのだろう。

 絶好の機会が、数年まえに訪れた。フランス政府が、開国したばかりの日本の徳川幕府政権に、軍事顧問団を送ることになったのだった。

 反幕府政権側に立つ薩摩長州に軍事的てこ入れを図っているイギリスへ対抗すべく、時の皇帝ナポレオン三世のアジア政策の一環だった。

 わたしは、十六歳の少年兵、ユッキィ・アグリッパとしてフランス陸軍に入り込み、いろいろ裏工作をして二年後になって、フランス軍事顧問団の少尉補として待望の日本へ来たのだった。


●新選組副長、土方歳三


 土方殿と打ち合って見て、あらためて日本剣法の強さの秘密がわかった。

 片手でもっぱら突きを狙うフランス式剣術にくらべ、両手で握って全身全霊を刀身に込めて打ちかかってくる。

 これまでの四組の試合では、いずれも竹刀で二の腕をしたたかに打たれてレイピアを取り落とし、フランス側が敗北している。

 けれども、ディフェンスには自信があった。

 蝶のように舞ってかわしつつ、隙をついてレイピアを繰り出す。

 「オオーッ」というどよめきが観客から起こった。

 きっとわれわれの闘いが、異次元の高みに達したと見えたことだろう。

 わたしとしても、これほどの使い手には、ヨーロッパで過ごした70年の間に巡り合ったことがない。

 結末は意外なかたちで訪れた。

 「ウリャーアッ」

 裂帛れっぱくの気合と共に打ち下ろされた竹刀を、上体を反らして辛うじて避けつつ、練習用レイピアの先端に付けたゴムの球を、相手の胸元めがけて突き出す。

 けれども、わずかに届かない。

 これまで、と思ったら、相手は何かにつまずきでもしたものか、バランスを失してどうっと倒れ込んできた。

 押し倒されるかたちで、わたしも尻餅をつく。

 「やめアルト!」

 「やめ!」

 フランス側と日本側の審判が、同時に声を出す。

 竹刀がわたしの肩を叩くと同時に、レイピアの先のゴムボールも土方殿の胸を突いていた。相打ちだった。

 一瞬、両手を地につけた土方殿と、仰向けになったわたしとは、至近距離で面と面とを突き合わせた。

 日本人にしては例外的に大きな漆黒の瞳に、わたしが映っていた。

 次の瞬間、土方殿の顔にさわやかな笑みが浮かんだ。

 「失礼いたした」

 言うと先に身を起こし、手を差し伸べる。

 自力でも起きられたが、好意に甘え、すがって身を起こす。

 「怪我はなかったか」

 「有難うメルシー、だいじょうぶ」

 見物人の間から盛大な拍手が上がる。

 「アグリッパ殿といったな、見事だ」

 「有難うメルシー、土方殿。あなたも」

 「感服つかまった。その若さでその腕前‥‥」

 と言いかけて、一瞬、はにかんだような表情を浮かべると、すこし顔を斜めに向け、思いきったように続けた。「そして、みめかたち。まるで西洋の絵にある天使だ‥‥」


 それが、土方歳三殿との出会いだった。

 

 

 


 

 


 

 

 

 

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