ドラゴン・スクール

@moga1212

第1話から第21話まで

大気汚染により住めなくなった地上。

地下施設での生活を余儀なくされた人間は、大気がキレイになるのを待った。

そして数年後、そろそろ頃合いだろ、と外に出た男は命を落とす。


 「……」


 野ぐそをするドラゴンと、目が合ってしまったのだ。







 人間がいない間に、地上をドラゴンに占拠されてしまった。 

このままではマズいと、人間はとある占い師に助けを求めた。


「あの、テツロウさん、占いの結果は……」


「やべえよやべえよ…… 神竜まで復活しちまうよやべえよ」


 このテツロウという占い師。

元々はタレントだったが、嫁がはまった占いに自分もはまってしまった。

趣味で始めた占いであったが、「エス〇ー伊藤が引退を撤回する」などと言った予言を次々的中させ、その才能を開花させた。

テツロウは、神竜復活しちまうやべえよ、を連呼し、じゃあどうしたらいんすか、との問いにこう答えた。


「ドラゴン退治の専門学校を作るしかないでしょ、分かるでしょ!」


 こうして、新〇にある代々〇アニメーション学園を取り潰し、新たにドラゴン・スクールを開設する運びとなった。








「……けて、たす、けて」


「わああっ……」


 フータはベッドから飛び起きた。


「また、かよ……」


 フータは夜な夜な聞こえてくる、謎の声に悩まされていた。









 ここはドラゴン・スクール。

白い球体のような外観をしており、その中に生徒の住まいと教室、食堂、訓練施設などが設けてある。

生徒の数は五人。

彼らは、連日ドラゴンを倒すための訓練を受けていた。

その日は、鎖を操る呪文についての授業であった。


「で、あるからして、あーだこーだ」


 呪文を教えるのは、カミノーケ。

彼は、元々SMクラブの常連であったが、ある日突然、この魔法が使えるようになった。

彼はこの魔法を、クサリーノ、と名付けたが、誰一人として、その名で呼ぶ者はいない。

ちなみに、この鎖呪文、ドラゴンの血を使って、何も無い空間から鎖を取り出すことができ、高度になると、マフラーを編み込むことも出来る。


「フータ、起きなよ」


 フータは、隣のホノカに小突かれ、目を覚ました。


「ああ、わり…… ちょっとしんどいかも」


「また例の声?」


 昨日も謎の声に起こされ、まともに寝れなかったことを説明する。


「たすけて、たすけて…… って、誰かが助けを求めてるみたいなんだよな」









「んー、それってもしかしたら、lisukoの霊の声かも」


「what、lisuko?」


 何故か流暢な英語で答えるフータ。

ホノカは、先生に聞こえないよう、声を潜めながら話始めた。


「このドラ専 (ドラゴン討伐専門学校)は、元々代々〇アニメーション学園っていう、エンタメ全般を教える学校を潰して作ったらしいんだけど……」


 その中に学生の身でありながら、既にプロとして活躍する女流漫画家がいた。

彼女の名前はlisuko。

若くして才能を発揮した彼女には、様々な雑誌から声がかかった。

初めは1つだった連載も、2つ、3つと増え、段々学業との両立が難しくなっていった。

次第に、ネームのまま載せることが多くなり、精神的にも追い詰められていった。


「リスコ、授業中に漫画を書くんじゃない!」


 もはや、授業中に漫画を書かなければ追いつかない状況に陥る。

そしてとうとう、限界に達した彼女は、ペンを腕に突き立て、絶命したとのことである。


「……それでも彼女は成仏できず、二度と完成することの無い漫画を書き続けているのよ。 アシスタント欲しい、アシスタント欲しいって言いながらね」


「……」


 あれ、セリフ違くね? と思ったフータであったが、念の為聞いてみた。


「そのlisukoの生活してたのが、まさか今の俺の」


 ホノカが頷く。


「1015号室ってわけ」


「マジかっ」


 両手で頭をかきむしるフータ。


「ハゲるからやめなさい。 とにかく、これも何かの縁よ。 あなたが成仏させなさいな」


「……成仏?」


「どこかに書きかけの原稿があるはず。 それを見つけてあなたが書くのよ。 いいわね!」


 こうして、フータとlisukoの霊による、一流漫画家を目指す物語が、幕を開ける。

かは不明である。







「やるしかないか……」


 フータは覚悟を決め、霊と対話することを決めた。

書きかけの原稿を手に入れ、それを完成させる。

そうすれば、声も消えるだろう。


(これで消えなかったら、漫画家になるしかないかもな……)


 lisukoが納得するまで、漫画を書くしかない。

幽霊に漫画の書き方を教わるとか、どっかの囲碁漫画に似てるな、とフータは思った。

時刻は夜中の0時。

そろそろ、声が聞こえる時間だ。


「……」


 一向に声は聞こえず、シン、と静まり返る部屋の中。

昼間なら、窓の外を翼竜が滑空しているが、そんな姿もない。

フータが欠伸をしようとした、その時だった。


「……けて、たす、けて」


「来たっ」


 ノイズを含んだ、声。


「おい、lisukoか? 俺の声が聞こえるか!?」


 しかし、呼びかけには答えず、助けて、助けてと一方的な呼びかけのみ。


(……上?)


 ふと、天井から声がすることに気がついた。

そちらを見やる。


「放送の機器からか?」


 フータの目に付いたのは、天井面に取り付けられているスピーカーで、普段はここからラジオのBGMが流れている。


(ただのイタズラか?)


 無線機を使って、ラジオの周波数に合わせて声を送っている可能性が浮上。

lisukoの声は、ただのイタズラかも知れない。

しかし、一体誰が何の目的で?

ホノカが自分を脅かすために、そんなことをしているのだろうか。


(だったら、逆に脅かしてやる)


 部屋から出ると、エレベーターを使って地下1階に移動。

通路脇にある倉庫の扉を開けた。

この部屋には、建物の補修や設備の修理をするための道具類が並んでいる。

フータは、その中から広域の周波数をカバーできる無線機を1台、手に取った。

更に、放送室のある部屋に向かい、扉を開けた。


(鍵、してないのかよ)


 この時間帯は何も放送していないが、選択している周波数を確認することが出来た。


「1113KHzか」


 フータは、無線の周波数を1113KHzに合わせ、呼びかけた。





 

「おい、聞こえるか? お前の企みは見破った。 観念して正体を教えろ」


 フータが無線機に向かって、質問する。

すると、反応があった。


「助け…… 下さい。 私…… 名前…… レイミ」


「えっ」


 lisukoでもホノカでもない、別の女性。

やや雑音混じりであったが、声はめちゃフータの好みであった。


(この子、絶対可愛いでしょ!)


 ドキドキしながら、更に質問する。


「あ、あの…… あなたは一体」


「私は…… 未来から転送…… 身動きが取れな…… 助けて」


 にわかには信じ難い。

未来から転送されてきたというこの女性。

断片的なセリフをつなぎ合わせると、どうやらそういうことらしく、現状、身動きが取れないらしい。


(やっぱり、何かのイタズラか? 迂闊に外に出ればドラゴンの餌食になりかねないし)


 フータがどうしようかと悩んでいると、決め手の言葉が聞こえた。


「あのっ…… 助け、くれたら、何でも…… ます」


(な、何だって!?)


 助けてくれたら何でもする。

あんなことや、こんなことまでしてくれるというのか!

フータは、ダメ元で質問してみた。


「い、イチャイチャしても、良いですか?」


 千載一遇のチャンス。

フータはプライドをかなぐり捨てた。


「いい、ですよ…… それ、くらい……」


 思わず、フータの鼻から血が流れる。


(オッケー出ちゃったよ!)


「ちょっと準備するから、待ってて!」








 翌朝、フータは授業を腹痛と偽り休みにした。

地下から脚立、虫除けスプレーを持ち、腰にはナイフ。

ポケットにはドラゴンキャンディを入れてきた。


「準備万端だ」


 昨日の夜、フータは無線機の相手、レイミの救出作成を考えた。

まず、夜中に外を歩くのは危険な為、昼間に決行する。

危険な理由は、そこら辺に生息しているネコ・ドラゴンは夜目が効く為、こちらが不利になるからである。

 フータは、1階のエントランスの天井に付いている感知器の真下に脚立を置き、スプレーを手にした。


(今から、こいつにスプレーを吹きかけて、誤報を起こす)


 通常、外を出歩くことは禁止されており、教師の許可が必要になるが、火事などの緊急時の場合、脱出経路を確保するため、自動的に出入り口が開く仕組みになっている。

今回は、スプレーで擬似的に火事の状況を作り出す。

スプレーを感知器に吹きかけると、


「ビー、ビー、火事です! 速やかに避難して下さい!」


 スピーカーから音声が流れる。


「よしっ、上手く行った!」


 フータは、脚立から飛び降りて、外に面している扉に走った。

そして、そこから外へと出る。


(久しぶりの、外だ)


 何年ぶりか。

もしかしたら、この学校に来たとき以来かも知れない。

フータは、姿を晒さないよう、腰をかがめてその場から離れた。






「レイミ、周りに何か目印は無いか?」


 フータが無線に呼びかけると、黒い恐竜のようなものがビルの屋上にいる、との返事。


(ゴ〇ラの模型か。 多分、歌舞伎町の方だな)


 歌舞伎町にあるトーホーシネマの屋上には、ゴ〇ラの模型がある。 

レイミは、その付近にいると推測できた。

フータの現在地は新宿駅の西口で、そこに向かうには駅を挟んだ反対側に行かなければならない。

その間、この付近に広く生息するネコ・ドラゴンに遭遇することは免れない。


(やつら、俺を見たらエサだと思って飛びかかってくるハズだ。 サシじゃ勝てっこないし、どうするか)


 ネコのサイズは2メーター前後で、見た目はネコだが、鋭い爪と尾を有する。

フータは、空を見上げた。


「……アレだ」


 空を翼竜が旋回している。

あれに捕まれば、歌舞伎町のある東口へとジャンプすることが出来るが、そのためには、翼竜を引きつけ、鎖を体から生やさなければならない。

フータは、ドラゴンキャンディを取り出した。


(この飴には、竜の血が混ざってる。 これを舐めれば、鎖魔法が1回だけ使える)


 鎖魔法の運用の一つに、相手の体から鎖を生やす、というものがある。

今回は、翼竜から鎖を生やして、それに捕まって移動する算段である。

 フータは、適当な建物へと向かい、その屋上から翼竜を引きつけようと考えた。


(……)


 左右を窺い、建物へと走る。

が、その時、路地裏からネコが飛び出した。


「フシャーーーッ」


(げっ)


 フータは、ナイフを抜いた。

キャンディを取りこぼし、足元に転がる。

相手は、空腹のためか、いきり立って飛びかかって来た。

ナイフを構えて、ネコの方へと駆け出す。

ネコが飛びかかると同時に、スライディング。

ギラつく爪の下をかいくぐり、ナイフを滑らせ、肉を裂く。

地面に血が滴る。


「ふうっ」


 間一髪、攻撃を回避すると、ナイフに付いた血を舐める。

すると、更に1匹、2匹とネコが集まってきた。

瞬く間に、囲まれる。


(おいおい、マジか!)


 ネコが飛びかかるべく、体を折り曲げた。 

ナイフを構え、周りを窺う。


(一番最初に飛びかかって来たヤツの下を潜る)


 同時。

ネコ2匹が同時にフータに飛びかかる。


「ぐっ」


 辛うじて、反応。

同時に来るとは思わなかったが、ネコの体の下をスライディングで抜ける。

そこに、もう一匹が待ってましたと飛びかかってきた。

狙われていたのか。

咄嗟に手をかざすと、突然、地面から鎖が生え、飛びかかってきた3匹目のネコに繋がる。

伸ばした腕が、フータのギリギリ手前で止まる。


(あぶねぇ!)


 転がっていたキャンディをつまんで口に入れる。

残り2匹が、こちらに狙いを定める。


(魔法一発じゃ、凌げないか?)


 その時、騒ぎに気づいた翼竜が、上空から迫ってきた。


 





 猫は三度(みたび)、体を屈めて攻撃態勢に入る。

上空から翼竜が迫る。


「……」


 猫は飛びかかって来ない。

相手はこちらが動いた瞬間を狙うつもりらしい。


(だったら……)


 フータが、手をかざす。

その瞬間、ネコが動く。


「……ニャ!?」


 空中に跳躍したネコは、面食らった。

フータの周りを竜巻みたく、鎖が巻き始めた。

鎧のように覆われた鎖で、猫と翼竜の爪を弾く。


「ニャンダテメーッ!」


 何だてめー、と猫が叫ぶ。

しかし、フータに猫の言葉は通じない。

鎖の先端が翼竜の体に繋がる。


「ギェェーーッ」


 空へと逃れた翼竜。

体が引っ張られた。


「うぐっ」


 翼竜は、低空飛行で移動。

フータの体が地面に激しく擦れる。


(くそっ、このままじゃ大根おろしだ)


 鎖を巻き取り、背に飛び移ることが出来れば、鎖の手綱で翼竜を操れる。

フータが鎖を巻き取り始めたと同時に、今度は高く飛び上がった。


「うぷっ」


 飛んだ先には、複数の翼竜。

一匹が、フータ目がけて襲いかかって来た。

フータは、鎖を掴む手のひらに力を込めると、逆上がりみたくして体を持ち上げ、振り回してきた腕から逃れた。

爪が髪に引っかかって、20本くらいむしり取られる。


(マジでハゲるから、やめろ!)


 どうにか鎖を巻き取って、翼竜の体にしがみつくと、背に這い上がる。

繋がっていた鎖を、翼竜の顔に素早く巻き付け、手綱にすると、上空からゴ〇ラのあるビルを確認した。







 ビルの付近までやって来ると、翼竜にナイフを突き立て、血を採取。


「運んでもらって悪いけどな」


 翼竜の背からダイブ。

ビルとビルの間に、ネット状に編み込んだ鎖を作り出し、そこに飛び降りる。


「ふうっ」


 どうにか、地上に降り立つことができた。

あとは、レイミがどこにいるのか探るだけである。

ポケットにねじ込んでいた無線で呼びかける。


「レイミ、聞こえるか?」


 すると、今度はクリアな声で反応があった。


「聞こえるわ」


「ゴ〇ラの建物の付近まで来た。 俺の姿が見えるか?」


 すると、ここよー、というくぐもった声。


「どこだ!?」


 フータが辺りを見回す。

急がないと、またネコや翼竜が集まってくる。


「……は?」


 くぐもった声は、目の前のブロック塀から聞こえてくる。


「壁の、中?」



 




声は、ブロック塀の付近から聞こえてくる。


「おいおい、何でこんな中にいんだよ……」


「いや、転送した時にこの座標に建物があるとは思わなくて」


(なんか、物凄い間抜けなシチュエーションだな)


 そう思ったフータであったが、天然っぽくて可愛いか? と思い直すと、どうやって壁を壊すかを考える。

ナイフじゃどう考えても無理で、車を突っ込ませるにしても、キーがない。


(金物屋がありゃ、ハンマーが置いてあるか?)


 狭い路地に入り、店を探す。

すると、足元に水たまりがあることに気づいた。


「……いや、違う」


 それは、水たまりでは無く血だまり。

建物と建物の隙間から、素早く影が通り過ぎたかと思うと、竜の叫び。

恐らく、少し先で竜と竜が争っているのだろう。


(食うモンがないから、ドラゴン同時で争ってんのか)


 フータは、閃いた。

腰を落とし、血に手を触れると、それを舐める。

これで、鎖魔法が一度だけ使える。

ナイフを構えて、じりじりと争いの起こっている方へと向かう。

建物を抜けた先に、ネコと翼竜が激しく揉み合っている場面に遭遇した。


「ピュイーッ」


 フータが指で輪を作り、それを口に含んで笛を鳴らす。


「こっちだ!」


 手をぶんぶん振り回してアピールすると、目を血走らせてネコが走ってきた。

建物の隙間を逆走し、元の位置まで戻る。

ネコが一足で建物を飛び越え、数メーター後ろに降り立つ。

その瞬間、手をかざし、ネコの体とレイミの埋まっている壁とを鎖で繋げる。

フータが全力で走る。

ネコが追う。

鎖が一直線に引っ張られ、壁面にヒビ。

そして、限界を超え、壁が砕けた。


「っし!」


 破片が飛び散り、その内の一つから声がした。


「ここです!」


「……へ?」


 破片の大きさは、せいぜい30センチ四方。

まさか、レイミは妖精みたいな小型なのか?

だが、今は悩んでる暇は無く、フータはそれを小脇に抱えて、中華料理屋の中へと逃げ込んだ。







「うらっ」


 ブロックの塊を地面に落として、破壊。

砕けた石の中から、何かが起き上がる。


「いてて…… もう少し、優しく助けてくれでいす」


 フータは、固まった。

何か言いたくても、言葉が出てこない。

目の前にいるのは、ピンク色の、りす。


「お前…… レイミ?」


「レイミはお前をおびき出す為の罠でいす。 自分はシマリスでいす」


 フータは、目の前の生物に、殺意を覚えた。







「レイミを出せ……」


 虚ろな目で、ナイフを抜きながらシマリスに近づく。


「ま、待つでいす! 話せば分かるででいす!」


 死に物狂いでここまでやって来たフータ。

話し合いで解決すれば、世の中平和である。

すると突然、巨大な腕が扉を破った。


「っと…… お前に構ってる場合じゃなかった」


 フータが窓を開けて、外に出ようとした時、シマリスが背中にしがみついてきた。


「着いてくるなよ!」


「お前らに伝えるのことがあるのでいす」


「……」


 振り払おうとしたフータであったが、揉めてる時間が惜しい。

仕方なく、連れて行くことにした。

道路に降り立つと、シマリスが指を差す。


「あの車に乗るでいす」 


 道端には乗り捨てられた車と、自転車、バイクが放置されている。


「自分、データの塊なので、どんな物にでも変身することが出来るでいす」


「データ? メタ〇ンみたいなヤツだな」


 どちらかと言えばポリ〇ンである。

とにかく、シマリスの力を使えば、その場でキーを手に入れることが出来る。

盗っ人にうってつけの能力と言えよう。


「未来ではセキュリティが厳重で、どんな物にも指紋認証がついてますが」


「んな概説はいいんだよ」


 ネコがこちらに気づいて、ジャンプ。

フータの真横へと着地すると、地面が揺れる。


「ニガサニャイニャ」


「へっ、逃げるかよ」


 フータは、ネコの方へと向き直ると、天に手をかざして、こう言った。


「神竜を倒すために取っておきたかったんだがな」


 フータを木枯らしが包む。

通りがかったネズミがチーズを落とす。

何かが起こる予感がした。


「チェイン・バトルモード・オン!」


「!?」


 ネコの脳内では、鎖がフータを包み、戦隊もののヒーローの用な姿に変身する映像が再生された。


(……ニャ?)


 気がつくと、フータは後方へと走り去っていた。


「鎖戦隊、クサリンジャー、なわけねーだろ!」


「ネコがそんな妄想するわけないでいす」


 手をかざしたのはプラフであった。

ネコが怒る。


「あれっ、何で……」


 フータが駆けつけた先は、車ではなくバイク。


「いいから、さっさとキーになれっ」


 シマリスは、訳も分からず、キーに変身。

フータの手元に収まると、急いで鍵を回す。

アクセルを握り、路地裏へと向かう。


「……」


 ネコが先回りして、細い出口の先に待ち構える。

逃げ場はなく、まさに袋のネズミ。

フータは、バイクを倒し、床の血だまりに再び手をかざして、指についた血を舐めた。


(こいつが欲しかった)







フータが手をかざすと、地面からネット状に編んだ道が立ち上がり、空へと伸びる。


「こいつを辿れば、学校までたどり着ける」


「あんまり大がかりな魔法やると、ハゲるでいすよ」


「どいつもこいつもそればっかりだな。 こんなんでハゲるわけ……」


 言いかけたその時、ぼとり、と何かが頭から落ちる。


「は」


 カツラ、否、フータの髪の毛の束であった。


「ンナアアアア!?」


「だから言ったでいす。 でもまあ、毛根が死んで無ければ大丈夫でいす」


 動揺を隠せないフータ。

しかし、モタモタしている暇は無く、アクセルを捻ると、その場から離脱した。








 学校まで戻って来ると、入り口の脇にある呼び鈴を鳴らす。

中から現れたのは、熱血教師、ジャージである。

年齢はほにゃらら才で、現在、彼氏募集中である。

ジャージは、フータの顔面を思い切り殴った。


「っ……」


「何で外に出たんだ!」


「……すいません」


「……話は後で聞く。 心配させるんじゃないよ、全く」


 フータを抱きしめる。

厳しくされた後に優しくされると、何故か涙が出てしまう。

フータは、ボロボロと涙を流した。


「うっ、ぜんぜい、ごめんなざい」


「気にするな。 先生、もう怒ってないから」


 傷だらけのフータを保健室へと連れて行くジャージ。

途中、青春に傷は付きものだな、と独りごちた。








 傷の手当てが終わると、夜、フータは同級生の部屋を回った。

シマリスの話したいこと、をみんなで聞くためである。

そして、フータを加えた5人の生徒が、2階にある教室へと集まった。

壇上には、フータとシマリス。


「初めまして、シマリスでいす」


 ツンツン頭の、レッドが言った。

レッドは、このグループのリーダー的存在 (になりたい)である。


「何だ、こいつ」


「シマリスでいす」


「そういうことを聞いてんじゃないのさ。 フータ、こいつは何者なんだ?」


 レッドの問いに、フータが答える。


「シマリスっていう、未来から来たデータ、らしい」


「レイミっていう女に成りすましておびき出したでいす」


 フータが慌ててシマリスの口を塞ぐ。


「何言ってんだよお前!」


 すると、ふ~ん、という女子の冷たい視線。


「フータさんって、そういう人だったんだ……」


 ぼそり、と呟いたのは、クルミ。

大人しい性格で、グループを作って下さい系のイベントを毛嫌いする。


「別にやましいことは考えて……」


「話を先に進めましょう」


 メガネを押し上げ、そう言ったのは、ドクター。

データを駆使した戦いをするが、戦闘中によくメガネがズレる。


「映像を見せるから、暗くして欲しいでいす」


 ホノカが立ち上がり、明かりを消す。

シマリスは、32型のテレビに変身すると、ビデオレターのような物を映し出した。

どこかの部屋。

そして、頭の禿げた見覚えのある男が一人。


「こいつ、カミノケだ!」


 レッドが叫んだ。




 



(つか、部屋を暗くする意味あったか?)


 そんなことを思ったフータであったが、周りは画面に現れたカミノケに気を取られていた。


「先生、やっぱり禿げちゃったんだ……」


 クルミが小さな声でボソリと言った。

画面のカミノケが話し始めた。


「えー、私はカミノーケだ。 私は鎖魔法の他にも、物体を過去へと送る魔法に目覚めた。 それを使ってこの映像を送る」


 カミノケの話では、鎖魔法や空間魔法は、使うたびに自身の髪の毛を消費するため、これが自分の使える最後の魔法になると言った。

生徒らに動揺が走る。


(シマリスの話しはマジだったのか!)


「これを見てくれ」


 突如、画面が動いて移動。

恐らく、カメラをカミノーケが掴んで移動しているのだろう。

そして、1台の液晶モニターの前に来ると、スイッチを入れる。

ホノカが呟いた。


「何これ、映画?」


 1台の戦車が、ドラゴンに向かって大砲を放つ。

しかし、ドラゴンは無傷で、兵隊たちを爪で切り裂いていく。

クルミが口に手を当てて、嘔吐く。


「おいおい、何なんだよこれ!」


 レッドが一旦止めろ、と叫ぶと、カミノケの声。


「これは、今実際に行われている、ドラゴン・パーティー ~人間全滅させるまで帰れま10~ の一端だ」


 カミノケは、西暦2020年7月24日に、ドラゴンの祭典、ドラゴンパーティーが行われると説明。

ドラゴンパーティーは、火竜が東京にあるスカイツリーに火を灯し、開幕する。

世界各国の竜がここに集結し、人類は未曾有の危機に陥る、とのことだ。


「ポイズンドラゴンの毒ガスによって、地上へと追い立てられた我々は、ドラゴンとの戦いを余儀なくされる」


 途中まで話を聞いたレッドが、ちょ、待てよ! と似てないモノマネを披露。


「俺たちは何してんだよ!」


 ドラゴンを倒すためのドラ専。

そこの生徒は何を遊んでいるのか。

その疑問を聞いていたかの如く、カミノケが答える。


「生徒諸君らについてだが、君らは戦いを挑み、敗北した」


「なっ」


 レッドが固まる。


(負けたのか?)


 フータも思わず、聞き入る。


「ドラゴンパーティーと共に復活した神竜には、勝てなかったんだ。 だから、君たちには、ある提案をする」


 5人全員が、耳をそばだてた。


「和解案を、ドラゴンの長老らに提出するんだ。 大陸を捨て、人類の何パーセントかをどこかの島で生きながらえさせてもらうよう。 絶滅の危機を逃れるには、それしかない」


「ふざけないで下さい!」


 普段は声を荒げないドクターが、声を張る。


「諦める、などと……」


「ちょ、落ち着きなよ、ドクター」


 ホノカが思わずドクターに向き直る。

カミノケが続けた。


「君たちには、チームを2つに分断して、長老の元へと向かって貰いたい。 2つに分ける意味は、生存率を少しでも高める為だが…… とにかく、長老は北の雪国、南の島国にいる。 彼らに会いに…… なっ、何だキサマッ」


 突然、画面が暗くなり、カミノケの悲鳴。

そこで、映像は途切れた。 






「何なんだよ、何が起こってんだよ!」


 レッドが立ち上がり、わめき散らす。


「まて、まだある」


 フータが画面を指差す。

黒いフードに身を包んだ男が一瞬写り、カミノケと激しく揉める。

手には、血塗られたナイフが握られていた。


「キャアアッ」


 クルミが思わず叫ぶ。


「くっ、キサマ、知っているぞ…… ドラゴンの子、か」


「大人しく、死ね……」


 カミノケはナイフで刺されており、目の前の男に抗う力はない。

その時、画面がまた暗くなり、ガン、という音。

そして、ドサリ、という何かが倒れるような音がした。


「……助かっ、た」


「先生、逃げるでいす」


 カメラに変身していたシマリスが、ハンマーか何かに変身し、カミノケを助けたのか。


「この傷では、無理、だ……。 今から…… お前を……」 


「そんな」


「生徒諸君、聞こえているか…… 人類の為にも、頼んだ、ぞ。 そして、気を付けて、くれ……」


 途切れ途切れの言葉で、何とか言葉を繋ぐカミノケ。

最後の言葉は、ドラゴンの子に気を付けろ、というセリフだった。

そして、それ以降、画面には何も写らなかった。








「……という訳でいす」


 元の姿へと戻ったシマリスは、みなを見渡し、そう言った。

ドラゴンパーティー、ドラゴンの子、和解案、カミノケの死。

一度に色んな情報を見せつけられ、みな、困惑していた。

自分たちは一体、どうすればいいのか。

そんな中、ドクターが言った。


「和解案には賛同しかねます。 ドラゴンパーティーの開催を阻止するんです」


「阻止って、どうやって?」


 レッドがドクターに噛みつく。


「話では、スカイツリーに火を灯しに竜が現れる。 つまり、火を灯しに来た竜を倒せばいい」


「そんな簡単じゃないでいす」


 シマリスがすぐ否定する。


「それはあくまで儀式でいす。 パーティー自体の取りやめは諦めて、和解案を出すでいす」


 しかし、カミノケの和解案では人類全ては助けられない。


「カミノケの文面をそのまま使う必要はないと思う。 パーティーを取りやめるよう、長老に直談判しに行こう」


 フータが立ち上がった。


「……それしか無さそうね」


 今度はホノカが立ち上がる。

何故かみんか立ち上がり、一人だけ座っていたクルミもよく分からず立ち上がる。


「みんな、同じ意見って訳だ」


 レッドが、教室の前へとやって来ると、手を前に突き出した。


「みんな、手をかざしてくれ。 俺たちはこれから旅に出て離れ離れになるが、心は一つだ」


「とりあえず、解散で。 話しはまた明日ね」


 ホノカが欠伸しながら退室した。


「了解」


「なっ」 


 教室に、レッドが一人取り残された。






 帰ってから、フータはベッドの上でさっきの事を考えていた。


(ドラゴンの子って、一体誰なんだ)


 枕元にはナイフ。

部屋に戻る途中、ホノカに言われた為である。

もし万が一、夜中に襲われた時、戦えるようにしておいた方が良い。


「なあ、シマリス、お前顔見たんだろ」


 しかし、シマリスは尻尾のコンセントを電源に差し込み、スリーブモードである。


「……充電中かよ」


 枕に頭をもたせると、大きく欠伸をする。


(そろそろ眠たいな……)


 ふと、壁の時計を見やると、まだ9時である。

いつもならまだ誰かの部屋でだべっている時間だが、今日は流石に疲れたか、気づけば寝息を立てて眠りに付いた。








 夜中の0時。

シマリスは目を覚ますと、尻尾を電源から抜いた。


(今日はまだ終わりじゃないでいす)


 フータが熟睡している中、音を立てないよう、ゆっくり扉を開けて、隣の部屋をノックした。

ひたすらノックを続けていると、現れたのはドクター。


「一体誰ですか? こんな時間に」


 メガネを掛けていない為、視界がぼやけている。


「シマリスでいす。 ちょっと話しがあるから、さっきの教室に集まるでいす」


「……明日じゃダメですか?」


「ダメでいす」


 その格好でいいから、下に降りろと急かす。

続け様に、レッド、クルミ、ホノカに呼びかけ、先ほどの教室で合流。

みな寝ぼけ眼で、早くしてよ、と欠伸をしながら言う。


「てか、フータがいないけど」


 ホノカが周りを見渡して、4人しかいないことを指摘する。

壇上のシマリスが、口を開いた。


「フータに聞かれたらマズいでいす。 結論から言って、ドラゴンの子はフータなのでいす」


「……んな訳あるかよ」


 レッドが鼻くそをほじりながら言う。


「ちょっと、汚いんだけど。 てか、シマリス、あなたもそんな冗談言うために連れてきたんなら、怒るわよ」


「これを見るでいす」


 テレビに変身したシマリスは、ある映像をみなに見せた。


「……これって」


 ホノカは気がついた。

この映像は、さっき見た時は音声だけだった箇所である。

今回は、はっきりと相手の姿形が見えている。

みな、呆気に取られた。

仰向けに倒れているフードをかぶった男。

顔は、フータと瓜二つであった。


「うそ……」


 クルミが、思わず口を覆う。


「どういうことですか!? フータ君が、カミノーケ先生を刺すなんて……」


 ドクターも事情が飲み込めない。

シマリスが言った。


「フータはドラゴンの子でいす。 今はその自覚な無いだけでいす」


 シマリスの話では、フータは記憶喪失のような状態らしい。

未来では、何らかのスイッチが入り、ここの同級生を手に掛けていった、との事だ。

真相として、彼らは神竜に挑む前にフータに殺されてしまったのである。


「フータ君が操られていた、という可能性は?」


「フータの素性を調べたでいす。 フータは養子で、両親の代わりをしていた夫婦の話だと、記憶喪失の状態で行き倒れていたらしいでいす」


 つまりは、両親がいない=ドラゴンに育てられた可能性、との事だ。

確証がある訳では無い。

しかし、フータがカミノーケを襲ったのは事実であり、シマリスは4人にこう命じた。


「どさくさに紛れて、旅の途中でフータを始末するでいす」






 翌日の授業で、フータはカミノーケの授業を珍しく聞いていた。


「えー、そんな訳で、これをこうして……」


(鎖魔法があんな有用だとは思わなかった)


 実際、鎖魔法が無ければ詰む場面が何度かあった。

フータが文章を書き写していると、右隣のホノカが紙切れを回してきた。


「……ん?」


 そこには、チーム分け、と書かれており、ホノカはカミノーケにバレない程度のボリュームで言った。


「レッドが仕切り始める前に、勝手に私が決めたから」


 以下、チーム分けの概要である。







南班 レッド、クルミ、ドクター

北班 フータ、ホノカ、シマリス







「クルミ、班分けとか苦手だし、分かるわよね? レッドにこの紙回して」


「……こっちは戦力が2人しかいないのに、北を目指すのか?」


 フータとしては、北の方が寒いし、過酷というイメージである。

その点に関して、ホノカはシマリスはどんな物にも変身できて、有用である旨を伝える。


「うーん……」


 ホノカの独断による班編成。

もう少し考えた方がいいよな、とも思わなくも無かったが、前のレッドに用紙を渡す。

レッドは、振り向きもしないで、それを受け取った。

レッドは当然、この内容を知っている。


 昨日、シマリスの爆弾発言を受けて、4人で話し合いをした。








「シマリス、私たちだけで話し合いがしたいから、ちょっと席外してくれない?」


「……分かったでいす。 音楽聴いてるから、気にしないで話してくれでいす」


 イヤホンを耳にはめて、リズムに乗るシマリス。

頭から音符が出ていて、どこぞのキャラクターのようである。


(てか、完全にリ〇モだよね)


 クルミが心の中で呟くと、ホノカが呼びかけて4人を集める。


「で、どう思う?」


 ドクターが自分の見解を述べる。


「信用出来ると思います。 シマリスが竜の手の者なら、わざわざ未来からやって来る必要が無い。 放置して置けば、僕らは負けるのだから」


「じゃあ、どーすんだよ!」


 レッドが声を荒げると、ホノカが言った。


「考えても無駄よ。 私がやる」


 ホノカを覗いた3人が、顔を見合わせる。


「私とフータで北を目指して、どこかでチャンスを見つける。 上手いこと、そのまま長老にも会いに行きたいけど…… 無理かも知れないから、本命はあなたたちの方になるわね」


 レッドがすぐに反発した。


「そんな話、即決できっかよ!」


「レッド、あなたは戦闘力が高いからいざって時は頼りになる。 ドクターも然り、クルミじゃ情が入って任務に支障が出る。 私しかいないのよ」


 みな、ホノカの言うことに従うしか無かった。








 こうして、班編成が決まり、5人はいよいよ学校から出発することとなる。









 その日の昼。

フータはトイレで弁当を食べていた。


「……」


 涙目になりながら、ガフッ、ガフッ、とサンドイッチを無理やり胃に押し込む。

いつもなら、5人揃って昼食を取るのに、なぜ、一人で食べているのか。


 きっかけは、班編成が決まってからのメンバーの態度であった。

あの日以来、フータはどことなくよそよそしいみなの態度が気になっていた。

そして、シマリスが現れ、フータの代わりと言わんばかりにその輪に加わり、自分の居場所が無くなるのでは? という不安を抱く。


 そして、溝が深まる決定的な事件。

それは、地下のショッピングモールでの出来事である。

このショッピングモールは、生存している人間らが新宿駅の地下を改良して作った施設で、ドラ専の地下と繋がっている。 (外敵が入って来ないよう、ここから外へは出れない)

そこには駅弁なる物も売られていて、遠征の際に食べる弁当をみんなで選ぼう、とレッドが提案し、フータはそれを楽しみにしていた。


 フータが翌朝起きて他の者の部屋に向かうと、既に誰もいなかった。

仕方なく一人で地下へと向かうと、自分を除くメンバーが先に弁当を買って戻って来たのだ。


(あいつら、どういうつもりだよっ!)


 フータは、拳を握り締めた。

みな、下を向いてフータをスルーしていく。

思わずカッとなって怒鳴り散らそうとしたが、どうにか踏みとどまると、彼らの背に向かって捨て台詞を吐いた。


「俺が何をしたのが知らないけど、別に謝るつもりはねーよ。 仲良しこよしでやってればいいさ」


 フータの本心ではなかった。

本当は、自分も仲間に入りたい。

それでも、フータにもプライドがある。

自分が悪いことをした訳でも無いのに、頭を下げるのは納得いかない。

そしてそのまま、一人でショッピングモールへと向かった。

クルミが一瞬気に掛けたが、ホノカが仕方ない、と諭した。


 あっという間に、決行日がやって来た。

フータは心を閉ざし、俯いて目を合わせようとしない。

なぜ、こんなことになってしまったのか、自分でも分からない。

つまらない意地で、後に引けなくなってしまった。

 唯一の救いは、こちらのメンバーがホノカだけであること。

シマリスは所詮データだし、今この状況でレッドやドクターと一緒にいても気まずいだけである。

武器一式を積んだジープが2台並んでいて、レッド、ドクター、クルミが先に乗り込み、出発した。


「……フータ、行くわよ」


「……」


 ホノカも、フータがこんな風になるとは思わなかったが、無理矢理車に乗るよう促す。


「いつまでそうしてるのか知らないけど、仕事はしてよね」


 ホノカも内心では、自分に非があることは分かっていた。

それでも、これが自分の使命だと言い聞かせ、ハンドルを握った。


「……」


 まだ若いフータは、中々気持ちの切り替えが出来ないでいたが、もし、和解案を先に通せば、みんなを見返せるかも知れない。

そうすれば、きっと態度も変わるだろう。

そう思うと、少し明るい気持ちになった。

3人を乗せたジープが、走り出した。


 


「一気に抜けるわよ」


 地下駐車場から外に出ると、翼竜らがカラスの群れの如く、徘徊している。

ホノカはアクセルをふかし、制限速度60キロを余裕で超える120キロで疾走した。

シマリスがガイドをする。


「100メートル先を、右でいす」


 出来るだけスピードを緩めずカーブ。

大きく膨らみ、歩行者の道路に乗り上げる。


(すっげー荒い運転。 性格出るなぁ……)


 フータは、ライトボーガンを構えつつ、そんなことを思った。

ちなみに、このライトボーガン、30センチ程の矢を連続で発射できる代物で、飛距離は50メーター前後。

致命傷は与えにくい為、毒などを塗布したりする。

フータは、向かってくる翼竜を的確に排除。


(かかってこい。 矢ならいくらでもある)


「乗り入れるわよ」


 高速の入り口にやって来ると、ETCのゲートに向かう。


「ゲンソク、シテクダサイ」


「しゃらくせぇっ」


 ゲートを吹き飛ばし、高速へと出る。


「1回やって見たかったのよね、これ」


「ですね!」


 なぜか敬語のフータ。

勇ましい運転をするホノカを、ホノカ姉さん、とリスペクトしてしまったらしい。

高速をひた走る。


「ここからはしばらく道なりね。 目的地まではまだ2日はかかるから、休憩しながら行きましょ」


「はい、姉さん!」


「……」


 ホノカは、フータの姉さん呼びに、吹き出しそうになった。

しかし、これからのことを考えると、仲良くするのは得策ではない。


(情が移っちゃう……)


 それでも、ちょいちょい笑わせようとしてくるフータ。


「姉さん、パーキングよりやしょーよ」


「ったく、ちょっとだけよー」


 ついつい、つられて答えるホノカ。


「それ、何かエロいな」


「どこがよ」







 要所要所にパーキングがあり、そこでトイレ休憩、給油を行うことができる。

パーキングに入り、車を止めると、ライトボーガンを手にして降りる。

周囲を伺い、敵がいないのを確認。


「……よし、行きましょ」


 トイレを済ませると、自販機でコーヒーを購入。

200円で挽きたてのコーヒーが飲める高速限定の自販機で、モニターに豆を挽く映像が流れる。

30秒前後かかるが、これがたまらなく上手い。

一服を終え、今度はガソリンスタンドの方に車を移動。

店員はいない為、セルフ方式でガソリンを給油。

ホノカがガソリンを入れていると、空から黒い影。


「また翼竜か」


 フータがすかさずボーガンを連射して、牽制。

給油は途中だったが、ホースを一旦引き抜く。


「っと…… マジか」


 今度は、翼竜とは別なドラゴンが現れた。


 



現れたのは、トゲトゲに身を包んだ、スパイクドラゴン。

角を生やしており、サイズは翼竜の2倍。

それが、ガソリンスタンドの建物の裏手に身を潜めていた。

フータがライトボーガンを乱射するも、装甲が硬い。


「ダメだ、弾かれる」


「フータ、車に乗って」


 諦めて逃げるのか。

ホノカは突然、ホースを掴んだまま、その場にガソリンをまき散らし始めた。


「フータ、運転代わって!」


 慌てて運転席に乗り込むフータ。

ホノカが乗り込んだのを確認し、車を発進させる。

ホノカは、車内に転がっているライトボーガンを拾い、地面に向けて発射。

火花が散って、床面に火の手が上がる。


「ゴルアアアアアーーッ」


 スパイクドラゴンが叫ぶ。


「フータ、もっとスピード上げて!」


「わかっ……」


 言いかけた次の瞬間、耳鳴り。

とてつもない轟音が、辺りを包んだ。

熱風が、背中を押す。

ガソリンスタンドのガソリンに引火して、大爆発が起こった。


「ドラゴンは!?」


 振り向くと、煙で何も見えないが、あの爆破では恐らく助からないだろう。


「地面にクラック (亀裂)があったから、上手いこと誘爆出来るかなって。 うまくいったわね」


 地下タンクのガソリンに火を付けるという発想。

ワイルドだろう? と言いたげな顔でフータを見やる。


(な、何てヤツだ)


 今夜は震えて眠ることになりそうだ。






 


 一方、レッド、ドクター、クルミの方も、旅は順調であった。

ジープを旅館の駐車場に止め、街を散策する。

この一帯は温泉街で、地面から湯気が立ち上ている。


「誰もいねーな」


 レッドが呟く。

かつての観光地も、今はゴーストタウンである。


「その代わり、ドラゴンもいないみたいですね。 この硫黄の匂いを嫌っているのかも知れません」


 適当なコンビニで夕食を買うと、旅館に戻ってくる。


「ひとっ風呂、あびっか」


 レッド、ドクターは男湯。

クルミは女湯でそれぞれ風呂に入り、浴衣に着替えて部屋で合流した。

コンビニの飯を食いつつ、クルミが言った。


「やっぱり、フータさん、気の毒です」


「……」


 それは、他の2人も同意であった。

フータを無視することに、内心、罪悪感を覚えていた。


「ちっ……」


 舌打ちするレッド。

レッドが一番、自分に嫌気が差していた。


「腹立つぜ…… いじめみてーになっちまってよ」


 誰かをハブにする行為。

一番嫌悪していたことを自分がしているという事実に、レッドは疑問を感じていた。

すると、ドクターが立ち上がった。


「僕も同じ事、思ってました。 もし、まだ間に合うのなら……」


「引き返そう」


 レッドが2人を見て、言った。






 フータとホノカは、ハイウェイをひた走り、北を目指す。

すると、道に雪が積もっている。


「……進めるか?」


「行くしか無いわよ」


 スピードを減速して、突き進むも、雪が吹き荒れ始めた。


「ダメだ、一旦様子見しよう」


 フータが腕で顔を覆いながら、叫ぶ。

それを受けて、ガイドをしていたシマリスがテントのような形状に変化し、ジープのむき出しの部分を覆う。


「サンキュー、シマリス」







 ジープの暖房を炊きながら、それでも凍てつくような寒さに震える。


(違う意味で震えて眠る夜になるな……)


 ホノカは黙ったまま下を向いている。  

フータがシマリスに訪ねた。


「なあ、シマリス、目的地まであとどのくらいだよ」


「日本の地理的にはまだここは秋田に入った所で、目的の北海道まではまだかなりあるでいす」


「……マジか」


 それよりも問題は、この雪である。

高く積もってしまうと、身動きが取れなくなる。

ジープには非常食が積んであるが、それもいつまでもつかは分からない。

結局の所、天候が落ち着くのを祈る以外に術はなかった。

そんな状況下で、奇跡的に雪が止んだ。


「ライトを照らせば進めるでいす」


「よし、少し進むか」


 シマリスがリスの姿に戻り、ホノカがアクセルを踏む。

ゆっくり車が前進すると、前方に何かが見えた。


「……」


 フータが目を細めると、素早く影が動き、次の瞬間、車がひっくり返った。


「うわあああっ」


 車から投げ出されたが、雪がクッションになって落下時の衝撃を和らげる。

起き上がって振り向くと、車は逆さまの状況で、ホノカ、シマリスの姿は見えない。

代わりに現れたのは、先ほどガソリンスタンドで仕留めたハズの、スパイクドラゴンであった。


「グルウウウ……」


(……マジかよ)


 手元に武器は無い。

フータは、ホノカに助けを求めようとして、慌てて口をつぐんだ。


(ダメだ、下手を打ったら、俺たちはここで全滅する)


 素早く周りを見返すと、ジープに積んであった武器が散乱している。

刀、柄の折れたハンマー、矢の装填されていないライトボーガン。


(これを使って、こいつを足止めしなきゃならない)


 フータは、目の前の相手を見据えて、覚悟を決めた。






 自分が囮になるとは、とフータは嘆いた。

仲間からもハブられて、最後はドラゴンと一騎打ち。

正直、泣けてくる。

それでも、仲間を守る為に戦うのは、ちょっと格好いいな、とも思った。


(ホノカを逃がす時間を作らないとな)


 どちらかが生き残れば、まだ希望はある。

戦う覚悟を決めると、フータは今までに見せたことの無い程、高い集中を見せた。

周りがスローに見え、何をどう動けばいいのかが、分かる。


(スポーツでいう、ゾーンってやつか)


 フータの目には、鎖によって繋がれた道筋が見えていた。

それは、最初にハンマーの柄に繋がり、そこからライトボーガンに繋がっている。

素早く動いてそれらを回収すると、ドラゴンの攻撃を待つ。

ドラゴンが、右手を振り上げる。


(……そこか)


 腕を掲げたことで、相手の腹がむき出しになった。

そこに、一筋のひび割れを見つけた。


(爆発で出来た、傷だ!)


 どれだけ強固な皮膚を持とうと、さっきの爆発で無傷なハズがない。

フータの予想通り、皮膚にダメージを負っていた。

フータは、ライトボーガンに装填したハンマーの柄を飛ばし、亀裂の箇所に命中させた。


(っし!)


 一瞬、相手が怯む。

その隙を見て懐に飛び込むと、柄を引き抜いて離脱。

やや遅れて振り下ろされた右腕が鼻先をかすめる。


(あぶねっ)


 フータが、柄の先端に付いた血を舐めると、手をかざす。

手のひらから鎖が飛び出して、転がっているハンマーに繋がる。

力を込めて、繋がったハンマーを頭上で回転させた。

再び、ドラゴンが右腕を掲げる。


「ゴルアアアアアーーッ」


「うらあああああーーっ」


 ドラゴンの振り下ろした右腕にハンマーをぶつけ、弾く。

更にそのまま回転をつけて、腹に命中させる。


「グフッ」


 腹部のヒビにハンマーが命中し、装甲が砕ける。

肉がむき出しになると、フータはハンマーの鎖を切り離し、刀を手に取った。

ドラゴンに向かって掛けだし、刀で斬りつけようとした、その時。


「……!」


 フータの背に、ボーガンの矢が突き立てられた。

膝をついて、崩れるフータ。

背後には、無表情でライトボーガンを手にするホノカの姿があった。







 朦朧とする意識の中で、フータはホノカを見た。


「ごめんね」


 最後にそう言って、ホノカは暗闇の向こうへと消えた。







 フータは、目を覚ました。

どうやら仰向けに床に倒れているらしい。

そして、次に思ったのは、ここは天国か? ということだった。


(もしかして、地獄? それとも、まだ決まってないとか?)


 すると、何者かに煙を吹きかけられた。


「ぐえっ、ゴホッ、ゴホッ……」


 煙が目に入り、染みる。


「早く起きないと、燻製になっちまうぜ」


 低く地響きのような声だが、相手は一体誰なのか。

突如、フータの目の前にアゴが現れたが、人間のものではない。

質感的にはトカゲに似ていて、色は赤。

それでいて、やたらでかい。


(……最悪だ。 俺は、ドラゴンのディナーとして運ばれたのか)


 スパイクドラゴンは、フータにとどめを刺さず、この場所まで運んだらしい。

しかも、手足に力が入らず、逃げられない。

これから死ぬのなら、死んでいた方がよっぽどマシだった、と毒づく。

 恐らく、ドラゴンのくせに流暢に話しかけてくるのは、自分が探していた長老だろう。

まさか、こんな形でここまでやって来るとは。


「ひと思いに殺してくれ」


「そうは行かねぇ。 どうだ? 俺たちドラゴンの仲間にならねぇか?」


「……ふざけんな」


 妙な事を言い始めたドラゴンの長。

でかいタバコを吹かしながら、ガハハ、と笑う。


「お前、仲間に殺されかけたらしいじゃねーか。 気の毒にな」


「……」


 フータは、思い出した。

ホノカが、自分に向けてボーガンの矢を放ったという事実。


(何で……)


「まあ、長いこと人間を見てきた俺には分かるぜ。 相手が気に入らないってだけで殺し合うのが人間だ」


 フータは、ハブられていた。

理由は思い当たらない。

だが、このドラゴンが言うとおり、ただ気に入らない、それが理由なのか?


(そんな……)


 フータは、ホノカや他の仲間の為に、犠牲になることを選んだ。

それは、間違いだったのか?

そこまでして守る価値のある仲間では無かったのか?


「お前はこのまま死に行く運命だが、もし、俺の子になると誓えば、力を分けてやる。 シーザーがお前を見込んで頼みに来たんだ。 感謝するんだな」


 シーザー。

スパイクドラゴンのことか、と思惑する。

フータは、このままでは死ねない、と思った。


(ホノカにもう一度会って、確かめないといけない)


 フータは、言った。


「……力を、くれ」


「よく言った。 力をやるから、早速仕事だ。 お前の仲間がすぐそこまで来ている」


 ドラゴンの長は、おもむろに自分の腕を口に運ぶと、ガブリ、と噛みついて、そこから滴る血をフータに浴びせた。

死ぬ寸前だったフータの体に、再び力が宿る。

起き上がると、洞窟の入口へと歩き出した。








 しばらく歩くと、入口付近にホノカが立っていた。

驚いた表情。

まるで、幽霊でも見たかのような顔つきである。


「何で、俺を殺そうとした」


「……」


 ホノカは何も言わず、肩に乗っていたシマリスが形態変化して、剣になる。

それを手に取ると、切っ先をフータに向けた。







 気がつくと、フータの肩から血が噴き出した。


「くっ……」


 こちらが動揺している内に、勝負を決めるつもりか。

ホノカが剣を掲げると、フータは背を向けて走り出した。

洞窟の奥に逃げ込むと、ホノカが後を追う。


(完全に、俺を殺すつもりだ……)


 すると、矢が飛んでくる。

ホノカは、手にしていた剣の形状を変化させ、ライトボーガンを構えた。

背中に向けて飛んで来る矢が、命中。

しかし、刺さらず地面に弾けた。


「ぐっ……」


 フータは、さっき授かったばかりのドラゴンの力を行使した。

首から下が鱗で覆われ、攻撃を弾く。


「……」


 それでも、お構いなしにホノカは矢を連射した。

徐々に押し込められるフータ。

気がつくと、すぐ後ろは奈落の底。


「ホノカ、教えてくれっ」


 しかし、返答の代わりに矢が飛んできた。

それを胸に受けて、崖から落ちる。


(これ以上、ドラゴンの力を使ったらどうなるか分からない)


 ホノカを獲物と見なし、襲いかかるかも知れない。

それでも、理由を聞くまでは死ねない。

ドラゴンの意志に、抗わなければならない。

フータは、背から翼を生やし、奈落から這い出た。

そして、天井に張り付くと、叫んだ。


「ホノカ、弓を下ろしてくれっ! 何で俺を殺そうとするんだ!?」


 フータは、自分の予想が外れて欲しい、ただそれだけを祈った。

今、フータは理性を保つので精一杯。

もし、長老の言った通りの返答なら、即座に口から炎を吐き出し、ホノカを焼き尽くすだろう。

ライトボーガンで狙いをつけていたホノカは、口を開いた。 


「何で、浮気なんてしたのよ」


「……浮気?」


 フータは、ホノカの言ったセリフが全く理解出来なかった。

ホノカは、続けた。


「レイミなんて女を好きになるなんて、絶対に私は許さない」


 レイミ? と一瞬、フータは考えた。

そして、思い当たった。

シマリスが自分を誘い出す為に使った女、レイミ。


「あれが何だってんだ!」


「私はあなたのことが好きだったのに! あなたは違う女に興味を持った……」


 突然の告白。

そして、ホノカは語り始めた。

ホノカは、レイミに興味を持ったフータのことが許せなかった。

そして、シマリスによるフータの殺害命令。

メンバーが反発する前に、強引にこの計画を進めた。


「私はあなたを試した。 もし、旅の途中で私の気持ちに気づいて、謝罪したら許そうと思ってた。 でも、最後まで気づかなかった。 だから、殺すのよ。 でも今、もっと面白いことを思いついたわ」


 ホノカは、ボーガンを床に捨てて、崖の方へと向かうと、そこから身を投げた。


「……!」


 ホノカは、奈落の闇へと消えた。



 




 フータを陥れたのは、ホノカだった。

しかも、理由は自分がレイミに興味を持ったから。


(……メンヘラかよ)


 そして、最後に放ったホノカのセリフ。

もっと面白いことを思いついた。

一体、どういう意味なのか。


「それより……」


 ショックに打ちひしがれている暇は無かった。

フータは、自分がドラゴンの子と勘違いされたが故、命を狙われる羽目になったことを知った。

ちゃんとした理由があったのだ。

すぐに洞窟から出て、他のメンバーと合流しなければならない、そう思った。

洞窟から飛び立ち、翼を広げる。


(俺はドラゴンじゃない。 俺は、人間の味方だ!)


 フータは、一刻も早く誤解を解きたいという気持ちに駆られた。

フータは、上空へと羽ばたき、南へと進路を取った。 

すると、


(何で、ここに?)


 眼下に、ジープが1台見える。

そこに乗り込んでいたのは、レッド、ドクター、クルミの3人であった。


「おおーい!」


「……!」


 フータがジープの前に降り立つと、停車した。


「……お前」


 みな、フータの姿を見て氷ついた。


「なあ、聞いてくれ。 俺はドラ……」


「来るなっ!」


 レッドが叫んだ。

そして、クルミが震える声で、言った。


「ホノカちゃん…… は?」


 フータはドラゴンの姿と化し、ホノカはいない。

どういう状況なのか、連想できてしまう。


「こいつが、殺した…… んだ」


「違うっ、聞いてくれっ」


 ドクターが、ライトボーガンを掴み、フータに向けて放った。








 ジープは、炎に包まれていた。

フータが、口から火を吐き出し、みな、それに飲み込まれた。

フータは完全にドラゴンと化し、これからドラ専へと向かうつもりである。

今、フータに理性は無い。

一体どこで道を間違えたのか。

どうしたら、こうならずに済んだのか。

答えは、誰にも分からない。




終わり





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