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そこで来客を端末が知らせる。私は今朝から考えないようにしてきた一番厄介な案件を片付けに、会議室を使う。そこには、私の両親ほどの年齢の人物が腰かけていた。私よりも背が低いが、なぜか世界をこの手にしているような、奇妙な自信を身にまとっていた。
「私は抗議しに来た」
ときどき、こうした芸術家崩れがやってくる。彼らは以前、わが社が個々人に適応した作品を提供するせいで、世界が分断されていることを訴えに来たものだ。世代や性別、政治的信条の差異が強調され、社会不安を増幅すると。そして、各々が自分の趣味という殻に閉じこもることで、世界が停滞したのではないかと。そのくらいならまだ認める。現にそれを問題視して、わが社では対応を取り始めたのだ。だが、社会の再統合がうまく行きそうだと見るや、今度は別のことで苦情を申し立てに来た。
「私たちは、真の芸術がないがしろにされる現状を憂えている」
私は形だけうなずいた。わが社が芸術家たちからシェアを奪ったのは認めよう。だが、私にわからないのは、芸術が市場原理から完全に解放されたのなら、それはかえって都合がよかったのではないかということだ。だいたい、売り上げがすべてだという世界では、作家性が出る余地がほとんどない。売れるためには均一化したメソッドで練られた同じようなプロット、演技力を度外視した客寄せの主演、あまりにも平凡な演出などが求められていた。そのことに、こうした手合いはうんざりしていたのではなかったか。良いものが売れるわけではないという事実を突きつけられて煩悶していたのではなかったか。そした評価から自由になり、真に芸術を理解できる連中の間だけで、互いに評価しあっているのがあるべき姿なはずであり、私たちは芸術がその本来の姿を取り戻すのを手伝ったのだ。そして、読者が本当に読みたいものを読めるように、技術で手助けを行った。なのに、彼らは不満だという。結局のところ彼らも売れたいのではないのか。名前を歴史に残し、名士としてあがめられたいのではないか。本当は自意識を満たしたいのではないか。
もちろんそんなことを口にしようものなら、ものすごい勢いで反論されるに決まっており、ますます時間を食うことになるので黙っている以外にしようがない。芸術家は続ける。
「それに、自動生成される作品には魂がない。心がこもっていない」
「魂、ですか」
それを定義してくれと私などは思う。それに、そんなことよりも作品を作りたいという衝動が、行き場をなくしていて困っていると素直に認めてほしい。消費者がこっちを向いてくれなくても、創作意欲が消えなくてつらいのだと。まるで恋した人に出す手紙を一行も削ることができず、果てしない長さへとなっていくように。しかし、それは作者側の都合である。作品の受け手からしてみれば知ったことではない。
「私たちの仕事は、作品を欲しがっていらっしゃる方に提供することです」
だが、と客は引き下がらない。魂がない作品は、人間に変容をもたらすことはない。
「あなたは人生を変えるような物語に出会ったことはあるか」
けれども、その訴えは私の心には届かない。私にはその言葉は空疎に思える。危険を避けるのは当然のことであり、いたずらにそこに飛び込んでいくのは蛮勇だからだ。
「あなたは最後に身を挺して、何かに賭けたのはいつだ。何かを知りたくてたまらなくなったのはいつだ。魂の込められていない作品には人間を変容させるだけの力がない。その場しのぎの作品には読者を目覚めさせるだけの強度がない」
客のクレームをまとめると、おおよそ次のような主張になる。ベーシックインカムで衣食住を保証され、自分に最適化された物語ばかり耳にしている人間は、かつての貴族のように堕落する。つまり、個人の快楽を追求するあまり怠惰に過ごすようになる。感覚に溺れる中で、現実を見据えるのをやめてしまい、それと戦うのをやめるようになる。
そればかりではない。人間にとって最も尊い衝動である創作意欲も奪われている。人類はこのままでは、怠惰に時を過ごすだけの存在となり果ててしまう。古典を学ぶことなく、歴史から遊離して軽薄になる。
「あなたがたは管理されているのだ。家畜の群れのように無害な存在となって、無意味な生を延々と続けるのだ。進歩と闘争のない社会になど、私は生きていく意味を見いだせない。このままでは人間はロボットになってしまう。戦うのだ。前へと進むのだ。月へと、火星へと、その果てまでも」
私は思わずため息をついた。
「それなら、あなたが火星に行けばいいのではないでしょうか」
思わず口を突いて出てしまい、それが頭に白髪の混じりだした芸術家に対する皮肉になってしまったことに気づいたが、彼はそれに気づかなかったかのように熱烈にうなずくのだった。
「もちろんだとも。こうして工業化、均一化する市場に対して心底うんざりしている富豪も一人ではない。我々のプロジェクトは国境を越えている。我々は火星で理想郷を築く。そして、平凡さと俗悪さにまみれた地球を眺めながら、選ばれた者による真の共和国が運営されるだろう」
好きにしてくれればいいと思う。でも、私は彼らのところには行きたくない。一度好奇心で彼らの作品を手に取ったけれど、私には到底耐えられなかった。あまりにも乱暴で、粗野で、下品だった。露骨に敵意をむき出しにしていた。前世紀の偏見が生き延びているのを見てしまったみたいに不快だった。
これは芸術ではない。彼らの形を持たない衝動をキャンバスに叩きつけたものに過ぎない。言い換えると、自分だけのために書いており、読者のことなど考えてもいない。そんな作品など、思い通りに行かないからと言って叫ぶわがままな子供とどう違うのか。私には判断ができなかった。
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