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 昼食の時間になると、弁当が届けられる。各社員の体調に合わせて昼食も最適化されている。私が受けた刺激から、一番食べたいものが何かを理解してくれる。つまり、目にした広告や小説に出てきた食事から、無意識に何を食べたいと思っているかを推測してくれる。それはほぼ正確であり、昼に何を食べるべきか迷うことはない。栄養価も適量から逸脱しないようにコントロールされている。肥満率も激減し、病の兆候は十中八九発見される。私たちはとても安全な社会で暮らしており、危険を感じるのは物語の中でだけだ。犯罪率も低下している。社会に張り巡らされた目はどのような兆候も見逃さず、どんな犯罪も結局は割に合わないからだ。

昼どきに流れる音楽もこの会社で作成したものだ。どこかで聞いたことあるようでいて、バッハともモーツァルトともつかない。レクイエムや受難曲のような壮大さを排除した、ただ消化を良くするための音楽である。ときどき印象的な旋律はあるものの、それを記憶しようとしたとたんに記憶からすり抜けてしまう。眠る前に頭に浮かぶ旋律のように。でも、それは消えても少しも惜しくない程度には軽い。

 妻に一言二言メッセージを送ってから、端末で新聞を読もうとする。比較的落ち着いたニュースが多い。人工知能による食料の生産が安定していること。その結果内戦の数が急減していること。軍と災害救助隊の差異がどんどん減っていること。さらに余った予算は、月や火星の探査に回される予定であること。私が幼い頃は、人類の滅亡を恐れた記事ばかりだったのとは対照的だ。世界は少しずつ安全なところになっている。私たちは、こうしてじっくり腰を落ち着けて、好きな音楽に耳を傾けて眠ることができる。古代なら、それは王侯貴族にしかできなかった楽しみだ。

 ネガティブなニュースといえば、科学論文の発表される部数が世界的に減っていることだが、それは大して脅威ではなかった。基本的に、人類全体に衣食住やネットへのアクセスを付与するだけの物とエネルギーはすでに間に合っている。科学に対する予算が削減されているわけでもない。ただ、必死さというか焦燥感というか、今すぐにこれを知らないと自分は破滅するというような感じがなくなったのだ。火星に有人飛行することは楽しみだけれど、国と国との争いが減った以上、喫緊の課題ではなくなった。皆で手を取り、協調しながら、ゆっくりやればいいのだ。環境問題も落ち着いてきている。過剰な競争は事故を生みかねない。

 そんなイメージが浮かぶのは、やはりフロアを満たす音楽のせいだろうか。気づけば過半数が意識を手放している。最も健康にいい昼寝の長さになるように、これもまた最適化されている。

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