第19話 七月のおわり頃
睡蓮は儚く美しい。
今でもやはりそう思う。
しかし明日香の睡蓮は、本物の睡蓮よりもずっと魅力的だった。
二つの愛情を乖離させたままでいようと決めた時から、より一層それぞれを愛せるようになっている気がした。
大学の池に浮かぶ睡蓮を見て想いに耽っていると、彼女が現れた。
「おはよう」
明日香が向けてくれた笑顔は睡蓮に引けを取らない――と慎太郎は感じた。
最近、明日香の様子が変わったような気がする。以前はぎこちなかった笑顔が、今では自然になった事はもちろんなのだが、慎太郎が近くにいなくとも雰囲気が明るくなりつつあった。
交際を始めた当初は学内で不意に見かけるといつも暗く、声をかけても少し明るくなる程度だった。それが交際が進むと、次第に慎太郎の前では自然な笑顔でいるようになり、今では不意に構内で見かけたときにも二人でいる時に見せる柔らく優しい雰囲気が出ているように見えてきた。そのせいだろうか、最近ではいくつかの講義で話すようになった友人ができたという。
〇
「最近何か良い事でもあった?」
「え? う、うん……」
突然尋ねられ明日香は返答に困った。
『最近』だけではない。慎太郎と出会ってからというもの、明日香には最良の時間が続いている。
自分でも分かる程に明るく振舞えるようになり、友人とまではいかないかもしれないが話す様になった知人もできた。しばらくは心配していた姉も、「最近明るくなったわね」と喜んでくれた。「今度あんたの彼氏に会わせなさい」とまで言われて、少々困っているくらいだ。
それに、もう一つ――。
ずっと待ってたけど、もう諦めかけていた事が――。
「どうした? 言えない事?」
言い淀んだものの感情は漏れていたらしく、彼も嬉しそうな表情で、更に尋ねてきた。
だが明日香には、『これ』という一つに絞れず、また全てを言い切る事もできない。
だから手を握り「うん」とだけ答えた。
「そっか。いつか教えてよ」
慎太郎が明日香の手をゆっくりと握り返す。
「うん――――ありがとう」
彼がくれた時間の全てが、明日香にとっての『良い事』だった。
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