第20話 夏から秋にかけて
試験が終わり長い夏休みに入ると、二人は色々なところに出かけた。
都心の美術館、千葉のテーマパーク、地元の盆踊り、花火大会、水族館。足を伸ばし箱根にも二泊三日で旅行をしたし、高尾山には二度も登った。
行った先々で恋愛や学業にご利益があるとされる寺社仏閣も巡り、その都度祈願した。
翌年には就職活動があるから――という建前で今を精一杯楽しんだ。だが、夏休みの終盤には建前も現実味が帯び、急く様に一層互いの時間を求め合った。
そうしていく日々の中、慎太郎の中で明日香への愛が更に高まると、乖離したままの二つの愛に対する後ろめたさは「どちらも彼女なのだから」といった言葉では誤魔化せなくなってきていた。
しかし、どうすべきなのか。どうしたら良いのか。
慎太郎は未だわからないままだった。
〇
最近になり明日香はようやく、彼が何を考えているのかが分かるようになってきた。
慎太郎は私の事を愛してくれている――。
だけど、だぶん、私の『傷』も愛してくれている――。
きっかけは何だったのだろうか。
『愛された花』や『愛の苗』の時の僅かな変化だろうか。
それとも時折見かける、彼が池の睡蓮を見ている時の雰囲気だろうか。
明日香の中で、自分の傷と蓮のイメージはすでに繋がっていた。
ある時、そこに『愛された花』の主人公像を彼に当て嵌めてみた。すると、不思議とあまり違和感が無かったのだ。
交際し始めの頃は、傷に対して忌避するでも腫れ物を扱うでもない様子は、彼なりの配慮だと思っていた。その証拠に、次第に傷の事を気に留めるでもなく、互いに当たり前の事になっていたはずだ。
しかし、新たなイメージを踏まえ、傷に対する慎太郎の態度を気にしてみると、彼が傷に対して抱く感情についての推測は、確信に近いものになった。
慎太郎が傷に触れる時の仕草は、特別に大切なものを恭しく愛でる時のそれに思えた。
思い返すと、雨の中抱きしめられ告白される直前、彼は傷に触れていた。
傷があったから――?
そういえば、慎太郎が初めて声をかけてきた時も、直前まで傷を空気に晒していた――。
それをもし何処かで見ていたとしたら――。
考えれば考える程に、違和感が無い。
むしろ、今まで触れる事のできなかった彼の部分に、やっと手が届いた気がした。
私の傷が蓮のようだから――。
……そっか――。
納得した瞬間、明日香は生まれて初めて、自分の傷を少し好きになれた。
そう考えると、彼が時折見せていた悩ましげな態度の理由も何となく分かった気がした。
たぶん、慎太郎は私の傷を愛する事を後ろめたく思っている――。
でもきっと、その気持ちをどうしたら良いのか、慎太郎自身も分かっていないんだ――。
これまでより慎太郎がわかると、一層、彼を愛する事ができた。
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