第17話 七月の中頃 -その3-
明日香は暑さで目が覚めた。一日の涼しい時間が日に日に短くなるのを感じていた。
カーテンの隙間から漏れ入る日差しが、床や壁に不規則な図形を作っている。服を着て掃き出し窓とカーテンを少しだけ開けた。乾いた温風が身体中を舐めたが、仄かにかいた汗のおかげで涼しい。
振り返ると光は細長い三角形を作りテーブルの上まで伸びていた。陽の光から遠ざけるように、そこにあったDVDをテレビラックに移し、浴室に向かう。
昨晩の慎太郎の様子は何か変だった。何かに怯え、逃げているような……。
『愛の苗』か――。
彼に『愛の苗』を観たのかと訊いた辺りから、様子はおかしくなった――気がする。
部屋に戻ると慎太郎は目を覚ましていた。明日香を認めると「おはよう」と言って立ち上がり、優しく強く抱きしめられた。明日香は彼に包まれながら、彼を包み返した。
〇
時を経る毎に明日香への気持ちが強くなっていく事を実感している。
ぼんやりとだが、これが愛なのだろう、と確信めいたもの抱くようにもなっていた。
彼女の睡蓮も、彼女自身も、同じ様に愛している。このまま二人の関係が続いていけば、いずれはこの気持ちは一つになるのだろうとも期待できなくはない。
本来ならば「やっと」と喜ばしい事なのだろう。
しかし、どうしても『ナオヒト』が過ぎる。
ナオヒトが愛した『花の生えた女性』がどうしても明日香と重なってしまう。
そして何より怖かったのは、慎太郎自身も『花の生えた女性』が魅力的に思えてしまった事だった。
睡蓮への愛と彼女への愛が一つになった時、あの狂気的な欲に駆られてしまうのではないか。
――そう考えずにはいられなかった。
だったら――。
明日香が寝室に戻ってきた。いつしか、彼女の姿を見るだけで心は安らぎを覚えるようになっていた。
「おはよう」
立ち上がり、抱きしめる。するとやはり彼女はそっと抱きしめ返してくれた。
彼女から伝わる鼓動は『人』の温かみを感じる。
そこには、ひどく繊細で、何物にも代え難く、
だったら、この愛は一つにならない方が良いのかもしれない――。
と、不変を望んでしまう程の、確かな幸せがあった。
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