第16話 七月の中頃 -その2-

「もう観た?」


 翌日の放課後、アパートに来た彼女はテーブルの上にあるDVDを見て尋ねてきた。


「いや、昨日はすぐに寝ちゃって、まだ――」


 慎太郎は咄嗟に嘘をついた。


        〇


『愛の苗』は慎太郎にとって衝撃的な作品だった。


 主人公・ナオヒトは、若手のインテリアデザイナーで、自分の事務所を持ち、時折雑誌に紹介される程の成功を収めていた。

 また、人柄も良く、友人に囲まれ、好意を抱き声をかけてくる女性も少なくなかった。


 ある日の仕事帰りに一人で入ったバーでもいつものように女性に声をかけられ、そのまま二人で郊外にある彼のアトリエへと向かう。


 全てが順調なナオヒト。

 だが実は、彼には一つだけ悩みがある。

 それは彼の特殊な趣味――性癖にあった。


 ナオヒトは花が好きだった。

 それも、女性から生えた花を自分の手で育てる事が特に好みだったのだ。


 彼は連れ込んだ女を薬で眠らせると、身体のあちこちにメスで切れ目を入れ、そこに種を植えた。女を監禁状態にすると彼は世話をしながら、既に開花している別の女の花を愛でた。

 そうして着実に苗床を増やしていくと捜査の手がナオヒトに延び、最後には逮捕直前にアトリエを燃やして花たちともに心中する。

 ――といった内容だ。


        〇


 軽い気持ちで観始めたのだが、見終わると考えが止まらなくなり眠れず、もう一度観た。そして何かを洗い流したい気分になり再びシャワーを浴びた。


 観るべきではなかったと後悔した。

 しかし観てしまったからには放っておく事はできない。


 慎太郎は可能性を感じてしまっている。

 ナオヒトは『人から生えた花』が好きで、慎太郎は『植物』を愛し、人を愛したかった。


 違うと分かっていた。しかし、その特異な偏りを、どうしても結びつけようとしてしまう。

 自分の明日香への気持ちが怖くなった。


「どうしたの?」


 彼女の声で我に返る。いつのまにか昨晩の悩みが再訪していた。

 心配そうに覗き込む明日香。その時、額と腕の絆創膏を見え、慎太郎は彼女を抱きしめた。


「え? どうしたの?」


 彼女は驚きながらも優しく慎太郎の背に腕を回し、そっと抱きしめ返してくれた。

 その感触が解ると慎太郎はより一層彼女を強く抱きしめた。

 明日香の睡蓮が見えぬように、深く彼女の中に逃げ込むように、と。

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