第6話 六月のとある水曜日 -その3-

 さて――。


 明日香は再び包帯を巻き始める。本当はもう少し空気浴を堪能したかった。だが、長く患部を晒す事で誰かに見付かるのは、できるだけ避けたい。だからいつも、腹八分目の様な気持ちで切り上げる事にしていた。

 腕、うなじ、足、額――と、晒した順に薬を塗りながら包帯を素早く巻き直していった。


        〇


 彼女の睡蓮が次々と仕舞われていく。


 名残惜しさを感じながらも、睡蓮が見えなくなった事でようやく思考がクリアになった。


「借り手に対してお金を融通する事は、同時に借り手の支出活動に伴うリスクの一部――、」


 講義はまだ続いていたようだが、そんな事はどうでもいい。むしろ、先程見た、彼女に咲く睡蓮を思い浮かべるのに、目の前の光景は邪魔でしかなかった。


「俺、行くわ」


 慎太郎は急いで荷物をカバンに詰めると、拓也に断り教室を飛び出した。


 特別な考えがある訳では無い。

 ただもう一度、あの睡蓮に会いたかった。


        〇


 包帯を巻き終わると明日香は素早く支度を済ませた。「いつもあの場所にいる人」のような印象を誰かに持たれる事も嫌った為、事が済めば早めに場所を移す事にしていた。

 なるべく誰の目にも映らない様に生きる事に、明日香は慣れていた。


 だから、突然、勢いよく走ってきた男性が自分に声をかけてきた時には、驚いた。


        〇


「あの――」


 そう言ったきり、言葉が続かなかった。

 勢いに任せ話しかけたが、慎太郎は話す内容など考えていなかった。

 この機を逃すまいと動いただけ。頭には睡蓮の事しかない。まさか「傷を見せてください」と言うわけにもいかない。


 彼女は驚きを顕わにしている。ただ、慎太郎の次の言葉を待ってくれているようではあった。

 しかし、次の言葉を思い浮かべられないでいると、彼女の表情はすぐに困惑へと変わる。


「……あの?」


 堪りかねたのか、言葉を引き出すニュアンスを感じる。

 ただ、そんな些細な催促にも慎太郎は更に焦ってしまい、咄嗟に愚にもつかない言葉を紡いでしまった。


「少し、話しませんか?」

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