4 プリンに甘い魔王子様
ルキは困惑する。なぜよりにもよってこいつが、勇者の生まれ変わりの少女が目の前に?突然で不運な出会いに、吹き出しそうになったお茶を慌てて飲み込み、気管に入りそうになったためにしばらく喋れずに咳き込んでいるルキ。
「大丈夫ですか!? お茶を溢してませんか!?」
「あ、ああ……平気だ……」
(いやちょっと待てよ、この3日間ずっと見つからなかったんだ。向こうからやって来たのならむしろラッキーじゃねぇか。今すぐここで殺してやる……!)
と、ルキは変身を解こうとしたが、
「お待たせしました。こちらカスタードプリンでございます」
宿敵がこんなに近くにいるにも関わらず、ルキはプリンを目にした途端にぱぁっと明るい笑顔になった。なんということでしょう。ルキの殺気を消したのは店員という役名のモブキャラだったのだ。
(勇者の生まれ変わりはとりあえず後でもいっか!まずはプリンだ、プリン!)
初めて見る人間界のプリンにすっかり夢中の魔王子様は、ワクワクとスプーンを持つ。
(ほう、人間界のプリンはこんなにも柔らかく弾力があるんだな。押し当てたスプーンに合わせてプリンがよく動く。黄の色も薄めだし、不思議な感じだ……)
一口サイズにプリンを切り取り、しばらくスプーンの上で滑らす。プルプルと揺れるプリンを視覚的に楽しんだ後、いよいよそっと口に含む。すると、優しく丁寧な甘さがルキの口の中に広がった。
(甘い! それでいてこのなめらかな舌触り……スルンと喉を通っていく感じが癖になり、つい次の一口へと止まらなくなる……。 ん……? 下の方に溜まっているこの焦げた色した液体はなんだ……!? 甘いプリンと絡めると、この液体の苦味がよりプリンを引き立てていてさらに美味しく感じる……! 確か材料に使う卵はニワトリってやつから得るんだよな……。あんな弱っちい鳥からこんな上手いもんが作れるとは……人間もなかなかやるな……。俺はこっちのプリンの方が好みかもしれん……)
「ふふっ」
プリンの如く甘いルキの思考を遮ったのは、目の前に座る少女からこぼれた小さな笑みだった。いつの間に注文したのか、紅茶とサンドイッチが置かれている。
「おい、何を笑っている」
「あ、ごめんなさい……!とても美味しそうにプリンを食べているので、なんだか微笑ましくなっちゃって」
「ほほえましい、だと……?」
「ええ! いい笑顔でしたよ!」
にこりと少女は微笑む。ルキに自覚がないだけで、確かにとてもいい笑顔をしていた。他の魔物にでも見せてみよう。間違いなく魔王子の高貴なイメージが丸つぶれである。ルキのプリンへの甘さは、我々と勇者の生まれ変わりの少女だけの秘密だ。
それにしてものんきな娘だとルキは思う。何せ目の前にいるのは、自分の村を襲い、家族友人その他の村人全員を殺した張本人なのである。
(さてどうするか……。あまりにも美味しいプリンのおかげですっかり戦闘意欲を失ってしまった。プリンに命を救われたな勇者の生まれ変わりよ。)
当たり前だがそんなことも知らない少女は今、うーんうーんと声を出しながら、何かの紙を上下左右に回したりして眺めていた。そしてしばらくするとはぁと小さくため息をつき、ふとルキのことを見つめる。その眼差しに、ルキは思わず身構えてしまった。
「すみません、これはこの街の地図なんですけど、ちょっと見方がわからなくて……。ここから道具屋へ行くにはどうしたらいいですか?」
少女はルキにお願いしますと言って地図を見せる。
「私、つい最近この街に来たんですけど、それまでは何にもない田舎村で暮らしていたので、こんな大きな街にまだ慣れていなくて」
と苦笑いを浮かべる少女。
とりあえずルキは、道具屋への道を教えることにした。
ふと、ルキは少女を見る。初めて見た時は下ろしていた綺麗な金の髪を高いところでひとつに結い、水色のワンピースに白い上着を羽織り、その胸元には冒険者である印の小さなバッジが付いていた。
「冒険者か?」
「はい!といっても、今日やっとこのバッジを付けた新人ですけどね」
なるほど、生まれ変わっても勇者でいるのかとルキは思う。つまりこの少女は、勇者の生まれ変わりから、本物の勇者になってゆくのである。このまま放っておくのはルキにとってやはり厄介。
突然ルキは閃いた。
「新人冒険者なら、俺が買い物とか付き合ってやろうか?」
「え!?いいんですか!?」
「ああ、そこそこ知識はあるし、新人なら分からないことも多いだろ。だから俺が色々教えてやるよ」
「うわぁ!ありがとうございます!」
少女の眩しい笑顔に、一瞬ドキッと胸が痛むのをルキは感じたが、それが何故なのかを解明することは出来なかった。
「私、ミカエラ・サフィエって言います。あなたは?」
「俺は……ルキ」
「ルキさんですね、よろしくお願いします!」
ルキの勇者殺害作戦が今この時より始まったのであった。
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