2 勇者の始まりと魔王子の決意

 音を立てながら燃え盛る炎の赤。異臭を放つ血の赤。赤、赤、赤__

 赤色に包まれた小さな村。その上空でルキはある人物を探していた。この村のどこかにいる、勇者の生まれ変わり。勇者の力に目覚めていず、おまけに魔物よりも遥かに弱い人間である。ルキにとって、そんなちっぽけな人間を殺すのはとても簡単なことである。しかしいくら自覚がないとはいえ相手は勇者。早々にくたばったりはしないはずだ。兵士達からもそれらしい報告はない。

(勇者は、俺が殺す。絶対に……)


 ふと、村人を皆殺し静かになった真っ赤な村の中央で、走り逃げる人影を見た。炎のおかげで夜中でも明るいため、その姿をはっきりと捉えることが出来た。

 長いブロンドヘアの少女。およそ18歳と言ったところであろう。しかし、遠目で見ればただの目立たぬ村娘だが、彼女の右頬でうっすらと光る紋章に、ルキは見覚えがあった。

 勇者の証。

(なんだ。勇者の生まれ変わりっつっても女か。張り合いがなくて少しつまんねーな)

 グッと剣を構え、そして少女目掛けて急降下してゆく。

(死ね、勇者!)

 ルキの存在に気付き振り向いた少女は、腰を抜かしてその場に座り込んでしまう。

 もうだめだ。そう思った少女はぎゅっと目を瞑る。

 その時だった。突然少女の右頬の紋章が凄まじい光を放った。あまりの眩しさにルキを思わず構えを解いてしまう。すると、少女の体は光に包まれ、そのままふっとどこかへ消えてしまった。

 ルキはしかめっ面で舌打ちを鳴らす。

(『転移魔法ビュウ』か……。やられた……!)

 ただの村娘がこんな高度な魔法を使えるはずがない。どうやら、魔王の息子であるルキとの接触により本能的に勇者としての力を発揮したようだ。ルキは、勇者の生まれ変わりという存在を甘く見すぎていた。まさか今この時勇者としての力に目覚めるとはルキも思っていなかった。


「もうここに勇者の生まれ変わりはいない……。この村に用はない!撤退するぞ!」


 ルキの号令に従い、魔物達は魔界に繋がるゲートを作り出して帰っていく。

 ルキは最後に振り返る。壊滅してゆく村を見渡しもう一度舌打ちをしてから、残念そうにゲートの中へと消えた。




 *****




 自室に戻り、戦闘服を脱ぎ捨て剣を壁掛けに飾る。片付けを一通り終えたルキは、大きくふかふかなベッドに倒れ込むようにうつ伏せになる。あー、と王子としては情けない声を枕に吸収させる。

(しくじった……ついに勇者を殺せると思ったのに……)


 のそりとベッドから降りて、棚から小さな宝箱を取り出す。中に入っているのは、ひとつの封筒のみ。それはルキの宝物、今は亡き父からルキに宛てた遺書だった。


『もしも私が勇者に負け、命を落とすことがあれば、お前の200の誕生日に王位を譲る。

 いつか必ず、私の代わりに勇者を討ち倒し、人間界を支配するんだ。そして、私達魔物が豊かに暮らせる世界を造り上げろ。

 ルキ、お前は私達の希望だ。

 私は母と共にお前を見守っている。サキのことも、よろしく頼んだぞ。

 愛する息子へ

 父より』


 ルキはもう何度も読み返したそれに再びじっくり目を通し、そして大事そうに抱え込んだ。

(見ていてください父上。俺が必ず勇者を……)


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