第2話 港にて
外人街を抜けた先、その港は存在する。
外国、特に北からの物資の出入り口として作られた港はこの地域の中でも独特の雰囲気を持ち合わせていた。周囲を囲むフェンスとバリケード。周囲に密集した運送業者の社屋とトラック。山の様に積まれたコンテナと廃車、たむろする外国人たち。せかせかと働き荷物を仕分け場からトラックに積み込む労働者達。無計画に増改築を繰り返された倉庫群。
近所の人々も得体のしれないもの触るように扱うところであった。そんなところだから警察組織の目も届きにくく、犯罪組織の温床にもなる。特に多すぎる港出入りの企業の一つ一つを確認し、倉庫を虱潰しに監査することは不可能に近かった。
その倉庫の一つ、栄五埠頭第三倉庫が目的地であった。恐らくは港が出来た頃から存在し、その古さと使用頻度の極端な低さから最早その中に何が入っているかを把握しているものはいないという伝説の倉庫である。
「ここだ。まさかここに入ることになるとはなぁ、なにもでないことを祈ろう」
倉庫内は昼間だというのに暗く、置いてある物は影くらいしか見えなかった。そんな中でそれはわずかに光を放っていた。
「なんだこれ」
そう思い、乱雑と物の積まれた中人がかろうじて通れる隙間を慎重に歩みどうにかたどり着いた。そこには液体に満たされた人一人がすっぽりと収まるカプセルと制御装置らしきものがあった。それを直視した瞬間、頭の中に記憶が流れ込んできた。
「うっ、これは…」
見覚えのない施設。おやすみと声を掛けてくる知らない顔。中空に浮かぶ巨大な脳と魔法陣。満ちていく液体の中薄れゆく意識。何かが抜かれたような音。叫ぶ少女の声。
「見ちまったか…」
「えっ」
気づけばサングラスをかけ、黒いコートを着たスーツの男が背後に立っていた。
「何も見てないと約束して、荷物を置いて出て行ってくれれば俺はここで君を始末しなくても済むんだが…出ていってくれないか?」
「あんたが荷物の受取人だってんならそうする…」
「名刺なら信用してくれるか?」
男は懐から名刺を出してこちらに渡してくる。
渦茂製薬 弥勒 誠司
簡潔に所属する会社と名前が書いてある簡素な名刺。渦茂製薬は義体化技術におけるトップシェアを誇るメーカーでありもっと強調してもいいはずなのに無造作に名前を載せてあるのは彼の人柄を表すものなのかもしれない。
「確かに確認した。サインをくれ」
受領証に確認を貰っている間ちらりとカプセルを横目で伺う。あなた私を見ているの?
?声がした
見ているのね!助けて!
女の子の声がした。頭の中に直接響くような声が。あのカプセルの中から?
さっきの記憶はまさかあの子の…。動くには十分だった。
「ごめん、やっぱり人を無理やり閉じ込めるような奴に荷は預けられない」
「なんとなくそういう気はしてたんだが…まさか本当にやるとはな、いいだろう来い少年。俺が教育してやる」
丁寧に受領証を折りたたんでこちらに渡してから、構えをとる。
受領証を受け取り荷物を渡しつつ方法を考える、コートのせいで武器を携行していても分かりにくいうえに僕にはナイフくらいしか武器がない。一応スモークとスタンガンはあるがサイボーグだった場合に効くかどうか…。相手に目的が分かっている分もこちらが不利だ。となれば彼女をできるだけ早く解放して連れ出すしかない。
「よし、決めた」
「なにを決めたのかわからないが、来い!」
ナイフを構えて駆けだす、義体を使用していることが前提の賭けではあった。生身にできることじゃないし、それにナイフを肉体で受けることも必要ではあった。
「こんなものか?」
「まだまだ」
当たりだ、腕で受けた。人工筋肉に刃がめり込む感覚がある。すかさずスタンガンをナイフの刃にあって電流を流し込む。義体の大半は内部までの耐電処理を施してはいない、それは即ち電流を流し込むことで全身の人工筋肉を硬直させることが可能であるということ!
「こんなものが効くと思っていたのか?」
ぎこちないながら体を動かし、反撃を試みる。受けた腕の反対側の腕で殴る動作を起こす。
「いや十分!」
距離をとってスモークを投げつける、しばらくはこれで時間を稼げるはずだ。
「面白いものを持っている。これは俺の負けかもしれんな」
そう言った直後、火薬の爆発する音と共に微小な鉄球が飛来する。金属音と共に乱雑に積まれていた山に穴が開く。
「散弾か!」
「何も見えないがこいつなら当たる確率も高くなるというものだろう?」
厄介だがあたらなければいい。地面に放置されていた荷物を奪い、カプセルに駆け寄る。開け方は分からないがカプセルの周囲をまさぐる、強制排出用のレバーくらいは備え付けてあるはず…あった!
「そこか!」
頭の上スレスレを飛散した弾が掠める、装置には当たらなかったが特定された以上急がないと。
「よし開いた!」
彼女を抱えて、出口に向かう。
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