第3話 帰ってきた登山妖精

  ☆


 「……何が大丈夫なの」


「ミヤちゃんと山、また行けるなーって」


 「はい、と私が言うとでも?」


 うん、と迷いのない答え。


「だって山、面白いじゃん!」


   ・


 ――楽しむこと。

 ――面白がること。

 ――それこそが、物事の上達のコツだ。


 よく聞く話ではある。

 でも私に言わせれば、それは逆だ。


 誰であっても、何かの最初は面白い。

 やることなすこと全てが清新、世界は驚きに満ちている。

 けれども、その先はどうか。


 圧倒的多数の者は、ほどなく平地に出る。

 見渡す限り何もない、広大な荒野に。

 その刺激のなさに、やがて倦んで行く。


 一方で、選ばれた側の者はどうか。

 はた目には何もないはずの荒野に、自ら物事を見出していく。

 石がある、岩がある、砂も風も流れている――。

 そんな発見の繰り返しがあるからこそ、永遠に面白くいられる。

 楽しめる、面白がれるのはだから、才の証に他ならない。


 私には、登山が面白かったことはない。

 ただ、他よりつまらなくないから続いているだけで。

 山をやっている。やってはいる、というだけだ。


 才能。

 努力。

 当たり前に過ぎるその二文字を、何ひとつ知らなかった訳ではない。

 ただその組み合わせが何をもたらすか、仔細に知っていたとも言いがたい。


 水を得た魚。

 私がそんな存在を見たのは。

 幸いなことに、一度きりで済んでいる。

 つい昨日まで、一度きりで済んでいた。

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