第2話 登山妖精、神出鬼没

  ☆


 「山はやってる、けど……」


 思わず口ごもる。

 それはそうだろう。

 今の私とミヤでは、住む世界が違う。

 私の山はせいぜい3776m。 

 一方でミヤの山は、地上最高峰、8000m級の事なのだから。


 新進気鋭はとうに通り過ぎた。

 在学中から目をかけられて来た、誰もが認める登山家。

 陸地で水を得た魚の、それが今の姿だった。


 「あなたのとは、違うと思う」


 その言葉に、ミヤの表情が明るむ。

 この魚は本当に、駆け引きと言うものを知らない。


「やってるんだね! なら大丈夫」


 いったい何が大丈夫なのだろう。

 あくまで明るいその口調が、今は少し、わずらわしい。


   ・


 剱、穂高、槍ヶ岳。

 国内はあっという間だった。

 ミヤの目は必然、外へと向かう。

 島国の外に。


 OGに広告会社勤めがいることも幸いした。

 山岳分野における、旗振り役の不在も。


 結果として。

 在学中のミヤは、およそ旅費に不自由したことはないはずだ。

 たとえそれが、6万ドルからの旅――地上最高峰へのそれであっても。


 魚。

 魚に、不用意に相手をするべきではない。

 正確には、餌を与えるべきではない。


 この魚は、たちの悪いことに人語を話す。

 話してはくれるけど、その機微まで解するとは言いがたい。

 異種族同士の交流は、しばしば問題を引き起こす。

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