閑話 ~とあるイケメンの華麗なる日常~

 イケメン主人公の朝は早い。なぜなら隣で寝ている女装男子にイタズラされなければならないからだ。


「スレイ、ふふ。今日もお寝坊さんなんだね」


 今日も今日とて可愛いルームメイトは俺の狸寝入りを見破る様子はない。


「今日はどうしようかな? わき腹の辺りをくすぐってみる?」


 いちいちイタズラの内容を口に出して唱えるのもいつものことだ。しかし、ふむ。わき腹をくすぐる、か。これはくすぐられて驚いた拍子にニアを押し倒すなりなんなりいけるシチュエーションでは? やれやれ、朝からこいつは滾るってもんだぜ……!


「ふぅーっ!」

「おひょっ!?」


 だが、俺を襲ったのはわき腹のむずかゆい感覚ではなく、耳から感じる暖かく小さな風だった。


「……とっくにバレてるよスレイ。どう? 不意にされるとびっくりするでしょ、それ。昔お姉ちゃんにやられたからスレイにもおすそわけ」


 耳を触るとこころなしかしっとりとした感覚……ま、まさか俺ってば美少女に耳からふーって息入れるアレされてしまったのだろうか。げ、現実世界だとどこでいくら払ったらそんなことしてもらえるんだ!?


 ……おは、ふふっおはようございます皆さん。今日も最高の朝を迎えてしまったスレイ・ベルフォードこと鈴木康太郎でございます。ニアはしてやったりの表情だが、悪いな。両方とも我々の業界ではご褒美です。いやぁ、導かれてるなぁ。


「おはよう、ニア。いい朝だな。ちなみにいつから気付いてた?」

「おはようスレイ。ちょっと前からだよ。注意して顔見てたらまぶたがピクピクしてるし、表情も不自然にカタいし」

「なるほど。直しとくわ」

「直さなくてもいいよ!? なんなのその方向性の見えない向上心」

「いや、死んだふりする状況とか割とマジであるかもしれないし、俺としてはこういう細かい地味な芸当を沢山習得しておきたいんだよね」

「うそでしょ……!? 普通の感性ならそういう状況にならないために剣術とかの鍛錬を始めるもんじゃないの?」

「俺は常識では測れない男だしな!」

「それは知ってる」


 今日もルームメイトのツッコミは冴えてるぜ。


☆☆☆


 身支度を済ませて療食で朝飯を食い、俺とニアは一緒に登校するのが通例だ。そして、我らが男子寮の入口兼出口を通りぬけると、そこには二人の美少女が立っている。フィーネとネーシャだ。


「おっかしいなぁ。毎日俺たちの朝の支度は早くなってるのになんでかねーちゃんたちが先に待ってるよな」

「愛のなせるわざだよ弟君!」

「ねーちゃん!」


 俺たちはいつもどおり熱烈に抱き合った。おはようのハグってやつだ。俺がこっちの世界に来てから一回も欠かしたことがないと言えば、このネーシャのスレイに寄せる愛情の深さが伝わるだろうか。


「毎日毎日、こんな往来で……スレイは恥ずかしくないのかしら?」

「なんだフィーネ。混ざりたいんか? 俺はいつでもウェルカムだぞ」

「ウェルカムだよ!」

「そそそそそそんなんじゃないわよ!? べべべ別に混ざりたくないわけじゃないこともなくなくなくないわ!」

「フィーネちゃん毎日そんな感じだよね。慣れないの?」

「慣れない!」


 毎朝こんな感じのやり取りをしてどうでもいいことを話しながら俺たちは通学を始める。


 しばらく歩くと分岐点が訪れる。高等部へと行く道と初等部へ行く道だ。つまり俺はここで一旦テンプレヒロインズとはお別れすることになる。


 分岐点では俺と一緒に通学したいキッズたちがウキウキで待っていた。


「ほんじゃ行ってくるぜ。三人とも達者でな」

「いってらっしゃい弟君!」

「またねスレイ」

「はいはいお達者で。……絶対変な状況なのに順応してる自分が怖いわ」


 順応力は大事だぞフィーネ。いきなり異世界に放り込まれるやつもいるらしいからな。ほんと大事。


 俺はクラスで隣の席になったアーニャちゃんと手をつなぎ、さんすうといい感じの木の枝拾って名前つけるのがめっちゃ得意なよっちゃんことヨーデル君を肩車する。他にも三名ほどがわちゃわちゃ俺を取り囲むが、さすがに両手を離して肩車は危ないので本日のスレイ・ベルフォードはこれにて満員だ。


 背後で「あいつの順応力には負けるけど」と聞こえてきたが気にしない。ラノベの世界だからどうしたってなんらかのイベントが起こる。回避できないなら精一杯楽しむ。当たり前だよなぁ!?


「ねぇねぇ、スレイおにいさん」

「なんだい? よっちゃん」

「いつもあのおねーさんたちと一緒に登校してるよね。どっちが本命なの?」


 頭の上からそんな質問が飛んでくる。よっちゃんはマセガキ、というよりはオープンむっつりスケベキャラだ。初等部生なのにブラのカップ計算ができる。ついでに見た目は子供、頭脳は大人のあいつに似た黒縁メガネをかけているので俺はよっちゃんを将来の親友ポジに置いて接している。


 いやほんとっポテンシャル凄いのよ、よっちゃん。誰にも内緒で俺が手づからメガネ学を授ける程度には優秀だと言っておこう。


 しかし『どっち』か。これはまぁフィーネとネーシャのことを指しているのだろう。ニアの男装は割と完璧だし。ニアの幻想の精霊・アニの幻想効果は精霊石に封じられていてもある程度周囲の、とりわけニアの女性的な部分を誤魔化す程度の力がある。女性バレをなんとかフォローする宣言してるのに学年が違うせいで全く貢献できてないんだよなぁ、今のところ。


「転入初日にも言ったけど俺は彼女ナシだぜ。あの顔立ちがどことなく俺に似て、優しい雰囲気出してる方が俺のねーちゃんだ」

「ああ、推定AAカップの方だね」

「本人の前で言っちゃだめだぜ!? ……もう片方が幼馴染だ。魔力強化が上手い」

「推定Cカップの方だね」

「よっちゃん、乳で女性を区別認識するのはやめような?」


 よっちゃんのポテンシャルは計り知れない。色々9歳の枠内に収まらない存在だ。英才教育せねば……。


 そんなことを考えていると俺の手がくいくいと引っ張られる。


「おにいさん、これあげます」

「お、鶴じゃん。折れるようになったの?」


 アーニャちゃんには最近折り紙を教えている。休み時間に手慰みに折っていたら何人かに教えてくれとせがまれたので、我が教室では密かに流行しつつある。


 手渡された折り紙は鶴だった。しかしこれは……、


「ん……? え、どうなってんのこれ」

「あれんじしてみました」


 アーニャちゃんはふにゃっと笑ってご満悦の表情だ。らぶりー。


 アーニャちゃんが俺に渡してきた鶴は二羽だった。二羽の鶴の片羽どうしが手をつなぐように連なっているものだ。……つまりこれは一枚の紙で二羽の鶴を形づくっているということだ。


 おかしい。俺の教えを易々越えてきやがった。見れば二羽の鶴には無数の折り目がついており試行錯誤の跡が見てとれる。


「……今度教えてくれない?」

「いいよぉ」


 ……いや、マジでどう折ったらこんなんなるんだ? キッズのポテンシャルに舌を巻く通学模様だった。


☆☆☆


「精霊召喚の有効射程について可能な限り述べてみてください」

「えーっと、精霊の召喚の有効射程は個人差はあるがおおよそ術者から2mほど。召喚後はそれ以上の範囲を移動することもできるが、ある程度距離が離れると強制送還される。これは精霊によって個体差がある、でしたっけ」

「よろしい。続いて精霊術の有効射程について」

「精霊術を行使して影響を与えられる範囲を有効射程と呼称することがある。精霊の個体差で射程限界はある程度決まっているが、術者の使用する魔力量が少ない場合、射程範囲も狭まる。過剰に魔力を注ぎ込んでも射程限界は伸びても1mほどである。これも精霊によってまちまちである」

「すばらしい。しっかり身についてきているようですね」

「先生の教えのたまものです」

「教師冥利に尽きますね。今日はこれくらいにしておきましょう」


 ロッテンうんちゃらさん似の先生が教室を出たのを確認すると俺は背伸びをしながらあくびした。


 ようやく俺の放課後が始まる。二時間ほど前に初等部の授業が終わり、そのあとは高等部までに身につけなければならないアレコレを学んでいる。今日はたまたまなんちゃらマイヤーさん似の先生だったが別の先生の時もある。手すきだったり、やっている科目によって先生が入れ替わってる感じだ。


 帰り支度を終えた俺が軽い足取りで初等部の校門を抜けると、そこにはフィーネとネーシャがいた。


 悪いなキッズたち。「行けたら行くわ」とあいまいに遊ぶ約束してたが今日はどうやらダメっぽいぜ。


「魔力強化の訓練をやるわよ!」

「応援しに来たよ!」

「わかった。よろしく頼むぜフィーネ師匠」


 実戦訓練で俺の魔力強化がからっきしになっているのを見かねたフィーネは放課後の予定が空いているときは俺に魔力強化の極意を授けてくれる。正直キツいんだが、俺の目標はこの世界での生存、および元の世界への帰還だ。そしてここは危険とイベントがいっぱいのラノベの世界。俺自身がある程度戦えなければいずれ詰む可能性は高い。生き残るためにも辛い訓練にも涙を呑んで耐えるのだ……! 


 ちなみにフィーネが都合が悪い場合はドジャーを誘ってレッドさんに稽古をつけてもらっている。色々できるに越したことはないからな。それも断られた場合? キッズと遊ぶ感じかなぁ。最近だとたかおにが流行ってる。高い所に挙がってる場合は捕まえられないやつな。魔力強化絡めてたかおにすると異次元の遊びになって楽しかった。初等部でも四年生になると魔力強化はカリキュラムに入っておりすでにモノにし始めているキッズもいるのだ。負けてられねぇ。


 俺は魔力を全身に充実させる。起動もかなりスムーズになってきた自覚がある。


「じゃあまずは逆立ちして」


 俺はフィーネに言われたとおりに行動をする。突飛なことを言われたりもするがどんな状況でもしっかり魔力強化ができるようになる訓練だと言われれば俺に否やはない。最近は全身の筋力と最も重要な内臓だと

フィーネが豪語する肺器官の魔力強化に重点を置いて修行をしている。肺の魔力強化の練度を上げておけば魔力と体内の水分が続く限り走り続けることができると言われれば習得せざるを得ない。戦闘時の選択肢が少ない今の俺にとって逃げるコマンドの習得は急務。


「そこにちょっと大きめの石があるでしょ? それをその逆立ちの状態を維持しながら足で持ち抱えなさい。地面に足をつけちゃダメよ」

「え、石を……?」


 フィーネの指す方向を見やればたしかに一抱えくらいの石がある。こ、これを地面に足をつけずに足に抱える……?


 俺は逆立ち歩きをしてベストポジションを探り、腹筋の辺りに多めに魔力を巡らせながらゆっくりと体をたたんで足を石に近づけていく。おお……ちょっとでも気を抜くと魔力強化が乱れてずっこけそうだ。


「がんばれ弟君!」


 ネーシャの声援を受けながら俺はようやく両足で石を挟んだ。あとはこれを持ち上げて姿勢を維持するだけ……普通に難易度高いな。俺はにじり寄って石を足でがっちりと挟み込むと、背筋の方にも魔力を注いで足を持ち上げていく。


「ぃよいっしょぉぉぉぉぉぉぉ……!」

「いい感じよスレイ! でも背筋に魔力を集中させ過ぎて腕の方がおろそかになってるわ。震え始めてる」

「ぉぉぉぉぉっけぃぃぃぃ……!」

「いける! いけるよ弟君!」


 俺はフィーネに指摘されたところを修正しながら徐々に足を持ち上げていく。トレーニング開始からまだ10分経ったかどうかぐらいだがもう全身汗だくだ。だが、少しでも生存率を上げるためだ! 必死の鍛錬が明日を紡ぐ! 筋肉と魔力の操作鍛錬は裏切らない!


 へへ、思えば運動部も筋トレも三日坊主が関の山の俺にしちゃ目を見張る変化かもしれないぜこりゃ。まぁ向こうの世界ではそんなもんやるヒマあったらアニメ、漫画、ゲームをやるぜってスタンスだったからな。こっちにはあっても小説くらいらしい。環境の変化は人を変えるのかもしれない。それはそうとこっちの小説もいつか読んでみてぇなぁ。異世界なら真剣な伝記がラノベっぽくなってる可能性もある。楽しみだ。


 雑念を交えながらも俺の下半身は天へとそそり立っていく。もうかなり足は上がってきた。そして、石を挟んだ俺の足の裏は太陽の光をサンサンと浴びた。おお、最初は意味が分からない上にすげーキツそうな注文かと思ったら意外に達成感あるな!


「いいわ、スレイ! そのまましばらく直立よ!」

「やったね……! 弟君……!」


 フィーネは師匠冥利に尽きるのか腕を組んでうんうん頷いており、ネーシャは飼い犬の出産に立ち会った飼い主みたいな感動の表情を浮かべている。


 よし、いいぞ! がんばったぞ俺!


「ぶふぅっ……くくく、な、なにやってんのかしらあれ?」

「ちょ、ちょっと笑ったら失礼よぅははははっ! ははっはひっ、ああダメ、悪いってわかってるのにィ!」


 達成感に包まれてる俺の耳にそんな声が聞こえてきた。


 声の方向を見るとこの辺ではどこでも見かける容姿、つまり美少女二人がこちらを見て笑っていた。距離があるせいかフィーネもネーシャもそれに気づいていない。そこで俺はようやく今の自分の状況を把握する。


 逆立ちの姿勢からゆっくり足で石を持ち上げる必死の形相のイケメン。師匠っぽく見守る女子と感動顔の女子がそれを見守る構図。……これひょっとしてすんごい面白い絵面なんじゃ?


 そんなことを考えたのがいけなかった。


 集中力を欠いて魔力の操作をおろそかにした俺は急激にバランスを崩した。するとどうなる?


「おぼっ!?」


 仰向けに倒れたところに足で挟んでた大きめの石が顔に落ちてくるってわけよ。俺は鼻血をだくだく溢れさせながらびくっと一度痙攣した。


「顔に石が!? ちょっと、スレイ大丈夫!?」

「弟くーん! ああ、早く治療しないと……『来たれハイセ』」


 倒れていてもらちが明かないので体を起こして笑い声のしていた方に顔を向けて、俺はドヤ顔で両手をサムズアップしてカッコつけた。


「あっははははは! ちょ、やめてよケガ人見て笑ってるみたいじゃない、違うのよあははは」

「っはっぐふっえっほえっほんっ! ち、ちが、笑いたくて笑ってなくて、うぇっほんっ! お、お腹痛い」


 うむ。美少女が笑っているのを見ると活力がもらえるよなぁ! 鼻血吹いた甲斐があるってもんよ。それにしても痛ぇな。こうして体感するとリアクション芸人ってほんとすげぇよな。偉大だわ。


 名も知らぬ女子生徒は俺の顔面が治療されるまで笑っていた。


 後日、今日の訓練内容に呼吸訓練を混ぜた地獄のメニューが追加されることを俺はまだ知らない。


☆☆☆


 トレーニングを終えて寮に帰り、自室のシャワーで汗を流し、ニアと一緒に夕食を採ったあと、俺とニアは恒例となった勉強会を行っていた。今は休憩タイムで二人で今日の出来事を語り合っているところだ。


「ってことがあったのよ」

「それはお気の毒さまだけど、傍から見守ってたら僕も笑っちゃってたかも。想像すると……ふふぅっ」

「話してみたら中等部の子らだったわ。今度みんなでお茶しに行くからニアも行こうぜ」


 放課後のトレーニングの顛末を面白おかしく語っているとすっかりいい時間になっているのに気づく。


「ああ、ほんの息抜きのつもりだったのにもうこんな時間だね。今日はこの辺にして寝ちゃおうか」

「そうだな。明日も頑張って生き残ろうぜ、ニア」

「大げさだなぁスレイは」


 いや、俺はここがラノベの世界だって知ってるからね。極端な話、明日には『作者の都合』とかいう理不尽な運命力が働いて学園が火の海とか稀に良くあるからな。割と気が抜けない。原作、祐司に借りとくんだったなぁ、マジで。


 まぁ、そんなのは明日俺の家に飛行機が落ちてくるってのとそう変わらない話だから明日も俺は精一杯やるだけだ。なにかと思ってた異世界生活と違うけどポジティブにいかねーとな。


 そんなことを考えながら俺とニアはあくび混じりに寝支度を整えた。


「おやすみ、スレイ。いい夢を」

「おやすみ、ニア。夢でまた会おうぜ」

「ふふ、ばーか」


 このやり取りができるだけでも異世界に来た甲斐はあったなぁ!?


 俺はすっきりとした気持ちで体をベッドに横たえた。今日も疲れたぜ。顔を横に向けると警戒心のないあどけない寝顔。やれやれ、こいつは男装女子のポテンシャルを何もわかっていない。そして隣にいる男も間違いなく男だということもわかってないと見える……! 俺はおもむろに顔を天井に向けた。


 ま、何もしないんですけどね。借り物の身体で今でも好き勝手してるんだ。どこかで線引きはしとかねーとな。スレイの魂に失礼だし。俺は美少女の顔を愛でているだけで十分満足なのだ。


 いや、まぁメガネがあればもっと最高なんだがな。それはおいおいだ。


 俺は今度こそ目を閉じてまどろむ。明日もいい日になりますように。

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テンプレ主人公は偉大だった!? トクシマ・ザ・スダーチ @tennpurehaidaidatta

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